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2012/03/24

tomopee台南へ向かう(初日の移動)

生後12ヶ月にして、既に国内線では5空港(伊丹、関空、羽田、庄内、山形)を制覇しているtomopee。満を持しての国際線デビューの日がやって来た。
 国内線に乗った時(実家への帰省)と比べれば、tomopeeはだいぶ成長した。うんちの回数も減ったし、離乳食も最終段階に突入した。移動時間の長さは不安材料だけど、あの時よりはマシなのではないか、と願いつつの旅であった。

 関空まではJR「はるか」に乗車。残念ながら平日の乗客は少ないので、あまりストレスもなく移動できた。
 ちなみに、「はるか」に乗る際は、往復割引きっぷの利用を薦める(当日購入可)。自由席より安く乗れる。関空からの帰りには、長蛇の列になりがちなみどりの窓口を使わずに、券売機で座席指定できる(好きな席を選べるゾ)。

 関空に着いたのは、離陸予定時刻の約100分前。持ち込み手荷物と預け荷物の分別を確認して、カウンターへ向かう。
 なお乳児用の飲み物は、液体物制限の対象外である。赤子を連れた状態で、それと分かる形で見せれば大丈夫。飲み物は絶対に必要なので、間違っても捨てないように。

 カウンターでのチェックインは、少々時間がかかる。大人はともかく、電話で追加した乳児については、ここで初めてパスポート番号などを確認することになる。
 なお、関空では必要なかったが、桃園では乳児のチケットナンバーを聞かれた(電話受付後に送られるメールに記載)。予約番号とチケットナンバーはメモっておくと良さそうだ(メール全体を印刷するのは紙の無駄)。

 荷物を預けたら、手荷物検査と出国審査。上に書いたように、乳児用食料・飲料を見せるぐらいで、あとは変わらない。係員次第では、ここも優先的に通してくれる。
 それから免税店でお土産を買って、ゲートに着いた時には、機内搭乗開始の10分前である。エコノミーなので、通常ならばまだ余裕があるけど、我々は優先搭乗の対象だ。そしてこのタイミングで、tomopeeのおむつ交換。ところが、近くのトイレは使われており、遠くまで出掛けて交換すると、もう搭乗が始まっていた。
 まぁ乗り遅れたわけじゃないから大した問題ではないけど、赤子連れはいろいろ時間を食うと再認識した。

エバー航空
 機種は往復ともに777-300ER。関空桃園便は機種固定ではないので、その辺は参考程度に。
 300ERはキャセイでも乗っているけど、キャセイ便より座席間隔が多少広いと思う。キャセイの場合は、殺人的に狭いエアバス機もあるし、この辺はエバー航空の圧勝。

 画面から免税品が買えるディスプレイは、キャセイと同型。マップビューは拡大できて暇潰しになる。

エバー航空
 tomopeeもこの画面には興味津々だ。

エバー航空
 ただし気を抜くと叩き出すのが難点。
 離乳食をおいしくいただいたtomopeeは、両親の膝の上ではしゃぎながら、特に問題なく台湾入りした。離発着時も泣かなかった。良い子だ。

 桃園国際空港で入国審査を通過、荷物を受け取って外に出ると、まずはおむつ交換。事前に調べたところ、ターミナルには授乳室(育嬰室)があるようなので、hashiがtomopeeを連れて向かう。しかし何と、鍵がかかっていて使えなかった!
 正直、この点は全く評価できない。早急に善処すべきだ。


 結局はトイレでおむつを交換、タクシーで高鐵桃園駅に向かう。
 バスでも時間的には問題なかったけど、やはり赤子連れだし荷物も多いので乗ってしまった。そうして駅でチケットを購入して、ふと思う。おむつ交換は駅でやれば良かったのだと。

台湾高鐵
 座席は三人掛けの通路側二つ(写真の赤いカバンは、窓側席の他人のもの)。夕方の便なので、車内は混んでいる。自由席は座れなかったようだ。赤子連れで桃園から自由席というのは、やめた方が良い。

 さぁしかし、車内でtomopeeがはしゃぐ。そして泣き出す。泣き出した時に、高鐵……というか新幹線車両は静かなのだと気付いた。
 結局、およそ10分かそれ以上、デッキであやすことになった。

 せっかくなので車窓を見るよう指差してみるが、tomopeeは常に反対側の窓を向く。景色ではなく、鏡のようにうっすらと自分が映るのを見ているのだ。
 高鐵の車窓風景は、正直言えば我々にとっても退屈である。無理矢理な物語を作れない赤子に、それを楽しめと言うのが無茶なのかも知れない。

高鐵台南駅
 ともあれ、高鐵台南駅に着く。合併によってここも台南市の一部になったから、既にtomopeeは「台南入り」したことになる。相変わらず何もない場所だけどね。
 ホテルまでは、ここもタクシー利用。せっかく台鐵が開業したから乗っても良かったけど、行きはちょっと時間の都合でパス。帰りも結局乗らなかった。
 我々の場合、台鐵駅からホテルまでタクシーを使う可能性がある。それはちょっと煩わしいし、日本円で1000円をここでケチる必要もない。宿泊費はとても安いのだから、使えるところで使おうと判断した。

 首相大飯店到着は、18時過ぎ。いつもと違う部屋に案内され、いよいよ本格的な台南旅行のスタートだ。tomopeeは概ね快調。両親は、思ったより暑いことにやや戸惑っていた。

2010/05/20

台湾旅行2010.5(概略) 一覧

 日を追うごとに長文になった旅行記。ガイドブックで調べ直す、といった作業は最低限に留め、速報として公開した。
 ここに登場する寺廟やグルメや出来事を、今後は個別に紹介していく。そういう意味で、旅行記自体がブログの目次みたいなものになるだろう。
 最終日の記事にも書いたように、記事のリクエストがあれば、可能な範囲で対応する予定。たぶん最終日の内容辺りは、順番に書くとお盆になっても書き終わっていないはず。夏の旅行にすら間に合わないぜ!(自慢することか)

台湾旅行2010.5初日
 出発日の午後からいきなり台北を満喫。迪化街などを巡り、牛肉麺、占い、マッサージ、夜市まで。

台湾旅行2010.5二日目
 台北の艋舺(萬華)地区をしらみつぶしに巡る。夜はまた夜市へ。

台湾旅行2010.5三日目 前半
 朝は台北、そこから台湾高鐵で嘉義、さらに北港鎮へ。媽祖生誕の祝祭空間に雪崩込む。

台湾旅行2010.5三日目 後半
 北港鎮での午後。朝天宮の熱気を感じ、しっかり飯も食い、夜に嘉義→台南と移動。

台湾旅行2010.5四日目 前半
 台南初日。牛肉湯初体験、そして謎の麺屋へ潜入を果たす。

台湾旅行2010.5四日目 後半
 台南初日。大天后宮の祭礼見学から、市内を巡り、保安宮近くのグルメ、最後は夜市。

台湾旅行2010.5五日目 前半
 台南二日目。台湾的ハンバーガーから西華堂、豆花。

台湾旅行2010.5五日目 後半
 台南二日目。食べ歩きと拝拝の繰り返し、そして厳じいさんとの再会。夜に嘉義へ移動し、しっかり飯は食う。

台湾旅行2010.5六日目
 最終日。早朝から北港鎮で祭礼を見学、ついでにグルメ。嘉義でもグルメ、そして帰国へ。


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2010/05/19

台湾旅行2010.5六日目(概略)

 記憶が鮮明なうちに執筆中の2010.5旅行概略。とうとう最終回である。

 予定通りに起床。時刻は4:50だ。ギリギリまで寝ていたいので、30分でタクシーに乗れるよう、準備は前日に済ませてある。hashiの化粧は、間に合わなければ車内ですればいいやという感じである(どうせ化粧してもすぐに真っ黒に汚れる)。
 ホテルはチェックアウトせず、荷物は部屋に置いていく。従ってホテルには12:00までに戻ることになるが、そもそも今日は最終日なので、13時過ぎには高鐵嘉義から新幹線に乗るのだ。タクシー代がかさむ以外は何の問題もない。
 嘉義のホテルから北港朝天宮までは30分弱で505元。行きと帰りで経路が違ったにも関わらず、全く同額だった(5元オマケだったのも同じ)。
 バスはもちろん安いが50分近くかかるし、そもそも朝5時には運行されていない。日本ではあり得ないほどタクシー代が安い台湾で、空港と関係なく500元分も乗るのはかなりのことだが、1500円で時間を有効活用できるのだから、どんどん乗るべきだな。

朝6時前の北港朝天宮
 日の出前の朝天宮は、門前はひっそりとしていたが、中は既に式典の準備が整っている。豚と山羊が飾られ、左右には来賓席も設けられていて、先日とは全く違う雰囲気だ。
 来賓の意味が分からないのか、どっかと座ってカメラを構えている西洋人の夫婦と、傍若無人に写真を撮りまくる中年の男女(夫婦かどうかは知らん)、そして我々などは、この場においてイレギュラーな存在だろう。だが朝天宮の関係者は、気にする風もなかった。
 おそらく毎年、カメラ中高年(ちなみに我々は「中年」ではないつもりだっ!)は一定数いるだろう。そして、そもそも撮影に対する拒否反応がないのだろう。

朝天宮の式典
 朝6:00から始まったのは、媽祖の生誕を祝う式典である。どこまで近くで見れるだろう……と思ったら、中で撮れと合図された。線香を持った人は拒絶で、カメラの人はウェルカムだった。まぁ線香持った人は間違いなく式典の障害になるので仕方ないのだが(式典が終わるまで、中央の祭壇での拝拝はできない)。
 式典は、一人の女性が何度も媽祖を拝んでは戻るという、わりと単調なものだった。上の写真にも見えるこの女性は曾蔡美佐。国民党員だ。県長ではなかったので訂正する。すまぬ。

 県長じゃないとすると、あんまり値打ちがないなぁ。

門前の進香団
 音楽が奏でられながら行われた式典が一時間で終了すると、朝天宮は一気に喧噪に包まれる。拝拝の人々がなだれ込むだけではない。門前では各地の進香団が、式典が終わるのを待っていたのだ。
 この日の進香団は、数日前の比ではない多さ。門前の道は進香団渋滞が起きている。一つひとつが百人を超える大所帯で、しかも門前でやることやって中に入るから、なかなか進まないわけだ。
 爆竹もパワーアップ。箱単位の爆竹、ロケット花火に加えて、空砲の轟音だ。正直言って恐怖を感じるほどの凄さである。

門前での童乩
 童乩の舞、獅子舞、そして隈取りした子どもの舞と、見所も多い。暴力的なパワーを感じる進香の様子は、たぶんyoutubeにいっぱい上がっているけれど、リアルに体験しないと伝わらないだろうなぁ。

老等油飯
 そうこうしているうちに8:00を過ぎた。進香団は引きも切らないので、とりあえず飯にしようとぶらつく。そして老等油飯を発見。店というか屋台以外の何者でもないが、確か「食尚玩家」で紹介されていた。
 頼んだのは油飯、麺線糊など。周りの客がみんな両方頼んでいたので、郷にいればの精神で頼んでみた。油飯は檄ウマ。麺線糊は、まさしくそうめんをとろとろになるまで煮込んだもので、いかにも朝食という感じだ。胃に優しいので、一緒に頼むのが正解だ。
 それにしても、席で食べる人以上に、外帯(テイクアウト)が多い。狭い街頭で手際よく何人分も詰めていく老板娘に感心しながら最後の朝食を食べた。

ブラバン付き進香団
 北港でのタイムリミットは10:00過ぎ。見るべきものが多すぎて、結局10:20ぐらいまで街をうろうろして、タクシーを探す。
 数日前の夜は嘉義客運バスターミナル方面で見かけたので、そちらへ向かったらあっさり発見。「嘉義中山路」と、ホテル名を書いたメモを見せて乗り込んだ。
 するとなぜかタクシーは、反対方向にのろのろ運転。なんのことはない、嘉義まで行きたくないので他のタクシーまで連れて行かれたのだった。午後に用事でもあったんだろうか。
 まぁ我々には実害がないので構わないけど、500元を蹴るとは勿体ないことをするなぁ、と思ったわけである。

 皇爵大飯店には何事もなく到着して、部屋の鍵を受け取る。
 ちなみに出かける際に、チェックアウトではないとはっきり伝えてあったし、あっさり鍵を渡したのだからフロントも分かっていたはずだ。
 が、なんと部屋のドアが開いている! 中に入ったら、ベッドメイクされている! チェックアウトされてない部屋をベッドメイクしてどうするんだ!
 そもそも荷物を置きっぱなしなのだ。幸い、目に見える形で荷物が減ったりはしていなかった(パソコンの中身を覗かれたかは不明)。とはいえ、ちょっとこの対応は信じがたい。
 フロントの人はわりと親切で好感度も高かったのだが、このホテルはもう利用しないだろう(部屋の隅がけっこう汚れていたりするし、メンテナンス全般に難があるようだ)。

郭家雞肉飯
 動揺したものの時間がない我々は、急いでシャワーを浴びて荷造りして、11:30にチェックアウト。
 そこから巨大な荷物を背負ったまま噴水まで歩き、さらに少し歩いて郭家雞肉飯へ(たぶんホテルから10分程度)。昨夜の晩飯の後に、慌ててネットで調べた店だ。ブログでの評判が良くて徒歩圏内のここが、台湾最後の食事先となった。
 そして、郭家雞肉飯は大当たりだった。雞肉飯は噴水雞肉飯のように油っぽさがなく、こちらの方が上だ。一緒に頼んだ魯肉飯(雞肉)や糯米大腸もうまい。場所も分かりやすいし、嘉義駅から歩いても15分ぐらい。オススメだ。
 食べ終わって、向かいの客中歇というスタンドで珍珠奶茶を買って、噴水前でタクシーをつかまえて高鐵嘉義へ。予定より一本前の新幹線に無事に乗車し、空港では暇をもてあますほど時間があった。
 なお珍珠奶茶は、空港までの飲料を確保するつもりで買ったのだが、タクシー内でhashiにガブガブ飲まれてしまい、高鐵嘉義駅までに無くなってしまったゾ(うまかったけどさ)。その後に買った無糖の烏龍茶は長持ちしたわけで、暑い台湾では糖分が大事だと実感した。

 空港ではいつも本屋を覗く程度。今回は何かないかなーと眺めたら、なんと『食尚玩家』の台南特集「台南玩味」を発見。もちろん購入した。
 この台南特集は、伝統と現代という感じの内容で、非常に良い。『小西門』の作者の人も登場している。そもそも、あの本が特集させたんじゃないか、という気もする。『小西門』ともどもオススメである。

 帰りのキャセイパシフィック航空564便は、良く揺れた。機内食が離陸後一時間以上配られなかったほどだ。
 ところが、スペシャルミールを頼んでしまった我々の分だけは、早々に運ばれてきた。周囲ににおいだけまき散らしながら、しかもすごい揺れのなかで食べることになった。
 なお、この便の座席は事前にオンラインチェックインで指定した席とは違っていた。というか、機体そのものが違っていたので、同じ席になるわけがない。これって事前に分からなかったのかねぇ。「事前」ったって二日前なわけで。
 まぁともかく、台北・北港・台南の神々の加護もあって、無事に日本に帰国した。今回は空港で食事もせず、まっすぐ帰宅。我が家に戻ったのは22:30であった。


※以上で全日程のおおざっぱな紹介は終了。とんでもない日程であったことはお分かりいただけたと思う。
 5日目後半でも書いたように、個別の記事を早く書いてほしいというリクエストがあれば、できるだけ応えるはず(他人事のように言ってみる)。写真も出し惜しみしているので、知りたいことがあれば遠慮なくどうぞ。
 ただし媽祖関係は、抜き出して紹介するのが難しいので、たぶん順番通りとせざるを得ない。いずれにせよ、この記事の内容は順番通りならば数ヶ月先に掲載される。気の遠くなるような話だなぁ(とりあえず今は現実逃避しておきたい)。

※最終回を記念して、ランキングのバナーも大きく張ってみる。
 ここまでおつき合いいただいた読者の方には、是非一度バナーを押していただきたく存じ候(まぁ気が向けばどうぞ)。
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台湾旅行2010.5五日目(概略)後半

前半はこちら

 振發茶行から向かう先は清水寺。もちろん京都の寺とは関係がなく、清水祖師を祀る廟である。その門前には萬川號と並ぶ肉包の有名店の禄記もあるので、さぁ食べくらべだ……と勇んで歩いたが、なんとここも休業。しかも昨日と今日が休業だ。阿憨鹹粥と同じパターンなので、何かあるのかなぁ、と清水寺へ。
 「寺」という感じのしない本堂はそもそも工事中で、本尊はそばの建物に待避していた。台南は方々が工事中だ。日本統治時代の建物や神農街のような街並みには、ある意味の選挙対策として公費が投じられているわけだが(なお許市長は候補者選定で敗退した)、こうした廟宇も補助金があるのかな?
 總趕宮みたいに寄付を呼びかける所もあるので、よく分からないけれど。

 そこから開山路を歩き、馬公廟、臨水婦人媽廟を訪問する。臨水婦人媽廟では、去年訪問した時に出産祈願の祈祷らしきものを見たので、今回も……と思ったら、ここも工事中。拝拝はできるし、おばちゃんが祈祷はしていたけれど、ずいぶん狭くなっていた。
 さて、臨水婦人媽廟の向かいは延平郡王祠である。二人とも全く関心はなかったが、オウコチョウが咲いていたので撮影。ついでにトイレを借りたりして、そのまま境内をぶらつく。
 中にはちょうど日本人観光客の団体がいた。かなり大人数で、四つぐらいに分かれて回っていくのを、しばらくの間観察する。日本人観光客は、記念写真を撮ることもなく整然と見学を続けていた。
 団体客のなかで鄭成功を知っていた人がどれほどいるかは分からないが、信仰と無縁の「祠」は、わざわざ遠くから訪れるほどの価値がないと思う。ここは地元人が子どもを連れて遊ぶ公園である。

 そうして道路に出たら、見るからに怪しい人々がいた。どこかの学生が、たぶん絵画の構図を演じているようで、自分たちでしきりに写真を撮っている(内輪で楽しんではいかんだろ、とも思うが)。日本人観光客は図々しいので、混じって写真を撮った。台南で日本人観光客の評判が落ちていないことを祈るぜ。
 しかしこのパフォーマンス、歩道を使っていたので、ゲリラ的なものだったのかも。けしからんので、どんどんやるべきだ。

開山路で見かけた犬
 そこから馬公廟方面へ。廟のそばには友誠蝦仁肉圓がある。ここは一部の日本語ガイドブックに載っている店だが、地元民の評価は武廟肉圓(リンク先は去年の記事)らしいと聞いて今までは割愛していた。しかし一度ぐらいはエビ入り肉圓を食っておこうと、ここで入店。
 日本語ガイドブックに載ってるとはいえ、日本語が通じる気配はなかったが、ともかく蝦仁肉圓と香菇肉羹(椎茸と肉のとろみスープ)を頼む。肉圓のQQ感は武廟肉圓の方が上。とはいえ、あちらは考えようによっては「固い」わけで、甲乙はつけがたい。香菇肉羹も普通にうまいスープだし、じゅうぶん満足の味だった。

いつも花いっぱいの府中街
 そこから人通りの少ない府中街へ。しばらく歩いて、適当に路地に潜ってみる。目的地は永華堂だったが、例によって適当だったので一本通りを間違えていた。まぁすぐに見つかったからいいけど。
 永華堂では、おばさんに話しかけられた。最初、ずっと「國語」で話しかけてくるのを、しばらく黙って聞いていた。どこまで理解できるだろうと試してみたかったわけだ。結果、全然分からないので(とほほ)日本人である旨を説明。すると、今後は英語で解説を始めた。
 英語もロクにしゃべれない我々なので、状況はさほど変わったわけではない。ただ、永華堂の由来についてしゃべっている、とは理解できたので、手元にあった陳永華の解説のコピーを見せたら、これこれ!と頷いてくれた。
 それにしても、我々は京都の寺院で台湾の人がうろうろしている時に、寺院のことを教えてあげようと思うだろうか? 日本語が通じないので英語で解説を試みるだろうか? 自分たちの神様として信仰されている陳永華は果報者でござるよ(なお彼については金傭『鹿鼎記』を読めば、やや間違った知識とともに知ることができる)。

孔子廟のリス
 再び府中街に出て、そのまま孔子廟へ。「鶴瓶の家族に乾杯」の冒頭、鶴瓶と鈴木杏が出逢った場所だが、有料部分は去年見たので、リスを眺めた程度。
 そこから台南神社跡の公園を抜け、莉莉水果店で野菜ジュースと豆のかき氷を食す。ここのシステムはまず空いている席に座り、店頭に置いてある注文用紙に席の番号と注文する品を書いて、店頭で精算する形。あとは席で待っていれば運んで来てくれる。なかなか合理的なシステムである。
 ここはうまいだけでなく安い。裕成水果の半額程度じゃないかと思う。この日もお客でいっぱいだったが、これなら流行るはずだ。

孔子廟の近く
 孔子廟方面に戻り、路上で将棋らしきものを楽しむ人々を眺めつつ(上の写真はプライバシー保護のためではなく、最初からぶれている)、ぶらぶらと湯徳章紀念公園の円環へ。あとは最後の目的地、開隆宮を巡ってホテルに戻る日程だ。
 十六歳になったらお参りする宮として有名な開隆宮だが、逆にいえば十六歳とは縁のない我々なので動機に乏しい。それが今まで訪問しなかった理由であった。が、諸事情あって今回は拝拝。呉園からほど近いこの廟で、台南観光の日程を終えた。
 あとは、とぼとぼと首相大飯店まで歩き、預けてあった荷物を受け取る。一昨日歩いたばかりの台南駅までの道のりは、夕暮れ時なので寂しい。また台南に来れるといいなぁ。

 台南から自強號で向かう先は嘉義。まさに一昨日乗ったばかりなので、道中は何の問題もなし。まぁ40分しかないから、問題は起きようもないか。
 強いて問題と言えば、我々の前に座っていた女性の僧侶が、車中で電話したことだ。いや、電話は許されている行為なので、非難しているわけではない。なぜか電話の時だけ、たどたどしい日本語になったことに驚いたのだ。
 残念ながら対面でもない僧侶と話す機会はなかった(僧侶二人でずっとしゃべっていたし)が、意外なところで日本語を耳にするものだ。

 嘉義駅から皇爵大飯店までは、荷物が軽ければ5分程度。駅前の地下道がどうにも面倒で、時間を食う。台南駅前もそうだが、駅前が歩行者に優しくない印象(歩行者に優しくないのは、どこでもそうか)。
 チェックインは20:00頃。とりあえず部屋を確認して、荷物を置いてすぐに外へ出る。晩飯を食わねばならない。
 晩飯の店は、噴水雞肉飯にした。もっとうまい店があるという情報もちらっと読んだ記憶があったが、ほとんど嘉義について調べてなかったので、とりあえず有名店という選択であった。
 ホテルから噴水の円環までは10分ほど。アーケード街はメガネ・時計・宝石の店がやたら目立つ。この通りはそういう場所なのだろうか。

嘉義の噴水広場
 噴水雞肉飯はやたら奥に長い店だった。客が少ないのが気になったが、ともかく入店して雞i絲飯、紅糟肉、苦瓜湯などを注文。ここは指さし注文も難しいので、筆記になった。ちなみに、筆記で伝える時は、できるだけ文字を大きく書くと良いゾ。
 雞絲飯はほぼ予想の範囲内の味だったが、じゅうぶんうまかった。ただし、ちょっと油っぽい気はする。苦瓜湯と一緒に食べると、その辺は気にならなくなった(苦瓜は相当に苦いぜ)。紅糟肉は二人で奪い合いになるほどうまい。オススメ。
 雞肉飯は明日も別の店で食べくらべしよう!、と心に誓って、すぐにホテルへ戻った。

 部屋に戻ったのは21:00より前。通常ならば、夜市でも行くかという時間だが、今日はシャワーを浴び次第就寝というスケジュールだ。
 明日の起床は、なんと4:50。5:20にはタクシーに乗り、北港朝天宮に行く予定である。嘉義への宿泊は、6:00からの祭事に間に合わせるためだけにあったのだ。

※いよいよ残りは最終日のみ。もうほとんど書いてあるよ。
 なお、個別の記事は初日から順を追って掲載予定。「ここを先に紹介してくれ」とリクエストがあればコメント欄にどうぞ。

2010/05/18

台湾旅行2010.5五日目(概略)前半

 目覚めは快調だ。今日はしかし、早くも首相大飯店を去らねばならない。名残惜しいなぁ。
 今回もこのホテルでは気持ちよく過ごすことができた。設備もそうだが、ホスピタリティこそがこのホテルの魅力である。
 ともかく、まずは朝食に出かける(チェックアウトせず)。今日こそは阿憨鹹粥でサバヒーだ―――と勇んで出かけたら、またも店は閉まっていた。何ということだっ!

 がっくり来たが、すぐに諦めて(そもそも悩みようがない)北華街と公園路の交差点に戻る。阿憨鹹粥で食えないのは予定外とはいえ、去年通りがかった西華堂近くの店でも食べてみたいと思っていたのだ。
 何件かあったなかで、伊荳生活精緻早餐館に入店。香腸の漢堡(ハンバーガー)、蛋餅、豆漿などを頼んでみる。香腸入りの漢堡はどんな味なのかと思ったが、ほんのり台湾風味ながら違和感のないハンバーガー。うまいじゃないか。

蓮霧と西華堂
 今日も機嫌良く食事を終えて、西華堂を表敬訪問。
 相変わらず暑い日の朝、去夏は爛熟の盛りだった龍眼は、ちょうど花盛り(ただし全然目立たない)。蓮霧の大木には、花も実もたくさん見える。もちろん門の前には、まだまだ小ぶりの波羅蜜があった。

もらった組紐
 のんびりと本尊を拝んでいたら、女性の僧侶の方が現れる。そして何度か行き来する中で、白湯をいただいたり、組紐(ミサンガみたいな輪っか。名前は何というのだろう?)をもらったりした。組紐は明らかにその人の手作りと思われるもので、とても恐縮した。
 ただし私の細腕にははめることができず、hashiは腕に、derorenは指先にまいたわけである。うーむ。

 西華堂からは北忠街を西へ戻り、そのまま無名豆花(リンク先は去年の記事)へ。今日は開いていたが、前回同様に誰も客がいない。やはり豆花を食うには時間が早すぎるのだろうか(10:30ぐらい)……と思いつつ珍珠豆花を食べていると、次々とお客がやって来て、小さな軒先のテーブルは埋まってしまった。本当に近所の人たちが食べに来る店なのだなぁ、とちょっと安心した。
 そこからホテルに戻る途中で、玉皇宮にも寄った。例によって、シャツを広げて何か拝んでもらったりする人はいたが、この日の境内は比較的静かだった。どうも童乩の活躍する場面を見たければ、朝一番に行かなければならないようだ。ほどほどに廟をあとにして、ホテルに帰還。
 ここで荷物をまとめたり顔を洗ったりして、チェックアウト。お願いして、荷物は預かってもらった。最大で20:00ぐらいになるかも、と無茶なお願いをしたのだが、首相大飯店は快く引き受けてくれた。やはりいい宿だ。
 ついでに、阿憨鹹粥について何か情報を知らないか?、とフロントの小姐に聞いてみたが、荷物を預けた兄ちゃん(日本語文の中で「先生」と書くのは難しいな)と顔を見合わせて、返ってきたのは「たまたま休み」だったのではないかという悲しい答えだった。うーむ、まさか経営者が日本人ってわけでもないよなぁ。

阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)
 ホテルからはタクシーで、いきなり阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)へ。何もタクシーで乗りつけることはなかろうと思うだろうが、そこから東嶽殿方面に引き返すのが一番楽である。
 で、阿美「鳳梨酥」で当然のように鳳梨酥を買おうと思ったら、店頭にはカステラケーキの類しか置いていない。もしかして奥に何かあるのか?、とうろうろしたものの、何もなし。お店の人がカステラケーキの味見をさせてくれたので、それはそれで試食して、ふわふわしてうまかったが、日本に持ち帰るのはちょっと難しい。仕方なく拙い「國語」でふぉんりーすーと聞いたら、店の人はそばの棚から化粧箱を取り出した。
 どうやら日常的には、ここはカステラケーキの類を買う店のようだ。とはいえ有名な手作り鳳梨酥も、頼めばちゃんと売ってくれる。一般的なものより一個一個が大きな鳳梨酥は、外側の部分がしっかりしていて、なかなかうまかった。ただし一個一個が大きいから、カロリーも高そうだ(余計な一言)。

活気のある市場
 この店は市場の入口に面していたので、そのまま市場を歩いて、東嶽殿を訪問。しかし正午の東嶽殿では打城法事も既に終了しており、特別に見るべきものはなかった。早々に廟をあとにする。
 東嶽殿といえば振發茶行(リンク先は昨夏の記事)の近所なので、当然茶を買う予定だったが、いったんは素通りして民権路と青年路の交差点へ。
 ここには萬川號がある。肉包を2個買って食べてみる。感動の味というほど印象には残らないけれど、まぁうまい……が、何も肉包を食うためにお茶を諦めたわけではなく、目的地はコンビニだ。
 何のことはない、手持ちの現金が少なくて、お茶を買うのに不安があったわけである。

 今回の旅では、空港での両替額がたった2万円だった。ホテルと高鐵、それから台北でのマッサージがカード払いとはいえ、それで足りるわけはない。なので足りなくなったら随時クレジットカードでのキャッシングを利用した。
 キャッシング可能なATMは駅などにあるし、銀行、そしてコンビニATMも使える。手数料と利息はかかるけど、空港両替でも手数料は取られるし、海外でのキャッシングは一ヶ月以内の一括引き落としなので利息も知れている(そもそも一度のキャッシングは1万円程度だ)。
 空港で大量に両替した場合、最後は余った台湾ドルを再両替することになる。二重に手数料を取られる上に、レートも悪い。大量の現金を持ち歩くリスクも避けられるので、今後もキャッシングを利用するだろう(例によって、次の旅はずいぶん先になろうが)。

振發茶行
 結局、コンビニは府城隍廟の前にしか見当らなかった(そこは以前も利用したので知っている)。残り日程を考えて少しだけお金をおろし、府城隍廟はパスして(もう隅々まで見学済み)振發茶行へ向かう。
 店には先客がいた。そして、去年の夏に写真を見せてもらった孫の姿もあった。どうやら孫夫婦もお店に詰めているようだった。

 先客が帰るのを待って、さっそくお茶を頼む。
 厳じいさんはまだまだ元気で、安心した。そして孫夫婦がいるにも関わらず、厳じいさんはお茶の選定をすべて一人でやっていた。孫には、お茶を入れる箱を持ってくるよう頼んだだけで、あとは自分でやるのだ。何というか、じいさんのプライドを見た感じだった。
 じいさんの絶技もみた。文山包種茶を計り売りする際に、ざっと紙に取り出したお茶の葉を計りにのせたら、ほぼぴったり300gだった(上の写真)。拍手と歓声が上がったものであるぞ(上げたのは我々だ)。
 そんなわけでお茶を買って店を出る。我々の後にも客がやってきて順番を待っていた。ガイドブックに「日本人が大勢やってくる」と書かれる店だけど、百年老店の代表格として有名なだけに、台湾の人もけっこう訪れるようだ。たぶん頑固な厳じいさんがいつまでも元気にお茶を売ってくれるよう願うばかりである。

※後半につづく

2010/05/17

台湾旅行2010.5四日目(概略)後半

※前半はこちら

大天后宮
 媽祖生誕を祝う大天后宮。中から読経らしき声が聞こえるので、覗いてみる。
 すると、白い服の女性たちが2列に並んで経文を読誦していた。願文なのかも知れないが、萬物創生から語られているから何かの経典だろう。
 念のため写真に撮っておいたページの文字で検索したところ、『太上説南斗六司延壽度人妙経』、つまり南斗(生を司る神)の経典のようだ。まぁいずれにせよ、さまざまな読経の一部がこれだったということに過ぎないが。
 なお媽祖廟の読経は、ここでも北港朝天宮でも伴奏つきだった。初めて見る弦楽器などもあったりして、その意味でも興味深かった。一団は正殿で読経のあと、裏の三官大帝の前に移動していった。

 読経が一段落した時に、我々は一度そばを離れて境内を見てまわった。
 ここはもう三度目の訪問だから、だいたい中の配置は分かっている(こちらこちらで詳しく解説した)。ただ、どの神様の前にもお供え物がいっぱいだ。もちろん虎爺にも果物のお供えだ。できるだけ撮影しておく。
 そうして、さぁここを去ろうかと三川門を出たところで、おばちゃんに話しかけられる。おばちゃんは日本語を習ったそうで、懸命にこの廟のことを説明してくれた。
 おばちゃん情報によると、今年の祭礼は控え目らしい。来年が節目の年なので、大規模にやるという。横浜の媽祖祭に呼ばれて日本を訪問した話もしてくれたが、関西在住の我々にとって、横浜は台南より遙かに疎遠なので、反応が難しかった(いちおう横浜中華街にも行ったことはあるけど)。
 ともかく、廟宇の格を示す装飾についていろいろ教えてもらい、記念写真を撮って別れた。ある程度は書物などで知識を得ているから知っていたけれど、現場で教えてもらえるのは、やはりありがたかった。来年の祭礼は難しいかも知れないが、おばちゃん、再見!

 そこから新美街、民生路と歩く。裕成水果の前を通ったが、もういい加減他の店にしようと通過。どうせマンゴーの季節じゃないし、シロップ漬けなら無理に食べる必要もない。
 しかしどこかでは水果を食べたい。まず一軒目の候補(あえて名前は挙げない)は、どうにも店が暗くて客がいなかったのでやめ。で、次に見かけた阿良水果店でパパイヤ牛乳、グァバジュース、水果切盤を頼んだ。ちょっとした昼食代わりである。
 阿良水果店でも、日本人は珍しかったのか歓待してもらった。プチトマト(中に挟んであるやつ)と青マンゴーを、台湾の味だからとサービスしてもらう。どれも美味。台北で飲んだパパイヤ牛乳の高さを、今さらのように思い出した(ここは50元)。店員の注目の的にはなるけど、それも楽しいゾ。

 次の目的地は鄭氏家廟周辺。まぁ通り過ぎればいいや、という程度の興味で歩くが、例によって地図がないので道に迷い、朝興宮と保和宮(同一の場所)に遭遇する。
 これがまた、住宅地の真ん中にいきなり数十段の階段で登る廟があるのだからビックリだ。朝興宮は媽祖廟なので、花輪が飾ってあった。
 さらに我々は迷い、武徳殿の辺りまで来てまた戻り、重慶寺へ。ここはまぁ、旧台南州庁の裏を抜ける際に標識があるので、存在は知っていた。
 本尊は観音だが、大観音亭などと同様に仏教寺院の形態ではない。両脇には西嶽大帝と註生娘娘が祀られている。

 そうしてふらついた結果、ようやく報恩堂に辿り着く。報恩堂と鄭氏家廟は隣り合っているので、自動的にこちらも発見できた。やれやれだ(無駄足ってわけでもないけどね)。
 報恩堂は門が閉じられているので外観のみ見学、そこから鄭氏家廟の方へ行っていると、実はここに三つの廟宇が固まっていることを知る。鄭氏家廟と並んで三官廟、向かいに五帝廟だ。そして鄭氏家廟だけがひっそりとしていた。ここは鄭さんの家の廟だから、拝拝の人が少ないのは当たり前だ。ただ、中を見てもここは廟というより観光地に思えた。
 
總趕宮
 次の目的地は總趕宮。例の本で寄付を募っている廟だ。
 どこなのかと歩いていたら、あっさり入口は見つけた。要するに雙全紅茶の奥だった。
 もちろん雙全紅茶を黙って通り過ぎるわけはなく、おじいさんに一杯所望する。おじいさんがシェイクしてくれる紅茶は20元。飲んでみると、これがまた驚きのうまさだ。紅茶の風味、苦味がしっかりあって、しかし渋味はあまりなく飲みやすい。名物にまずいもの無しだねぇ。

 その目の前の空き店舗らしき場所に、總趕宮の祭神は仮安置されていた。が、ともかくまずは工事中の宮を見てみると、なかなか不思議な空間が広がっている。
 住宅地の真ん中にぽっかりと空き地があり、周囲には五瘟宮というやばそうな名前の宮や、飲食店(蛙の肉も扱ってた)があったりする。工事がなければ別天地の趣きあり、だ。工事をしていない脇の部分を見学して、仮安置の殿内を拝む。なんか不思議だ。どう見ても謝将軍と范将軍なのに、名前が違う。台湾の神は難しい。

 次は蕭氏節孝坊……のはずが、見当らず(地図がないと厳しい)。うろうろとさまようなかで小西門のあった円環を通る。去年も来た場所ではあるけれど、あらためて良皇宮を拝んで、またさまよう。
 和意堂、昆沙宮と巡って、突然視界が開けた。大億麗緻酒店や新光三越台南新天地の裏手、つまりかつての刑務所址であった。
 市街とは思えないほどのどかな景色の向こうに、高層ビルが並ぶ景色は不思議なものだ。ついでに、大億麗緻酒店裏の公園から、目の前の台南新天地に抜けられないのも不思議だ。というか、それはないだろう、なぁ(無駄足を踏んだ恨みを口にしておく)。
 とにかく疲れたので台南新天地に入り、安平豆花を食べ、トイレ休憩。ここのトイレはきれいだし、フードコートも広くて清潔で、ついでに日本のスーパーなんかのようにうるさくない(広さの割に客が少なめ)から、小休止にはもってこいである。

 台南新天地を出発した我々は、残された今日の日程をこなす。まぁ、既に18:00をまわっているので、あとは飯を食うだけである。
 当初は旗哥牛肉湯までタクシーで乗りつけようかと考えていたけれど、朝食で牛肉湯を食べたので作戦変更。で、まずはhashiが興味があるという小巻米粉を目指す。……が、見つからない。去年一度前を通った記憶もあるけど、どこなのか分からず断念した(この店が載っているガイドは持参している)。
 次は阿川土魠魚焿(「土」は本当は「魚+土」)。ガイドには朝しかやってないようなことが書いてあって、しかしブログではそんなことはなさそうで、とりあえず行って確かめることにした。
 そこは保安宮近くなので、ついでに保安宮も再訪。去年見忘れた亀を拝む。屋内で見ると亀は巨大で、思わず声を挙げてしまった。詳しくは後日。

土魠魚焿
 阿川土魠魚焿は、何事もなく開店していた。さっそく土魠魚焿、貢丸湯、肉燥飯を注文。土魠魚焿(白身魚を揚げて、とろみスープで食べるもの)は予想通りのうまさだが、びっくりしたのが貢丸湯。団子がぷりっぷりで非常にうまい。冷凍モノとはわけが違うゾ。
 ここでも店員の注目を集めながら食事を終え、次は通りの向かいの全生小食店へ。我ながら何というバカな日程だと思うが、まだ胃が大丈夫と言っているので突入だ。
 全生小食店では肉燥飯、魚酥肉飯、総合湯などを食べる。これまたうまい。特に、店員のおねぇちゃんに薦められた魚酥肉飯(魚のでんぶのご飯)が、食べ進めるほどに癖になる。すっかり満足して、次の食事へ出掛けた。
 まだ食うのかって? 決まってるじゃないか、夜市に行くのだ(なんか崇高な巡礼者のようだ)。

 タクシーの運ちゃんに、自信満々に「武聖夜市」とメモを見せて出発。しかし運ちゃんの様子がおかしい。誰かとしゃべっているなぁ、と思ったら、信号で止まった時に身振り手振りを交えて衝撃の事実を伝えてくれた。「武聖は今日じゃない」。
 こちらも自信満々だったので、にわかに信じられなかったものの、武聖夜市への入口はひっそりとしており、嘘ではないようだ。というか、そのうち気がついた。我々(というよりderoren)は、今日の曜日を間違えていた!
 そうして運ちゃんに連れて行かれたのは、小北成功夜市。何度も感謝の意を伝えてタクシーを降りた。

小北成功夜市
 まぁさすがにもう腹いっぱいなので、小北成功夜市ではしばらくぶらぶら歩き、果物や飲み物を買った程度で終わった。
 ただ、花園夜市とは違って衣料品の店が多いし、長いソフトクリームの店とか文鳥占い(日本語はたぶん無理じゃないか)とか、物珍しいものが多かった。牛排の店は絶対に花園夜市がいいと思うが、遊びたいならここも十分楽しい。

 タクシーでホテルに戻る途中で、小北観光夜市の前も通過した。とりあえず店は営業していたが、見える限りでは客の姿がなかった。
 未だに日本語ガイドではあそこを夜市として紹介している場合があるけど、間違っても行かない方が良いゾ。まぁ夜市としてではなく、単なる食堂に食べに行く感覚なら、悪くないんだろうけど(味は知らぬ)。

 ホテル帰還は21:50頃。ああ今日も充実した一日だった。
 台南滞在があと一日というのが寂しい。台北は正直言って飽きて来るけど、台南は何日いても楽しめるぞ。

※一部記憶違いがあったので訂正。

2010/05/14

台湾旅行2010.5四日目(概略)前半

 四日目は台南観光の日。どんな無理な日程でも、やはり台南は外せない。
 さすがに三度目の台南、しかも過去二回とも虱潰しに歩き回ったから、かなりのポイントはもうおさえられていたりする。しかし近くをかすりながら訪れていない箇所は少なからず存在するので、その辺を廻ろうという計画だ。
 そして媽祖生誕期間なので、大天后宮は当然出掛けるぞ、という感じでスタート。

 さぁ朝はまずサバヒーだ、と阿憨鹹粥へ向かう。すると何ということだ! 閉店だった(理由は不明)。
 いきなり出だしでつまずいてガックリ来た我々であったが、近所に食い物屋は沢山あるので、気を取りなおす。で、お客が入っているのが見えたので(客がいる店はきっとうまいはずだ)、通りの向い側にある牛肉湯の店に入る。牛肉湯は何としても食べたかった。
 日本人の客ということで、妙に歓待してもらった店の名は西羅殿牛肉湯。牛肉湯100元で、肉燥飯がオマケ(ただしここの肉燥飯は普通の豚のやつ)。
 牛肉湯はショウガが効いていて、林家魚皮のスープに近いものがある。非常にうまい。サバヒーもいいが、この店も捨てがたいゾ。

頂土地公廟
 すっかりご機嫌になって、総爺老街を歩く。土地公廟は例によってじっくりと観察した。頂土地公廟が思いのほか広かったことに、今さらのように気付く。そこにスタスタとやって来て、さっと拝んで去って行く人々がいる。台湾の信仰はすごいなぁ、とこれこそ今さらのように感心した。
 無名豆花は定休日だったので、総爺老街から鴨母寮(光復)市場へ。

鴨母寮(光復)市場
 この市場は何度も歩いているが、今回は一つの目的があった。それは、ここで食事をすることである。
 現地人ブログによると、ここに「骯髒麺」なるものがあるらしい。ちなみに「骯髒」とは不潔といった意味である。なんじゃそらって感じなのだが、食べている写真を見るとうまそうなのだ。
 慎重に市場の中を徘徊して、ようやくそれらしい入口を見つけた。市場を歩いていると通り過ぎてしまうような小さな隙間の奥に、飲食スペースが広がっているのが見えた。写真撮影はダメらしく制止される。
 ともあれ、他の客が頼んでいる麺を頼み、茹でたイカの切盤も薦められて食べる。なんとイカの方が高い(といっても50元)。
 骯髒麺(これだけコッソリ写真に撮った)は、ラードの絞りかす、キャベツ、ネギが入ったシンプルな麺。しかしこれがびっくりするうまさ。麺はコシがあって、スープはあっさり目。お客でいっぱいなのもうなづける味だった。
 ここでいったんホテルに帰還。市場で買った土芒果と蓮霧を冷蔵庫に入れる。土芒果はなんと、この旅で三度目である。安いし手でむけるし、これを食わずにおれようか。
 
 少し休んで、再び出発。今度も歩きで、まずは観音街へ。大観音亭の門前町だった通りは、何かそういう面影があるのかと思ったが、何もなかった。お廟は興尊宮と全台呉姓大宗祠があるけれど。
 台北を歩いた後に台南を歩くと、廟宇の密度が全然違うことを実感する。台南はどこの路地に潜り込んでも、ほぼ確実にノーマークの廟宇に出くわす。全台呉姓大宗祠は三級古蹟なので知っていたけど、興尊宮(王爺廟だった)は全く知らなかった。

小南天土地公廟
 次の目的地は萬福庵照牆。しかし、うっかりして地図をホテルに忘れてしまったため、この先の探訪はderorenのうろ覚えの記憶に頼ることになった。
 で、いきなり道を間違えたら、そこに小南天土地公廟を発見。どこにあるのか知らなかった廟宇に遭遇したのだから、地図を忘れた甲斐があったというものだハッハッハ(一応これでも反省はしている)。
 ここは寧靖王直筆の「小南天」扁額があったことで知られる。残念ながら嘉慶19年(1814)に扁額は掛け替えられ、以前のものは行方不明らしい。
 どうやら潜る小道を間違えたようだ…ということで、今度は永福路手前の路地を潜る。そして無事に萬福庵照牆を見つけた。

萬福庵照牆
 萬福庵はもちろんれっきとした廟宇(観音を祀るが寺院という形態ではない)であるが、古蹟指定されているのは照牆だけ。明時代の遺構である。
 道の向かいにある陳宅も、見応えのある住居だが、現役民家なので中には入れない。ともかく萬福庵の内部を見学。これがまたいかにも台湾の廟宇という感じの迷路のような構造だった(無理矢理隣の建物につなげているのが面白い)。
 元の民族路に戻り、赤嵌楼の前をかすめて祀典武廟の前を通り過ぎて、大天后宮へ。祀典武廟そのものは何度も拝拝したので割愛したが、馬使爺の廟だけ拝んだ。さんざん前を通っていながら、実は一度も中に入ったことがなかったのだ。

※大天后宮からは後半に続く。中編にならないことを期待。

2010/05/13

台湾旅行2010.5三日目(概略)後半

三日目前半はこちら。続き物でござる。

酔っぱらい達磨
 しばらくは進香団の様子を見学していた我々だが、やがて門前ではなく横の方から大きな音がするので、そちらへ向かう。すると、朝天宮の出巡遶境の行列がちょうどやって来たところだった。
 朝天宮の行列は門前を出発して、街中をぐるぐる巡るので、何度かお宮の近くをかするのだ(ホームページに情報があった)。待ってましたとばかりに二人で駆け寄った。

 出巡遶境には、この目で見たかったデフォルメ軍団もいる。達磨は三人酔っぱらっているし、虎爺の一団はちゃんと縞模様の衣装で歩いている。おおこれがそうなのか、と写真を撮りまくる。
 挙げ句の果てにバイクに乗った神様が、我々を見つけてピースサインだ。思わず撮影してからお辞儀してしまった。なんという無茶な巡行だ!
 ……とはいえ、伝統的な祭礼でも牛車や馬に乗ることはあるだろう。要するに、その時の便利でナイスな乗り物を利用するに過ぎないのだから、むしろ馬鹿正直に歩く日本の神々の方がアレなのかも知れない。仏の世界は宝で埋め尽くされている、と仏典にもあるわけだし。

 ただし、行列はなかなか進まない。それもそのはずで、目の前のお店の人がスイカを振る舞うので、一団ごとにそこで止まってしまうのだ。
 しばらく見続けていたものの、このままではいつまでかかるのか分からないし、たぶん他の場所でも出逢うだろうと判断、いったんその場を離れた。
 で、別の進香団の様子を眺めつつ、午後4時台に突入。

爆竹で浄められる神輿
 それにしても進香団の爆竹は凄まじい。御輿に対する爆竹は、どう見ても拷問以外の何者でもない。箱単位で火を付けるアバウトさは、ちょっと日本では考えられないものだ。
 とはいえ、この日の爆竹はまだ大人しかったのだと、後日知ることになる。少し離れた堂内にいても恐怖を覚えるほどのヤツを体験してしまったゾ。

 そろそろ街の様子を見てみようと、門前の道を歩いてみる。できれば飯にありつこうという考えでもあった。
 北港の小吃については、「食尚玩家」の『全台小吃』や、ネットの大台湾旅遊網である程度は確認していた。ただ、店の場所がよく分からなかったり、行けるような状況ではなかったりで、計2店で食べたのみ。
 他では酸梅湯(冷えたやつ)を飲んだ。これまで飲んだ酸梅湯(以前に夜市で買ったのみ)より遙かにうまかった。

北港朝天宮の門前
 門前の道は洋風建築物が目立つ。立派に老街と呼べる感じである。あらためて北港の街の大きさを感じる。
 食べ物の店は、麺線糊(軟らかく煮込んだ素麺みたいなもの)、担仔麺、鴨肉飯などがあった。そのなかで、鴨肉の店に「百年老店」「鴨肉飯創始店」なんて文字もある。
 我々はこういう宣伝文句に弱かった。ちらっと覗いてみたら店内にお客がいて、そこそこ流行っていそうなのもポイントだった。全会一致(二人だ)で決定し、入店する。
 まずまず清潔な店内で、鴨肉飯、魯鴨翅、鴨肉切盤などを注文。これがまたうまい。鴨肉飯はもちろん、魯鴨翅(手羽の部分を煮込んだもの)は取り合いになったゾ。

 やがて、隣のテーブルに女の子と父親が座る。その女の子は顔が真っ白に塗られていて、いかにも何かの役という感じだった。
 ちょっと不機嫌そうにも見える女の子に鴨肉飯を食べさせる姿を見ているのは、何とも微笑ましい。と同時に、ああここで食って良かったなぁ、と思った。
 ちなみに彼女は藝閣に乗っていたと思われる。残念ながら、どこにいたかは判別できなかったけど。

 腹を満たして、ついでに門前の店でお土産も買って、再び朝天宮で拝拝を見学。相変わらず定期的に進香団の人たちがやってくる。媽祖像はお参りしたよ、という赤い襷を掛けられて帰っていく。千里眼や順風耳たちも同じ。その様子はどことなくコミカルだが、見ようによっては本当に媽祖や両将軍がやって来たみたいだ(そういえばyoutubeで媽祖のアニメを見た。あのノリはやはりすごい)。
 再びお宮を離れて、今度は義民廟を見学する。通り一つ奥に入っただけで、拝拝の喧噪は嘘のようだ。義犬将軍の新聞記事なんぞを眺めて、戻れば再びテンションが上がる。
 そして6時半。夜のイベントの幕開けだ。

藝閣
 藝閣とは文字通り藝術の閣といったところ(なお、このブログは台湾からのアクセスもあるので、「芸」という字は使用しない)。現在のそれは、大型車の上に煌びやかな電飾と、それに劣らないほど煌びやかな女性を乗せている。大半が子どもなのは、恐らくは風紀上の問題だろう(少なくとも先頭の一台は大人が乗っていた)。
 しかし、どの飾り付けもやり過ぎとしか言いようのない凄まじさ。地上3mぐらいのところで子どもが宙吊りになって、ぐるぐる廻っていたりするのは、当人にとってものすごい恐怖なのではないかと思う。
 しかも門前には進香団もやって来るので、藝閣のそばで爆竹が鳴ることもしばしばだ。年に一度の苦行って感じがする。
 でも見てる側には楽しいのである。紅白歌合戦のあのバカバカしいイベントを生で大量に見ているようなものだ。千手観音なんて見たら、小林幸子を思い出さずにおれようか。


 もうちょっと見学する予定だったが、ここで疲労がピークに達し、リタイア。嘉義客運のバスターミナルへ向かう。その途中でも、そこかしこで行列に遭遇した。いったい街中でどれほどの集団が歩き回っているのか、とても把握できそうにない。
 バスターミナルでチケットを買って小休止。トイレを借りて(あんまりきれいじゃないが)、ついでに目の前の店で珍珠仍茶を買ってバスに乗る。
 北港からバスで約45分、嘉義駅で降り損ねて、そのままターミナルまで乗り通した。まぁ後日の宿泊先を見ておきたかったので、降り損ねたというのは語弊があるけれど。
 嘉義市の中山路にあるバスターミナルから、駅までは5分程度。その中間でホテル(皇爵大飯店)の位置も確認した。台南に泊まった後、最後の一泊は嘉義なのだ。

 嘉義から台南までは自強号で移動。実はこれが台鐵初体験だ。
 自強号の乗り心地はなかなか良い。プッシュプル方式は静かだなぁ、と感心する。スピードが出ていないのもあるだろうが。
 駅を通過する際には、かなりの割合で減速していた。台湾で一番の幹線なのに、高速化が進んでいない。国民党政権が台湾に投資しなかったツケだろう。
 高鐵が出来た今となっては、もう高速化事業なんてないのだろうか。嘉義と台南、あるいは台南と高雄であれば、まだまだ台鐵に勝目があると思うけど(バスに負けてるのかも)。

 台南駅から歩いて首相大飯店へ。到着は22:05だった。長い長い一日はようやく終わり、いつもの部屋(予約時に部屋を指定している)で巨大な荷物から解放されたのであった。

※概略はやっと半分が終わった。長いねぇ。

2010/05/10

台湾旅行2010.5三日目(概略)前半

 台湾三日目。この日がもっとも移動距離の長い一日だ。
 台北→太保(高鐵嘉義)→北港→嘉義→台南というプランは、北港鎮に泊まりさえすれば全く複雑にはならなかった。しかし北港鎮のホテルはネット予約できないし、時期的に空いているという保証もない(FAX予約はあてにできない)。それに、初めての土地で日本語が通じない環境よりは、勝手知ったる首相大飯店の方がいいなぁ、という判断であった。
 ただしこのプランの問題点は、乗り換えの複雑さではない。というか、乗り換えなんて誰でもできる程度のものだ。問題なのは、大きな荷物を抱えたまま北港鎮を巡らねばならない点なのだ。

 台湾は、日本ほどコインロッカーが存在しない。台北駅には沢山あるし(ただし場所が分かりにくい)、百貨店なんかにもあるけど、他ではほとんど見かけなかった。
 台鐵の大きな駅には行李房(手荷物預かり所)がある。嘉義駅や台南駅にもあるので、深夜に及ばなければ活用する方法はあろう(台南駅は20:00まで)。しかし高鐵の駅ではそうしたサービスを行っていない。そして高鐵の嘉義や台南は、周囲に何もない場所に駅が存在するので、駅の外で預かり所を探すこともできない。
 ホテルで預かってもらおうと思っても(宿泊客でない限り普通は断るだろうが)、ホテルすらないのだ。

 まぁそんなこんなで、まずは荷物をできるだけ減らして日本を出発した。そして登山用ザックで機動性を確保した。その辺は、derorenがかつて山屋だった強みを活かしている(登山の荷物に比べれば、旅行のそれなんて軽いものだ)。
 ザックは基本的に背負うから、盗まれにくいのも利点だ(ナイフで切られたらそれまでだが)。滞在中はむしろhashiのゴロゴロが問題だった。実際、怪しい人が近づいた瞬間もあった。ああいう雑踏の中で一瞬でも手を離していたら、盗まれても仕方ない。


 前置きが長くなった。ともあれ忘れないように概略をメモっておく。
 朝は、チェックアウトせずに9:00頃にホテルを出る。台湾のホテルは12:00まで使えるから、出発日の午前中も有効利用するのが賢い方法だ。
 特に食べに行きたい店もなかったので、目の前の素食の店で食う。素蚵仔煎という謎の料理を頼んだら、カキの代わりと思われる物体が椎茸だった。別に似せてるわけじゃないけどね。感動するほどではないが、まぁまぁの味だった。

大龍峒保安宮
 食事後にMRTで圓山站へ向かう。時間があるので大龍峒保安宮を拝拝することにしたのだ。
 途中で孔子廟の前を通るが、なんと月曜休館で入れず。お廟に休みの日があるなんてとんでもない。というか、孔子廟は宗教施設じゃなくて観光施設なんだな、と再認識した。それなら行かなくてもいいや、と保安宮へ。
 保安宮では、入って左に沢山の花や供物が捧げられていた。この日は註生娘娘の誕生日だったのだ。事前に調べたのにすっかり忘れていたが、偶然にも法事の一部に立ち会えたのは幸運だった。

 あまり時間もないので、すぐに圓山站に戻る。
 高架のホームからは花博会場の様子が一望できる。もちろんまだ建設中。先住民の知恵を建築に活かすという話を、ディスカバリーチャンネルのテレビ番組で見ていたので、ちょっと興味深い。眺めただけではぴんと来ないけど。
 ホテル帰還は10:50頃。そこからわずかの間にシャワーを浴びて、着替えて荷物を片付けて、11:45に懐寧飯店をチェックアウト。フロントの奥には、他の客の預かり荷物が大量に置かれていたよ。

 で、高鐵台北駅でチケットを買い、なんと12:06の新幹線に乗車できた。駅の内部をある程度知っていたからというのもあるが、やはりホテルの立地は重要だ。
 嘉義までの新幹線は自由席。台湾高鐵は時間帯によっては全席指定だったりするので注意しよう(そのうちまたダイヤが変わるそうな)。12:06の便は、自由席2輛だけなのでけっこう混んでいた。
 それにしても、高鐵は距離が短いのでじっくり居眠りする暇がない。東京から京都のように、腰を据えて睡眠につとめると乗り過ごしそうだ(嘉義まで1時間ちょっと)。若干うとうとした程度で、嘉義駅に到着した。

高鐵嘉義站
 駅では一応コインロッカーの類を捜してみるが、もちろんなし。駅前は……と見たら、立体駐車場以外に何一つ建物すらない。早々に諦める(ちなみに、コンビニや飲食店は駅ナカにあるよ)。
 さて、高鐵嘉義から北港鎮へは、バスかタクシーということになる。高鐵の座席に入っていたパンフでは、北港までバスで40分と書いてあった。そしてバスは一時間に一本なので、到着時点で30分以上先だった。それならタクシー使えばずいぶん早く着けるだろうなー、と迷う。
 しかしトイレに行ったりお茶を飲んだりしていたら、それなりに時間が過ぎた。それに今日は10分を急ぐような日程でもない。なので黙ってバスに乗ることに決めた。
 バス乗り場では、しきりにタクシー運ちゃんに声を掛けられる。もちろんみんな「アーリーサン?」と聞くわけだ。北港行バスの前で「ペイカン」と答えたら残念そうだった。嘉義は嘉義でも、高鐵嘉義から有里山ってどれほどかかるんだろうか。鉄道が不通のままだがバスは走っているから、仮に行くとしてもタクシーはないだろうな。

 14:15発の北港行バスは、我々二人だけを乗せて出発。そして快調に飛ばし、なんと20分で北港に着いた。ついでに「マーツー」で「パイパイ」と言ったら、最寄りの交差点で降ろしてくれた。うむ、これならタクシー乗らなくて良かったゾ(タクシーでも所要時間はほぼ一緒だったろう)。

北港鎮の民主路
 そうして降り立った北港鎮は、なかなか栄えている。日本のちょっとした地方都市並みかそれ以上で、田舎の村という感じではない(間違っても都会でもないが)。まぁ実際、ここで「平成の大合併」があれば10万都市ができる程度の人口なので(北港鎮が4.4万、近隣は新港郷3.5万、元長郷3万など)、当然のことかも知れない。台北から直行のバスもあるよ(もちろん時間はかかる)。
 ともあれ朝天宮を目指す。この日のために地図は数種類プリントしてきたし、その一つには本日の出巡遶境のルートまで書き込んである。ちょっとした調査なみの体勢だ(大袈裟だな)。
 とはいえ出巡遶境(要するにパレード)はゆるい行事だし、今日は気楽に臨もうという算段であった。

北港朝天宮
 しかし朝天宮に着いて、その認識は甘かったことに気付いた。
 もちろん中は拝拝する多くの人々で溢れていたが、そこに黄色の服の一団がいたり、踊っているおばさんがいたりする。おばさんは童乩であった。
 朝天宮の神々はこの日に町内を練り歩くわけだが、一方で全国の媽祖廟から進香の一団がやって来る。特に朝天宮正門前の中山路(なんでこんな名前なんだ!)は、進香団が入り乱れて時にカオスを呈していた。

 忙しい午後になりそうな一方で、荷物を抱えながらの見学や撮影にはどうにか目途が立った(もちろんザックを背負って堂内を巡ったわけではないので念のため)。ちょっとした興奮状態で北港での時間が始まったのは、14:40頃であった。

※後半に続く

2010/05/09

台湾旅行2010.5二日目(概略)

 初日の疲れが抜けず、よろよろと起きて昨夜買った土芒果を食べる。ウマー。今日も買おう、と誓う。
 ホテルを出たのは9:30過ぎ。何はともあれ朝食だ。

 阜杭豆漿まで行こうかと考えていたけれど、どうにもあれは胃に重そうだなぁ、と迷う。そもそもMRTを使って行く場合、無駄に歩かされた挙句にあっという間の乗車時間という辺りも、気乗りがしない。そんな感じでホテルの前に立ったら、目の前には素食や水煎包の店が並んでいる。まぁ無理に遠くに行くことはないな、と結論。
 とりあえず水煎包を買う。干しエビが入っていて、やたらうまい。ちょっと盛り上がる。

 そこから中山堂方面へ。昨日歩いた時に「永和豆漿大王」なんて看板を見たので、行ってはみたが客が誰もいない。これはちょっと……と素通りして、西門方面へ。
 まだ店が開いていない西門町は退屈この上ない。しかし来てしまったので、ついでに台北天后宮を拝拝。思ったより奥行きはあったが、この時間に特別な行事はしていなかった(当初は巡行を眺める計画もあったが、結局ここの行事は見学せず)。
 その後、のどが渇いたのですぐ近所の台北牛乳大王へ。初入店だし基本に忠実にパパイヤ牛乳などを頼んだ。うまいのはうまいが高いなぁ。冷房も効いてる小ぎれいな店だから、喫茶店だと考えれば安いのかも知れないが。

 続いて鴉片粉圓へと思ったが、行ってみたら開いてなかった。食おうと思ったものにありつけないと不満がたまる。やはり豆漿が必要じゃないか……と、ふらふら歩いたら開いてる店があったので、何も考えずここで食べることにした。都來也豆漿店である。
 豆漿はお椀で飲む。蛋餅と水煎包もうまい。特に蛋餅がうまかった。ようやく我々の胃も満足したのであった(カロリー的には既に食べ過ぎだ)。

直興市場
 そこから祖師廟へ。今日は萬華地区を巡る日程である。
 祖師廟は小吃店に囲まれていた。廟そのものはあまり印象に残らず。肝心の清水祖師像が見えなかったのも残念だ(鼻が見たかったゾ)。
 そこから青山宮へ歩こうとしたら、市場があった。ちょうどこの時間の市らしく、お客でいっぱいだったので潜入してみる。魚も肉も野菜も、見ているだけで楽しい。とはいえ魚の切り身を買うわけにもいかず、土芒果と蓮霧だけ購入した。高い蓮霧は水分たっぷりでうまい。よい水果店だったが、場所が場所なので再訪は難しそうだ。
 青山宮は神像が面白い。台南では見かけない像を見て、「これが歩いてたらなぁ」と思った。その願いはけっこうな割合で翌日に叶えられたわけだが……。

 そこから華西街へ。華西街の通りは去年歩いた時もイマイチだったし、そのまま過ぎようと思ったが、途中で何やら廟らしきものを発見。ついでに黒シャツ軍団も発見(特に関連はない)。
 横道に入って歩いてみたら、啓天宮という廟に着いた。媽祖廟である。門前にはおっちゃんがたむろっている、如何にも台湾の廟という感じだ。
 ここの千里眼と順風耳は、未だかつてないデザインでちょっとびっくりした。詳細は後ほど。おばちゃんに湯圓を食べさせてもらう。白玉団子を食うのも、考えてみれば久々な気がする。けっこう腹がふくれるけど、うまかった。多謝。

 華西街に戻り、冬瓜茶を買っただけで通りを抜ける。毒蛇の店は開店前だった。
 次は隘門を見学。ひっきりなしに観光客が通る広州街からすぐなのに、誰も見に行く人はいない。我々も去年は素通りしたので他人のことは言えないが、萬華の昔を知る上で必見だ。ついでに門の上が土地公なのも興味深い。
 で、龍山寺の門前に着くが、どうにも疲れていて拝拝の気分ではない。先に周辺を巡ることにした。広場のトイレを使ったついでに、そこから近くにある胡椒餅の有名店に行ってみる。が、けっこうな客が待っている上に焼けてなかったので、素通りした。
 ふらふら歩いて、またもや市場に突入。もしも菱の実でもあったら買おうと思いつつ、ぶらつく。残念ながら旅行中、一度も見かけなかったが。

 再び広州街に出たら、そこの建物が剥皮寮であった。中の展示は特筆するほどでもないけど、建物はそれなりに見所がある(見たのは東側だけ)。
 そして剥皮寮の向かいは切仔麺の店が並んでいる。『台北歴史深度旅遊』は阿秀、旅旅台北のQQ麺館は進財が紹介されていた。とりあえず進財に入って切仔麺、乾意麺などを頼む。これがまたうまいゾ。切仔麺はふにゃふにゃだがこれはこれで良い。乾意麺はまた食いたいなぁ。
 腹を満たして龍山寺へ。今回は軽く拝拝して終わる。日本人の団体がいたので、途中までまぎれて説明を聞いた。とりたてて目新しい内容はなかったのは言うまでもない。
 外に出ると、何やら音が鳴っている。何かのパレードだ!、と二人で走ってみたら、葬列だった。台湾の葬列は派手ですなー。

 青草巷は日曜のせいかすべて閉店。そのまま地蔵王廟を見て、適当に苦茶を買って、そこからタクシーでもう一度鴉片粉圓に行ってみる。しかし店舗は閉まったまま。敗北感にうちひしがれながら(誇張あり)、そのまま歩いてホテルに戻った。この時点で16:30だった。

寧夏街夜市
 なんだかんだと7時間も歩いたので、今日もしっかり疲れた。しかし晩飯は食べたい。夜市に行きたい。結局選択したのは寧夏街夜市だった。
 2時間ほど部屋で休んだ後に、タクシーで円環に向かい、そこから歩く。ここを選んだのは規模が小さく近いからだ。でかいとまわるだけで疲れるので、士林夜市はあきらめた。
 夜市では爪楊枝に挿したからすみ、知高飯、水煎包(小さいヤツ)、豬肚湯なんぞを食す。水煎包はニンニク臭くて後がつらかったが、概ねうまい。夜市の雰囲気もまぁまぁだ。

 最後に向かったのは、古早味豆花。夜市からすぐなので、ここで食ってホテルに戻ることにした。さすが有名店だけあって、けっこうな行列ができていた。
 で、頼んだのはタピオカと芋頭の豆花だったのだが、食べてみるとイマイチ。豆花の豆花らしさが感じられず、黒蜜も薄まっていて不満だ。芋頭も台南の江水號のように煮込まれていない。あらゆる意味で期待はずれだった。
 最後に外れを引いて、やや意気消沈でホテルへ戻り、マンゴーを食って寝た。ホテルに20:40ぐらい、寝たのはなんと21:30だった。我々は疲れていたのだっ(強調せずとも分かるだろう)。

2010/05/07

台湾旅行2010.5初日(概略)

 今回の旅のメインは媽祖生誕の祝賀行事であった。その一方で、そろそろ台北も歩いてみようという話もあったりして、なかなか難しい計画を立案せざるを得なかった。
 一応、自分用のメモを兼ねて日程を書いておくが、それなりの体力と情熱がなければ参考にならないだろう。

 関空からキャセイパシフィック航空で桃園国際空港へ。
 空港で最初の難関は入国審査。とにかく飛行機を降りたら、免税店や両替など目もくれずに急ぐ必要がある。遅れると長蛇の列で待たされるわけだ。
 我々はエコノミーの前から二列目に座席をとったので、入国審査は数人待ちで済んだ。荷物も預けてないから、13:40にはロビーにいた。四時間遅れの前回とは違って、やたらと順調である。それがまぁ、良かったかどうか微妙な一日となったのは否めないが(後述)。

 空港から台北へは、今回もタクシー利用だ。せっかく早く着いたから、初日にまわれるだけの場所をまわろうと考えたわけだ。
 台北での宿は懐寧旅店。台北駅前でしかも安い(2泊で3600元ほど)という条件で選んだ。詳細は別記事に書くが、まぁ多くを求めなければ部屋も悪くはないし、立地の良さは他に替えがたい魅力である。
 14:20ぐらいにホテル前に到着。料金は1180元で、空港割り増し料金としては安かった。もちろんバスより遙かに高いが、バスでは15:00に着けるかどうかも怪しい。南海ラピートの特急券代をケチって2000円浮かせたから、懐もさして痛んでいない。

 すぐにチェックインをして(一応15:00からだが、問題なく出来る)、身軽になって14:45ぐらいに街歩きに出発する。まずは飯だぜ。

撫台街洋楼
 宿から3分ほどで台北城の北門。そこから延平南路を南下する。写真の洋館は撫台街洋楼という日本時代の建物だ。
 台北については遠足文化の『台北歴史深度旅遊』『台北古蹟偵探遊』で調べて巡った。ただし本は重いので、地図だけコピーして持参。
 さらに南下すると中山堂。どうせ中は見れないので、周囲を見渡して合作金庫(これも日本時代建築)前へ。さぁ今回最初のメシだ。

桃源街の牛肉麺
 桃源街の牛肉麺の店は、この日も混んでいた。15:30に入店したが、けっこう広い店内がほぼ満席なのだ。
 ともかく去年は断念した店で、二種類を頼んで食った(日本人客は多いようで、「辛いの?、辛くないの?」と聞かれたゾ)。麺はちゃんとコシがあるし、牛肉の味がスープ如何で全然違うのも面白かった。ホテルから直行すれば10分もかからなかっただろうし、また食べに行くかも知れない(まぁ次がいつになるかが問題だ)。

 食事の後は、西門站のバス停から304(重慶路経由)で南京西路口まで短時間バスに揺られる。全くアナウンスもないし、運転は京都の市バス並みに荒いが、他にも下車客がいたので問題なく済んだ。二人で30元。
 南京西路口のバス停は、迪化街のすぐ南。当然ここからは迪化街の散策となるが、まずはバス停近くの和德祠に立ち寄り、あらためて霞海城隍廟へ。狭いが拝拝の人は多い。
 で、そこから迪化街ではなく、城隍廟前の道を西へ向かい、貴陽街へ向かう。外国人居留地だったこの通りは、どうせ立ち寄る店もないので先にまわってしまおうと考えたわけだ。
 港町文化講座旧址、李春生紀念教会、陳天来宅を眺めて、そのまま北の栄星幼稚園(日本に媚びた豪商の旧家址)も見る。たぶん何も知らなければ、歩いても面白くないだろう(幼稚園は辿り着けない)。けどまぁ、台北の文化の中心地だったといわれれば、そんな気もする一角であった。

 そこから迪化街に戻り、いったん霞海城隍廟まで南下。途中の店でトマトとマンゴーの蜜餞を買った。どっちも味見してうまかったので買ったけど、何せ重い(一袋600g)のでちょっとこたえた。
 からすみも買ってみようかと物色したけど、結局買わず。一番の理由は日持ちがしないことだ。旅行の最終日なら買ったかも知れない(どうしても買いたいというほどでもないけどさ)。
 城隍廟でUターンして、あとはひたすら北上する。日本語ガイドではせいぜい帰綏街か涼州街までしか載ってないけど、『台北歴史深度旅遊』では民権西路まで紹介されているので、そこまで歩く。一番北の方でも、古いアーケードが残ってたりしてなかなか良い。
 さらに民権西路(交差地点は橋の手前の高架部分)の下の道を、タクシーを拾うために歩いたら、わずかの間に廟宇が三つぐらいあった。
 台北は廟宇が少ないという印象を受けたが、ある所にはあるようだ。うち一箇所ではお茶をいただいた。でっかい犬のいる恐ろしい城隍廟だった(derorenは犬が苦手)。

 そこからタクシーで行天宮へ。同じ民権路沿いなのですぐに着く。この時点で18:40、ほぼ日没である。行天宮は活気があってなかなか良い。観光客じゃなくて拝拝の人で溢れているのは素直に素晴らしいと思う。
 我々も拝拝して、地下道へもぐる。言わずと知れた占い屋の空間だ。客のほとんどは日本人という噂も聞いていたし、別に何か期待していたわけでもないが、異国の占いの話術を体験してみたいというhashiの要望により、わざわざ訪れたのだった。
 通訳付きの人で、正味10分で1000元。話術と呼べるほどのものもなかったし、金をドブに捨てた感じだった。まぁそれも台北体験ってことで。

 行天宮からは錦州街まで歩いて、沈記原汁牛肉麺でまたも牛肉麺を食う。この店は旅旅台北で紹介されていたが、全くの屋台で観光客がふらっと訪れそうな雰囲気ではない。まぁ指差せば頼めるので、別に注文に困るわけではないが。
 この牛肉麺は太めの平打ち麺でコシもあるし、スープがやさしい味で良い。桃源街の店より個人的には評価が上だ。
 ついでにイイ臭い(あるいは悪臭)がしたので、隣の屋台の臭豆腐も買って、一緒に食う。これがまたうまい。なんだ台北もメシはうまいじゃないか、と機嫌良く錦州街を西へ。吉林路との交差点から北にすぐの鄧老師養生館で、マッサージでござる。
 ここは台南で何度も行った鄧老師養生館の、台北での中心店舗である。行天宮前にもあるのだが、あえてこちらを選んでみた。まぁ旗艦店だから何か違うのかは不明。

 足つぼと上半身マッサージ1200元のコース(台南永華店にはないコース)で、まず足湯。ここの泡脚はジェット式だがただのお湯だった。ちょうどテレビで興農対LaNewのプロ野球が放送されていたので、そのまま観戦。店の人が気をきかせてチャンネルを替えようとするのを「ベイスボール!」と言ってやめてもらった。同年代ぐらいの男のマッサージ師が、ちょっと奇異な視線を向けていたぜ。
 カードが兄弟(台北のチーム)絡みじゃないので、そもそも台北の人には関心が薄かったのかも知れないが、その辺は微妙。試合は興農が4―4と追いついて、9回裏の攻撃の途中で場所を移動したため結果は知らない。試合がダラダラなのは日本と変わらず。余計なところで見習わない方がイイよね。
 マッサージは、少々痛かった。気持ちいい時はいいけれど、ふだん揉まれ慣れていない人間にとってはどうなんだろうと少し疑問を感じた。

 店を出たのが21:30過ぎ。今日の日程はまだ終わらず、そこから雙城街まで歩く。最後に夜市で晩飯を食って帰る日程である。もう晩飯は食っただろ、というツッコミはなしでよろしく。
 雙城街では鳳梨釈迦などの切盤を食べ、当帰羊肉湯、魯肉飯も食す。ついでに土芒果を購入(持ち帰り)。鳳梨釈迦がうまくて驚いた。釈迦頭とは全く別物だ。
 その後、民権西路駅まで歩き、MRTで台北に戻り、ホテルへ帰還。到着時刻は23:15頃だった。毎度のことながら(たった二度目)、台北の地下は歩かされる。部屋に入った時にはすっかりへばっていた。

 結局、この強行軍の疲れが翌日までとれず、二日目の日程がやや短縮されることとなった。元々二日目の予定は緩かったので問題はなかったけど、時間があるからと初日に飛ばしすぎるのは考え物だ、と反省。
 というか、こうやって日々の日程を書きながら、あまりにあちこち行っている自分に呆れている。恐らく読者も呆れているだろう。これだけの強行軍をやらかすと、それなりに体力があってもへばるという教訓になれば幸いでござる(なるわけない)。

※詳細はそれぞれ記事になります。時期はそのうち。
 また、二日目以降の概略もそのうち掲載されます。

2009/08/15

帰国した

 最後の最後にチョンボがあったものの、概ね満足できる旅行であった。
 というか、この後の予定は考えたくないものである。あー、また行きたいなぁ。

 台湾は八八水災の救助が未だ進んでいない状況である。そんな状況で楽しく旅行するのはどうなのか、と思う向きもあろう。が、私はそのような考えはとらない。ただでさえ客が減って大変な時に、なぜ追い打ちをかけるようなことをするのだ、と言いたい。
 「自粛」は自分が非難されないための言い訳であって、本当に相手のためになる行為かどうかは、全く別問題ではないか。

 追記。
 今回持参したガイドは以下。
・『玩樂地圖便利通-台南市』
  地図は当然持参する。特にタクシーに乗る時に重宝。
・『台南5區域5條主題路線嬉遊記』
  今回もメインはこれ。台南の旅はこれが必携だ。
・『台南歴史深度旅遊』(上・下)
  重いが二冊とも持ち歩いた。こちらにしか乗ってない廟宇も多く巡った。
・『地球の歩き方 台北 2009~2010』
  台北行きの検討をしていたので持参。役に立たなくて良かった。
・『旅の指さし会話帳〈8〉台湾』
  一度だけ本当に指差したゾ。

2009/08/12

台南滞在決定(2009.8.12)

林家魚皮
 今日は台南をこの目で見て、滞在可能かどうかを判断することにした。
 で、朝から歩き回った結論は、台南滞在で問題ない、ということ。

 昨日と今日で確認できた、営業していた店としていなかった店は以下の通り。ただし店によっては、単にその日が定休だったり、営業終了後だった可能性もある。

◎営業
・度小月
・清祺素食早點
・林家魚皮
・武廟肉圓
・金得春捲
・矮仔成蝦仁飯
・全生小食店
・奉茶
・阿美飯店
・東巧鴨肉羹
・振発茶行
など多数。ほとんど開いている。もちろん新光三越も営業中。安平方面は知らないが、市内中心部はあまり問題なさそうだ。

◎休業
・富盛號(午後2時頃)
・阿松割包(午後2時頃)
・江水號(午後3時頃)
・萬川號(朝9時頃)

◎そのほか
・鄧老師養生館台南永華店……水不足のため上海泡脚(ラヤンハイ)はなし。代わりに肩もみサービスだった。

2009/08/11

台南到着(2009.8.11)

 4時間遅れで飛行機が離陸して、桃園の空港に着いたのは(台湾時間)午後五時半。雲が厚かったが、飛び立った後はどうということもなかった。機内食はマシな方だった。
 桃園国際空港では、まず携帯を受け取る。台南に行けるか怪しかったので、返却窓口で受け取ることにしたが、走れば三分とかからない。まぁ走っていったけれど、きっかり十分で戻れたので、返却窓口の場所を知っている人ならさほど問題はないだろう。知らない人には厳しいけど。

 時間が惜しいのでタクシーで高鐵桃園駅に行き、18:51の列車にどうにか間に合う。クレジットカードで指定席をとって、時間があったので7-11で買い物。
 買ったのは烏龍茶2本と「台南米糕」。頼む間もなくレンジでチンされてしまい、やたら熱いのをどうにか車内に運んで食った。うまいねぇ。
 まぁ正直、これは台南で食事にありつけなかった時のための保険だった。南部はひどい被害で、台南市が停水中なのも知っているわけだし。

 高鐵台南駅からタクシーに乗る。高鐵の車窓も、タクシーからも、豪雨の爪痕は見ることが出来なかった。何せ真っ暗なので。
 ただタクシーの窓から見えた木々が、すべて一方向に曲がっていたところがあった。

 ホテルに着いて、時間も遅いので一軒だけ行くことにする。ということで、前回行きそびれた中正路の度小月へ。タクシーの運ちゃんが自信満々に連れていってくれた先は(というか、場所は我々も知っている)……、閉まっていた!
 一瞬、目の前が真っ暗になった我々であったが、念のために同じ通りの別店舗に行ってみたら、開いていた。やれやれ。水不足のため一店舗のみの営業にしていたらしかった。

 ということで、台南はあちこち厳しいかも知れないけれど、活動している。観光客を受け付けられないほどの状況ではないと思われる。そんな第一印象。

2009/05/23

旅行費用について

 あんまりこういうのを載せる人はいないよな。ここは自分の備忘録でもあるので、興味のある人は読んでね。

 今回五日間(4/29~5/3)の交通費、宿泊費、食費、お土産代、保険、携帯レンタルなどを合わせると、約23万円ほどになった(一人115,000円だね)。現地での旅費については相方が細かく計算したのでほぼ間違いない。
 この費用は高いか安いか? 同日出発の台北ツアーと比べれば、安くはなかろう。ただし、ツアー価格も格安の日ではないし、お土産代やらは別料金だ。激安ツアーほどお土産買わされるだろうから、どこまで差が出るもんかなぁ、と思う。

 旅費の半分を占める航空運賃は、キャセイで往復する限りこれ以下にはならない(ツアーでも関空キャセイは高いよ)。そして、関空利用ならばキャセイ以外は話にならない。よって次回も変化なし。
 次回があるならば、台北に寄り道はしないので、その部分の交通費が二人で5000円ほど安くなる。お土産代は半減するはず(初台湾なので多めに買った)。サーチャージが0円なら、二人で5000円ぐらい安くなる。そう計算すると21万ぐらい。あまり変化がない。
 ホテルは首相大飯店の一部屋1800NT$より下もある。しかし現地での交渉を、いつでもフロントに日本語で頼むことが出来る、という条件で考えた場合、首相大飯店より下はまず無いのではないか。もちろん我々が言葉を勉強すれば別だが……。

 ちなみに、GWの中心となる5/3以降出発(もしくは5/4以降の帰国)だと、航空運賃が一人あたり10万円UPであった。もしも5/3~5/6で同じプランを組んだら、計33万円。さすがに出したくない額だ。

 仮定の話でしかないけれど、次回があるなら結局は今回と似たような出費になるんだろう。今回以上に使う気はないけれど、今回より積極的に下げようとも思わない。
 時間をぎりぎりまで有効に使い、観たいものを観て食べたいものを食べるのだから、ケチってはいけないでしょ(というか、これでも十分ケチっているはずだ)。

2009/05/03

帰国ぎりぎりまで台南を歩く(5/3)

 あっという間の帰国日。なんだか実感がない。というか、帰りたくないなぁ。
 今日は桃園に行かねばならないので、時間はごく限られている。朝食はホテル(首相大飯店)で軽く済ます。4泊しておきながら初めて食べたぞ。グルメも満足というほどではないけど、生ジュースも飲めるし粥もあるし、別に文句をいうレベルでもない。
 というか、ここで無理を言ってスターフルーツを切ってもらったから、感謝感謝である。総じて、ホテルの人たちは親切だった。首相大飯店にみんなで泊まろう!

 ホテルからタクシーで開元寺へ。台湾を代表する古寺であるだけでなく、ここは台南行きを決意するきっかけとなった「台南・ダイアリー」ゆかりの地。何がなんでも行かねばならなかった。
開元寺
 南国のお寺はなんとも不思議な空間だ。寺の両隣は保育園と病院で、いかにもお寺という感じ。境内のガジュマルやボダイジュの樹下には、車椅子の人が何組かいる。病院から外の空気を吸いに来るのだろう。
 樹下は心地よい風が吹いて、時を忘れてのんびりできる。幸いにして一度も雨に降られなかったし、湿気が少ないのもいい。
 まぁ開元寺の記事は別に書くつもり。相方の姿が見えなくなったと思ったら、お勤めに混じっていた。私も混じりたかったが、既に席が埋まっていたので外で見学。信仰心の有無はともかく(一応、私の実家は曹洞宗だな)、勤行を眺めるというのは虚しいものである。

 大通りの開元路まで歩いてタクシーを拾う。次の行き先は海安路と民族路の交差点だ。神農街など五條港文化園区を見て、水仙宮のある市場をぶらつくというのが最後の台南歩きとなった。

大竹林汾陽殿
 で、いきなりタクシーを降りたらパレードに出逢う。実は昨日も別のところ(林百貨店のとこ)で遭遇していたが、今回はまぁアレだ、廟の左右でたすきをかけて、いつも選挙演説中みたいな御方が歩いていたぞ。
 謝将軍も范将軍も、まさしくお廟にいるまんま。というかお廟に鎮座しているのは仮の姿で、中に人が入って練り歩くものだったとは。台湾の信仰は底が知れないなぁ。

 なお、探したらyoutubeに載せてる人がいたので紹介しておく。我々が遭遇したのと同じ日の大竹林汾陽殿の一行である。ずっとついて周ったらこんなのも見れたんだなぁ。

 さて、ともあれ一行はトラックに乗って爆竹鳴らして去っていったので、我々も移動する。
 海安路と神農街の交差点付近は、古い建物の壁にいろんな絵が描かれて、ちょっと小洒落た店もある。最近売り出し中の場所らしい。そこから神農街を進み、途中の金華府を拝み、前方に見えた薬王廟へ。
 薬王廟は高層ビル(3階建だ)。ビルにはちゃんと集会所などの施設もあって、狭い敷地を有効利用している。ただし3階からの見晴らしはそれほどでもない。なぜなら、周囲の家も軒並み高層化しているからだ。
 台南は(台南に限った話ではなかろうが)本当にコンクリートのビルだらけ。古本屋で二階に昇ろうとしたら、階段が歪んでいてクラクラした。市内の住環境は結構大変なんだろうなぁ、と思う。

 そこからかつての台南の西端、接官亭(風神廟)へ行き、市場へ。
 実は我々は、残り少ない時間(リミットまで一時間)の中で江水號へ行きたいと考えていた。が、前日にネットで見た住所がまるでアテにならず、仕方なく市場で筆談してみるも、結局辿り着けなかった。
 帰国後に確認した結論としては、お店の人はそれなりに正確な場所を教えてくれたのではないかと思われる。とはいえ、「点滅信号の二筋先を左折」の二筋がどこを指すのか確認する余裕はなかった。今度の旅への積み残しだ。
 ………また行けるのかなぁ。行きたいなぁ。

 市場の中央に埋もれる水仙宮を拝んで、市場をぶらついてそろそろタイムリミットが近づいてきた。しかし我々は飯を食わねばならぬ。そこで市場に隣接する有名店でテイクアウトすることにした。
 金得春捲は、その場でいろんな具(でんぶらしき甘いものから豚肉、臭豆腐、キャベツなど)を巻いてくれる生春巻。安くてボリュームもあって、なかなかうまい。こちらはあっさり買えた。
富盛號
 問題は隣の富盛號である。碗粿の超有名店は大行列。一度に蒸し上がる数には限りがあるし、予約も入っているし、店内で食べる客もいる。ここでずいぶん時間を食った。現地人が無理矢理おばちゃんと交渉して先に食べようとしていたが、さすがに我々には真似できないのでただ待つのみ。ほぼタイムリミットの時間にようやく入手できた(時間があって席が空いていたら、その場で食べるのが一番)。
 テイクアウトの二品は、高鐵のホームで食べた。碗粿は予想以上にうまい。弾力のある生地に甘めのタレがかかって絶品である。これは並んででも食べる価値がある。

 その後、タクシーでホテルに戻り、預けてあった荷物を受け取ってまたタクシー。「シンカンセン!」で通じた。すごいねぇ。
 高鐵はなんと指定席が取れず、渋々自由席へ。実は指定席35%割引の最終列車だったので、自由席の方が高いのである。まぁ台南駅の時点ではガラガラだったからいいけどさ。
 疲れ切った私は車内で寝てしまい、気がつくと桃園駅。自由席も混んでいた。なんというか、新幹線と何も変わらぬ利用をしてしまった。

 桃園駅からはバスで空港へ向かう。大名旅行だったので、実はこれが初のバス。短い時間ながら三列シートのバスを体験して、ちょっとご機嫌になる。
 が、空港に着いて焦った。携帯電話の返却スペースが見つからないのだ。実は返却スペースは二階なので、一階のチェックインカウンターでいくら探しても見つかるわけはなかったのだが、ここで時間をロス。
 それでもどうにか無事に返却、ついでに新東陽で残った台湾ドルを捌かすべくお土産を買った。そしたら出国審査の大行列で、どんどん出発時間が迫る。焦りまくって、どうにか脱出。向かって左奥のブースが早いぞ。
 結局、本当にギリギリで搭乗した。空港の写真を一枚も撮ってないのだから大変だ。まぁ搭乗便の出発を遅らせてはいないので、許しておくれやす。

 帰国便はあっという間に日本に着く。地上に降りてから空港内をぐるぐる周る時間が長かったぞ。
 で、インフル騒ぎの空港でチェックシートを記入して、どうにか日本国内の人となった。どうにか、とは言ってみたが、あっけない話だった。
 空港で飯を食って、ラピートから鉄道を乗り継いで、午後11時ぐらいに帰宅。帰りの車内ではちょっとのどに異変があった。インフルのせいではなく、どうも日本の空気に慣れなかったせいのようだ。
 ああ、台南は良かったなぁ。これを書いてる今も、まだ時々台南気分が抜けなかったりする。もう仕事したくねぇっす。

2009/05/02

台南市街の南部を中心に歩く(5/2)

 既に帰国後で、もう写真入りの記事をアップし始めているが、一応防備録も兼ねて日々を記録する。

 前日に赤嵌楼などを巡ったので、今日は孔子廟などを見てまわることとする。そこで朝からタクシーに乗り、西門路と府前路の円環へ。なぜそこで降りるかといえば、そこに阿堂鹹粥があるからだ。
 頼んだのは魚肚と魚皮で、阿憨鹹粥と全く同じだったりする。店はすごく混んでいて、頼んでからけっこう待たされた。周囲もどこか殺伐とした雰囲気である。まぁいつものことなんだろうけど。
 どうでもいいが、一番端のテーブルには一族郎党って感じの人たちがいて、なんとワインを飲んでいた。屋台のサバヒー粥とワインだ。私には考えがたい組み合わせだ。そもそも魚とワインって合わないじゃん。

 食事を終えた後は、孔子廟へ。武徳殿なんぞも眺めてみるが、日本からやってきた観光客にはたいして魅力もない。海外に行ってまで日本建築は見なくていいや。まして、現在に残った理由も建築様式の問題じゃなくて、コンクリ造りで頑丈だったからに過ぎないわけだし。
 孔子廟ではリスを見物して、中へ。まわりに日本語を話す人がいた。安平でも赤嵌楼でも逢わなかったので、何となくびびる。出来れば日本人だと気づかれたくないなぁ、と思った。深い意味はないけどさ。

 孔子廟を出た後は、五妃廟へ向かう。途中でなぜか記念写真を撮ってるくーにゃんがいたので不思議に思って見たら、窄門咖啡だった。さすが有名店だ。興味はあるけれど、今回の限られた日程の中では、台湾的なものを優先せざるを得ないのでパス。次の機会に行ってみたい。
 莉莉水果店は食べる気でいたが、こちらも席が空いてなかったのでパス。裕成水果で既に食べているので、執着はなかった。ただし次回があれば候補地に入るだろう。
 そのまま歩いて大南門公園へ。大南門の楼上は風が吹いて涼しかった。学校のグラウンドを見ながらしばらく休む。同じ公園内の旧放送局は、カフェにでもすれば人気が出そうだ。

 五妃廟はなかなか遠い。しかも日陰のない公園の中央にぽつんとあるので、なおさら体力を消耗する。どこかで糖分補給が必要だ。
 ということで、廟の前にある郭家緑豆湯(『台南好味道』に載ってる店)へ。緑豆湯と薏仁湯を食す。どっちも優しい甘味で、非常に美味。緑豆湯は糖蜜の風味で、小豆より小さくプチプチした緑豆が絶妙。薏仁はハトムギらしい。麦というか米というか、そういう系統の甘味がある。緑豆湯に比べると好みが分かれるに違いないが、穀物の自然な味なので私は気に入った。

 そこから法華寺へ歩き、さらに延平郡王廟へ。延平郡王廟はお祭り中で、15:20より舞台と掲示されていたが、諸事情により待てないので適当にぶらぶらして、ちょっとお土産を買う。
 この延平郡王廟には鄭成功のパネル展示があって、そこには中国語・英語・日本語が並ぶ。つまり、パネルのどこを見ているかで、どこの人なのか判るわけだ。
 相方がパネルをやたら熱心に見ていて(ちょうどチャンネルNECOで金庸「鹿鼎記」をやってる関係だ)、先に読み終わった私は近くの廊下で待っていた。すると中年男性がやってきて「トイレはどこか」みたいな質問を、たどたどしい日本語でするわけだ。私に聞かれても困るので「さぁどこでしょう」みたいな返事をしたら、しばらくしてお土産物売り場にいた私の元に再び現れた彼。「トイレはあっちから外に出て右の方ですよ」と、やはりたどたどしい日本語で教えてくれた。そこで初めて、私はトイレを探していることになっていたのだ、と気づいた。
 でもなぁ。別にきょろきょろしていたわけでもなく、近くにあった井戸の模型みたいのを眺めていた私に、そんな親切をわざわざするかねぇ。その人も相方と来ていたようだけど、自分が習ってる日本語を試してみたかっただけではなかろうか、と思う。
 もっとも、試してもらうのは全く構わない。何だかんだで、結構楽しい経験だった。

 そこから友愛街へ戻り、日本時代の建築が並ぶエリアを一通り眺める。まぁこれだけ並んでいれば、ちょっとしたテーマパークなんだよな。
 ただし、目的地はそこではない。さらに友愛街を進み、ついに着いたぞサカリバ。棺材板を食うためにやってきたやってきた。
 赤嵌棺材板は混んでいたが、席がないほどではない。注文は紙に書いて先払いの形式。棺材板と青菜の炒め物と汁を食う。タウナギも予定していたのだが、前日にもう食べたので割愛。
 棺材板はアイディア料理ですな。パンが妙にうまい。台湾全土に広まったのもうなづける感じである(他の店でも同様にうまいかは知らない)。

 サカリバを出た我々は運河まで歩き、そのまま運河沿いを永華路まで歩いた。実は相方がどうしてもマッサージの店に行きたいというので、夕方に予約を入れていた。その店が永華路の運河の畔だった。
 その店、鄧老師養生館の評価については、私が体験していない以上触れるつもりはない(相方がmixi上で何か書くだろう)。まぁでも二時間の贅沢な内容で、当人は満足していたようだ。あとは公式サイトなり紹介記事(台北店)なりで確認しておくれ(ただし公式で「日本語」を選ぶと大変なことになるので注意)。

 私はその間、台南新天地で休むことにした。まず、じっくりとトイレに籠り(おっと失礼)、それから食料品売り場を眺めて、フードコートの翰林茶館で珍珠奶茶(ただし砂糖抜き)を飲む。食感が楽しくて、日本で何度か飲んだ類似品とは別物だ。ただし腹がふくれるので注意。
 食料品売り場は眺めただけではなく、お土産も買った。何を買ったのかは諸事情により書けない。知り合いが見る可能性のある場所で、それを書くのはちょっとまずかろう。

 午後6時過ぎにマッサージを終えた相方と再会。台湾HiPowerで借りた携帯は、けっこう使う機会があった(トータルでは基本料金内だったが)。何らかの形で携帯は持参すべき。宣伝じゃないけど、台湾HiPowerは安くていいよ。ただし携帯は本当に最低限の機能しかないけど。
 金華路を歩いて矮仔成蝦仁飯へ。日本語のメニューもあったが、なくともあまり問題はない。蝦仁飯と蛤仔湯を食す。正確にいえば片方は、肉絲飯と蝦仁飯が半々になった「綜合飯」だったが。
 この店の味はすごく日本的だ。蝦仁飯はちょっと猫まんま的で、飽きない味。うまい。

 ガイドによると林家魚皮が近くだったので、次のターゲットに選んだのに見つからず。途方に暮れてタクシーを拾い、赤嵌楼へ。どうせホテルの方向だし、まだ食ってない赤嵌担仔麺で食おうと思ったわけだ。
 すると赤嵌楼はライトアップされ、何やら舞台が作られていた。せっかくなのでしばらく眺めることにする。さらにせっかくなので義豊阿川冬瓜茶で冬瓜茶と冬瓜拿鐵をテイクアウト。幸運にも席もあったから、ゆったりと座って飲む。いやはや、この冬瓜茶はうまいわ。

 舞台で始まったのは、地元の子供たちによる踊りだった。発表会みたいなものか。しばらく眺めてたら、いきなり市長が現われて挨拶。この市長、やたら話が長い。日本だったらブーイングものだが、いかんせん話の内容が判らないので何とも。
 数組で飽きて、席を立ったらおばさんがダッシュで座った。さすがだ。

 で、赤嵌担仔麺(リンク先は音がするので注意)へ。ここは座席指定でメニューと注文用紙を渡され、用紙に書き終えたら一階で先に清算するシステム。二階席でメニューを選んで一階で清算するというのは、あまり合理的なシステムと思えないけれど、一階レジの奥には小皿料理が並んでいて、それは自分で取って清算するしかないから、仕方ないのだろう。
 ここの担仔麺には「うどん」もある。せっかくなのでそれも頼んでみた。全くそれはうどんではなく、むしろ極太のビーフンといった感じだった。うまい麺だけどね。
 一品として、青菜の炒め物、タケノコの炒め物と豚、を頼む。これらはいずれもうまい。ただし担仔麺はちょっと評価が厳しい。たぶん地元ではいいんだろうけど、ニンニクが効きすぎるのだ。翌朝までニンニク臭が残ったぐらいだ。

 まぁともかく、そんなグルメな一日も終わり。あとは最終日を残すのみだ。
 ギリギリまで台南を歩きたいので、予定より一時間遅い高鐵に乗ることに決めた。実はかなり危ない予定変更だったけれど、まぁどうにか帰国出来たから良し、だ。

 なお、帰国便も1日夜にオンラインチェックインを済ませてある。部屋でネットが使えると、こういうことも可能である。

台南市内をひたすら歩く(5/1)

 長々と書く余裕はないので、行き先だけメモっておく。
 朝。阿憨鹹粥で昨日と同じ朝食。ワンパターンでもいいじゃない。人間だもの。
阿憨鹹粥

 で、本日はそこから大銃街を歩く。烏鬼井を探していたら、日本語で呼び止められた。息子が神奈川県で働いているという老人に井戸の位置を教えてもらう。台南に来て、初めてそういう世代の日本語を聞いた。なんか感動。
烏鬼井

 大銃街はなかなか雰囲気がある。三山国王廟縣城隍廟開基天后宮と巡り、成功路に出た。ここからは台南きっての観光地へ。赤嵌楼を巡って、度小月でタンツァーミェン。これはうまい。肉ミソ一つで味が劇的に変わるものだ。
 次は祀典武廟。大天后宮も当然拝んで、ちょうど午後1時過ぎだ。武廟肉圓は1時半開店(曜日によって1時のこともある)で、店先に据え付けられた席に座っておけば、その場でありつくことが出来る。おまけのスープもうまいし、持ち帰りの行列に並ぶよりは座って食うが吉。肉圓は何ともいえないデンプンだが、程よい弾力でうまい。ワサビが合う。
武廟肉圓

 その後、抽籤巷街を歩く。開基武廟は工事中だったが、拝拝は可能。同じ通りの金徳春老茶荘は、古めかしい壺が並ぶ。明治維新の年に開業したという店で、日本語は通じないけれどまぁ何とかコミュニケーションはとれた。三種類の茶を購入。
金徳春老茶荘

 民生路に出て、裕成水果。奥の席が空いていたのでうまいこと座れたが、その後も続々と客がやってきた。席を確保してから注文。もちろんマンゴーピンと、トマト、スターフルーツ。スターフルーツはとりあえず食べてみたかった。まぁいかにも熱帯フルーツだが、さっぱりしてうまい。トマトは酸味があってかなり良い。ショウガの入った蜜をつけてもよし。
 マンゴーはたぶん、完全な生ではなさそうだが、ほぼ生。うまいっす。もう一度食べに行こうと、途中までは思った。最後に思わなくなったのは、頼み過ぎで腹一杯になったからだ。翌日に前を通った莉莉水果店は凄まじい混雑ぶりだったけど、あれは孔廟の近くという地の利なんじゃねーの、とは思う(※一年後に訪問した感想としては「安くてうまいのだから混んで当然だ」である。反省)。壁のサインに「チョーおいしい」とか書かれていたのには萎えたが。
裕成水果店

 腹ごなしも兼ねてしばらく歩いて、天壇。阿霞飯店の前を通ったが、二人で大皿料理はいまいち気乗りがせず、結局ここでは食べなかった。
 北極殿などを見て、再發號の前にきてしまった。さぁどうしよう、と迷う間もなく座る。さすがに時間が時間なので客はほとんどなかったが、八宝粽は評判通りのうまさ。久々に餅米を食ったなぁ。
 公会堂で少しぶらぶらして、円環を避けるように民権路から青年路へ。府城隍廟を見物。巨大なそろばんは正面左側の薄暗い空間に置いてあるので見逃さぬように(正面の堂の天井に、小ぶりのそろばんあり)。
台湾府城隍廟

 そこから角を曲がって南下、さっき分かれた民権路と再び出会うところで、ついにあの店が見えた。振發茶行である。
 大正11年生まれのおじいさんは健在。何種類かのお茶を見せてもらい(試飲はないので念のため)、四つ包んでもらう。たっぷり一時間、おじいさんを独占してしまった。最後は握手もしちゃったぞ。なんてミーハーなんだ。でもあの店は味わい深い。お茶を本気で買う気があるなら行くべきだ。冷やかしはダメだな。
振發茶行

 で、おじいさんに「是非タウナギを食べていくように」と店名も教えてもらい、さっそくその店を探す。やや迷って、結局人に尋ねてしまった(店名メモがあれば言葉が通じなくともどうにかなる)。行き過ぎていた。
 かなり腹がきつかったので、店の位置だけ確認しようかと思ったけど、一期一会という言葉もあるのでそのまま座ったのは進福炒鱔魚専家。不思議な弾力のタウナギは、日本の城陽あたりにもいるわけだが、もちろん食ったことはなかった。揚麺の意麺も普通にうまい。かなり気に入った。重ねてあのおじいさんに感謝。しつこいけど、我々はそれなりにお茶も買っているぞ。
進福炒鱔魚専家

 すっかり夜となったが、東嶽殿を見学。ここのお像はどれもどぎつくて見応え有りすぎ。台南でも一二を争うすごさなので、是非行ってほしい。まぁ日本人は所詮は冷やかしなので、ほどほどに振る舞うことも忘れずに。
東嶽殿

 最後は北門路あたりの古本屋を三軒巡って、ホテルに帰還。結局この日はすべて歩いた。当然のように疲れたっす。

※四日目の夜に書いた。見学地はこれでも抜けがある。
※帰国後に写真を追加。