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2012/11/02

安平いろいろ


 derorenとhashiは、かつて島倉千代子ライヴに参戦した経歴を誇っているので、定期的にこういうタイトルがあらわれる。もちろん本記事に島倉色はない。あったら怖いな。

 さて、四度目の旅の記録も一応ラストに到達したので、当面このブログは開店休業となる。五度目を望んではいるけれど、いかんせん子連れはいろいろ難しい。現時点で予定はないとだけ記しておく。
 まぁしかし、完全に更新を止めるのも寂しいので、ポツポツと何かしら記事は載せていくつもり。

 『台湾史研究叢書』シリーズを紹介しようかと思ったりするけど、原住民関係は手に余るし、なかなか微妙。台南に関連する内容は、台湾読者向けも兼ねてどうにか載せたい。


 で、上の写真は安平の民家。この猫が可愛いのだ。


 

 例によって路地をさまよったので、この家の前を二度通ったのだが、二度ともこの姿だった。
 tomopeeも今なら大騒ぎだったろうなぁ(この時も反応していたけど)。


 

 犬もいる。
 台湾は野犬なのか放し飼いなのか、とにかく道端に犬をよく見かける。正直、それは赤子連れ旅行にとって余り良い状況ではないけど、安平では滅多に遭わないので大丈夫。

 台北はちょっとアレだよね。そもそもderorenは犬嫌いである。


 ガジュマルの木が祀られている。樹王公と呼ぶらしい。らしいというか、まぁ一般的な呼び名だけどね。
 写真で反射している部分に案内板がある。あちこち文字が剥がれていて読み辛いのだが、おおよそ次のような説明のようだ。

 この木は樹齢300年を超えるもので、伝えるところによれば鄭成功が台湾にやって来た頃には既にあった。ここは元は[石老][石古]石礁(フォントなし)で、鳥雀が余所から飛んできてどうのこうのという記述があるけど、 文字が剥離して不明。たぶん、この木にちなんだ地名がついたという話。
 で、いろいろ霊験があって、戦勝祈願とか災難除けなどの願い事に対して奇瑞を起こしたので、樹王公として祀られた。ここに参拝するには、近所で売ってる碗粿を供えろと締めくくられている。




 ちなみに隣は跳房子という建物。何かと思ったら、民宿らしい。
 今流行りの、古民家改築民宿のようだが、たぶん非合法なので紹介はしない。



 茉莉巷は、そこそこ有名なわりには人がいない。
 もっとも、我々の訪問はすべて平日なので、土日は違うのかも知れない。


 


tomopeeのこうしたベビーカー姿も、今となっては懐かしい。
 2012年11月時点でも、ベビーカーを卒業したわけではないけど、ここだったら歩かせているに違いない。
 ……ただ、こういう路地でも猛スピードのスクーターがやって来る危険性があるのが、台湾という環境なのも事実。交通マナーだけはどうにかしてほしい。毎回同じことを書いているゾ。



※なお、pixnetにて作業中。




2012/09/28

劔獅とおむつ交換の巻


 前半と後半の話題が全く違うが、無理矢理一つの記事にしてみる。
 まぁ正直、これ以上の細分化は必要なかろうし。

 上の写真は妙寿宮の近くの交差点。陳家の交差点から妙寿宮に向かって歩き、そのまま通過すればすぐ分かる。



 この劔獅は、安平でもかなり著名なものだ。
 壁の上にあって、邪神の侵入を防ぐ劔獅は、安平でも滅多に見られない。ここと、以前に紹介した家が双璧であろう。




 妙寿宮よりうんと手前の路地に、台窩湾民居があったけど、中は見物できず。
 なお、一応宿泊も可能らしく、某ガイドブックの推薦プランでは、ここに宿泊して台南旅行なんてものがあった。
 ただし、宿泊と言っても、ただの民家に雑魚寝するだけ。民宿扱いする向きもあるけど、イメージ的にはバンガローみたいなものだ。しかも一日一組なわけで。

 ついでに断わっておくが、宿泊施設として観光局に登録されているものではない。日租房のように悪質な物件ではないにせよ、何か起きた時の保証はない。



 ここは安平旅遊資訊中心。
 陳家と安平天后宮の間、コンビニのすぐ近くだ。



 観光客向けの休憩スペース、パンフレット配布、それからレンタサイクルもあるらしい。我々はその辺の用件で訪れたわけではないので、詳しいことは分からないけど。
 月曜休館で、他は10時から18時まで開いている。


 我々はここで、tomopeeのおむつ交換をしようと思ったのである。
 安平古堡には、もしかしたらそういう設備があったかも知れないが、ちょうど入館時に交換するとは限らないので、できれば無料施設にそういう場所が欲しい。
 そこでふと発見した公共施設に頼ろうと考えた。現代の日本の感覚ならば、そうずれてはいないはずだ。 

 しかし現実は恐ろしいものだった。




 まさかのテーブル上交換となったtomopee。彼の人権に配慮して、渦巻きで隠した上に写真サイズも小さくしたゾ。

 我々は職員に対して、身振り手振りを交えながら、おむつ交換をしたい旨を伝えた。
 当然それは「トイレはどこですか」に等しい質問だったはずだが、職員に指示されたのは、何と観光客の休憩スペース。この長テーブルの反対側では、普通に一般人がお茶を飲んでいる。hashiの後ろにも座っている。
 さすがに冗談だろうと思ったが、職員は本気だった。近くに座っている阿桑も、気にするなという感じ。結局、そのまま作業に取りかかると、オバチャンはゲラゲラ笑いながらその様子を見ていた。

 親切にしてもらったので感謝しているけど、どうにかならないものかねぇ。
 この写真を見て、おむつ交換に訪れる勇者はなかなかいないだろうし。


 ちなみに、安平のトイレ事情は、通常の大小便ならそれほど深刻ではない。
 有料施設の安平古堡、安平樹屋にはもちろんあるし、無料のトイレはここや、蚵灰窯文化館にある。それらに間に合わない場合は、廟のトイレという手もあるだろう。陳家や周氏のような非屋台の店にもある。
 けど、多目的トイレはなかなかない。赤子連れにとっては制約の多い旅である。



2012/06/02

民権路を歩く

台南市民権路
 東門円環から先、derorenが進む道はいろいろあった。ぶっちゃけ、東門路を引き返す以外なら、どれでもアリだ。昼飯さえ調達できれば。
 しかしderorenは、迷いなく民権路を進んだ。確かに今は昼飯を調達する時間だが、旅の目的はそれだけではないんだぜ。

 上の写真は、なんだか古そうなので撮った。奥は古いだろう。手前は分からないが、シンプルなわりに装飾があるのが気になる。


 なお、台南初心者向けに断わっておくと、東門路~民権路というルートは、鄭氏政権から清代における、台南のメインストリートである。台南の歴史に興味があるなら、一度は歩いて損はない。
 derorenがここを歩くのは、実は初回の旅以来だけど。

台南市民権路
 ウッヘッヘー。映画館だぜ。新建国戯院なんてカッコイイ名前だけど、この雰囲気で想像がつくように、ピンク映画専門だぜ。
 この時は「女体征服記」とか「新潮女秘書」なんかをやっていたらしい。たまには駐在の皆さんにも役に立つ情報を載せておくぜ。

阿美鳳梨酥
 やがて市場の入口に着く。この市場については、前回の旅の時に記事にしようと思って、そのまま放置してしまった。まぁ正直、買い物もしていない市場を紹介しても、読者にたいしてメリットもなさそうだし。
 ただし、この入口だけは別だ。ここは 阿美鳳梨酥本店所在地である。

 今回は、台南の友人の一人から、ここの鳳凰酥(卵の黄身入り)をお土産にいただいた。そちらは我が家で有りがたくいただいたが、一方で余所に配るお土産も欲しい。それが民権路を選んだ一因であった。
 つまり、ここで買った鳳梨酥が、hashiの職場で配られたわけでござる。購入時にhashiがいなかったという事実もあるけど、まぁ食べた皆さんにはどうでもいい話。
 また食べたかったら、ぜひ台南へ!

東嶽殿
 その先には、言うまでもなく東嶽殿。一応、一通り中は見学して、神像の写真を撮り直したりはしたけれど、今回は単独記事にする予定なし。残念ながら打城法事も何もやっていなかったので。

 ちなみに、東嶽殿はderorenのみ四度訪問したことになる。
 四度の台南旅行で、deroren&hashiが揃って四度訪れたのは、関西国際空港と首相大飯店を除けば、開基玉皇宮ただ一箇所。ホテルのすぐ近所という立地もあるけど、あそこは何かしら祈禱や祭祀が見学できるので外せない。
 東嶽殿がホテルの近くにあったら良かったんだけどね(近くのホテルに泊まればいいのだ)。


 東嶽殿を過ぎて、振發茶行の前を通過。買い物しようかと一瞬迷ったが、後を継いだ孫は日本語がしゃべれないだろうなぁ、と思ったら盛り下がってしまった。
 ちなみに、本当にしゃべれないのか確認したわけではない。私が知っているのは、2010年5月の段階ではしゃべれなかったというだけ。
 日本人客が多いとメディアで紹介されるほどの店なのだから、猛勉強してもおかしくはないけれど、どう頑張ってもじいさんのような味わいにはならない。いつか来る日とはいえ、残念でならない。


台南市民権路
 そんなションボリ気分を吹き飛ばすナイスガイに遭遇。

台南市民権路
 ナイスガイというか、口紅付けてるわけだが、まぁ細かいことはどうでもいいのだ。
 京都の隠れた名所、北山杉資料館を彷彿とさせる素晴らしい姿に、derorenの心は浮き立った。さすがは民権路だネッ!

※北山杉資料館では、杉の手入れの様子が実物大で再現されているのだが、それらはすべて、作業着を着せられたマネキンであった。

2012/05/04

景福祠から神農街へ

景福祠
 夕食を終え、海安路の駐車スペースに戻る我々。時刻はまだ午後7時半だ。
 大人だけの旅ならば、夜はこれからだぜって感じの時間だが、tomopeeに夜更かしはさせられない。

 どうでもいい話だけど、その昔、我々が住んでいるマンションには、幼い子を深夜まで外に連れ出している家族がいた。ひどい時は、深夜2時過ぎに子どもが暴れていたのだ。
 その一家は、数年前に忽然と消えた。夜逃げである。
 そんなわけで、ああいう育て方だけはすまい、とderorenは堅く心に誓っているゾ。

景福祠
 全く写真と無関係な話題になってしまった。毎度のことながら申し訳ない。
 ここは景福祠。以前に紹介したように、土地公を祀る廟だ。最初の電飾にあるように、清代の五條港の一つ、仏頭港の守護神である。巨大な蚊取線香もどきも健在だ。

景福祠
 内部も前回の訪問時と基本的に変わらないので、委細は省略する。
 なお、左右の上方に監視カメラが見える。台湾の寺廟には、本当に監視カメラが多い。というか、寺廟に限らず、そこかしこに監視カメラが付いている。すべてが動いているかは知らないけど、日本との文化の違いを感じる。

神農街
 仏頭港の跡地を歩いて海安路に出ると、今度は南勢港の路地だ。要するに神農街(北勢街)である。
 ただし、思ったよりも観光客は少ない。まぁ我々が台南を好む理由の一つは、ほどよく観光化されているこんな雰囲気なんだけど。


 こうして一日は終わる。deroren、hashi、tomopeeはホテルまで送ってもらい、そこで台南の友人たちと別れた。
 本当にありがとう、台南の皆さん。謝謝!
 derorenは、皆さんが愛する台南を、今後も日本語で紹介します。今後ともよろしく!!

2012/04/06

大嶺頭を探険

大嶺頭
 蒸し暑い開隆宮を出た我々は、狐狸(SlyFox)氏に連れられて新美街まで歩く。そこのお店で夕食をとるためである。
 民権路を西に向かい、南に折れると慈蔭亭の入口がある。慈蔭亭の古名は仏祖廟で、かつての町の名前も仏祖廟街だった。

 そんなわけで店に着いたのだが、食事前に見せたい所がある、と狐狸氏。なんだろうと思ったら、いきなりビルのすき間のような道に入って行く。
 この写真は、途中で新美街側を振り返ったもの。たまたますれ違った人が写り込んでいるので、雰囲気がよく分かるだろう。そして、奥に向かって下り坂になっていることも、何となく分かってもらえるだろうか。
 反対向きの写真で下り坂なのだから、我々は坂を登っている。わりと平坦な感じの市街で、意表を突く坂だ。

大嶺頭
 ビルを抜けると、石畳の細い路地が続く。折れ曲っているので、写真では全く分からないけれど、この辺が最高地点である。

大嶺頭
 その先は写真のように下り坂で、西門路につながっている。つまり、ここには標高せいぜい数メートルの丘が存在するのだ。
 この丘については、狐狸氏のブログに詳しく紹介されているので、そちらを御覧あれ。大西脚(大西門の近くに形成された街)の中でも、「大嶺頭」と呼ばれた地らしい。そして西門路は、ほぼかつての海岸線ということになる。
 砂浜地帯には、小さな丘(沙崙)がよくできる。derorenの地元でも見られるので、生成の状況は想像できるけど、すっかり埋め立てられて市街地と化した町に、こういう形で古い地形が残っているのは面白い。ちょっとした探険気分も味わえるし。あらためて狐狸氏に感謝。

台南市全図
 せっかくなので、帰国後に古い地図を確認してみたら、黒田書店刊『台南市全図』(1915)に、それらしい路地が載っていた。
 写真の左側に線路が描かれているのが、現在の西門路。中央付近の右側に、U字状の地形が記され、帆寮街(現在の新美街。なお「寮」は正しくはくさかんむり)、仏祖廟街に続いている。

台南市区改正図
 もう一つ。台南州製作『台南市区改正図』(1929)には、路地は載っていない。しかしこの地図には等高線が描かれており、丘の存在を確認できる。
 ちょうど地図で「西門町三丁目」とある付近だけ、等高線が左に突き出ている。

 昔の地形を辿って歩く旅は、日本でも最近は流行している。derorenはまぁ、テレビ番組の「ブラタモリ」を見たり、中沢新一『アースダイバー』を買った程度で、あまり詳しくはないけどね。
 海外でそういう探険をする機会は、なかなか訪れないだろう。夕食前の貴重なひとときだった。

2012/03/28

台南公園(三) 熱帯の苑池

台南公園
 その(一)(二)は、内部の古蹟紹介で終わったので、ここでは公園そのものについて記していく。
 上の写真は、言うまでもなく社交ダンスだ。しかもズンドコ節だ。アキラでもドリフでもキヨシでも零心会でもなく、中国語の歌だったぜ。

 公園の雰囲気は、かつてNHKで放送された「世界ふれあい街歩き」を見た人なら、まぁ想像つくだろう。基本的にはただの公園。平日の年齢層はやや高めなのだろうが、我々が歩いたのは土曜日なので、子ども連れも多かった。

台南公園
 公園の中心をなす池で、燕潭と呼ばれる。「燕潭秋月」は、台南を代表する景色とされた(どうでもいいが台湾wikipediaは間違って「暁」とあるゾ)。
 池上の楼台は、国民党時代になってから造られた。従って、恐らく「燕潭秋月」の景色にはなかったはず。


 台南公園は1912年から建設が始まり、1917年に開園した。つまり日本統治時代に造られた庭園である。
 元々ここは、台南府城の大北門のあった場所。文元溪という小さな川が流れており、燕潭はその名残りであるらしい。
 また、燕潭の北側は刑場だった。あんまり楽しくない場所ですネ。

 日本の植民地政府は、府城の城壁をすべて破壊した。その上で、台南を西洋風都市に改造する一環として、巨大な都市公園の建造に取りかかったわけだ。

台南公園
 池の南方の景色。ダイオウヤシやナンヨウスギなども見える。いずれも日本時代に台湾に導入された植物だ。

 台南公園という名で開園したここは、熱帯植物の実験林も兼ねていた。従って、世界各地からさまざまな樹種が導入され、ここで生育が試みられた。その頃の樹木は、今では百歳を越える老樹となって生存している。

台南公園
 ベビーカー泣かせの曲橋。バリアフリーなどという思想はない。

 国民党が移った後、この公園は孫文の名前に変更され、中山公園となった。まぁ台南で一番メジャーな公園だから、彼らの命名論理に基づく限り中山か中正しかないだろう。
 それはさておき、単に改名しただけではなく、こういった楼台を造り、サルやクジャクを飼うなど、レジャー施設化が進んだ。日本時代から噴水池はあったし、別にレジャーを志向していなかったわけではないが、はっきり舵を切った形である(ちなみに噴水池は最近取り壊された)。

 もっとも、こうした変化は日本と国民党の違いではないだろう。
 巨大な緑の都市公園は、近代ヨーロッパの都市計画が生み出したもの。以前読んだ本では(タイトルが思い出せない)、都市の衛生観念を体現した施設と書かれていた。要するに、産業革命以降の汚れた都市を浄化するためには、巨大な公園が適しているという思想である。
 しかし、公害を公園で解消できるはずがないのは、今さら言うまでもない。そして、巨大な公園は地域のコミュニティを分断するため、使い勝手が非常に悪い。
 結局、大型公園はレジャー施設にでもするしかなかったのではないか。

台南公園
 ともかく、tomopeeを連れて燕潭の楼台にやってきた。
 ハルク・ホーガンみたいなポーズを決めているが、この時点で彼は相当にバテている。

台南公園
 それもそのはず。午前10時の気温が31度だ。まだ3月だぜ!?
 我々はちゃんと台湾の週間天気予報をチェックしていた。その予報ではせいぜい27度ぐらいだったが、前日18時に台南入りした時点で、予想以上に暑いことに気付いた。ただ暑いだけではなく、まるで日本の夏のように蒸し暑いのだ。
 いかんなぁ…と思った翌日がこれだ。tomopeeは水分補給で何とか立ち直ったけどね。

台南公園
 奥に文元溪が流れている。その(一)の石坊の前に橋が写っているのも、同じ川である。石坊の前の橋は、日本時代のものかも知れない。

台南公園
 カラフルに塗られた謎の人工物。
 実はこれ、防空壕である。古蹟の扱いはされていないし、たぶん民国になってからのものだろうが、いずれにせよ現役の模様。

台南公園
 こちらも老木に隠れるように、入口がある。

台南公園
 (二)の旧公園管理所が奥に見える。
 この公園は、緑は多いが案外日陰が少ない。というか、日陰は既に先客がいたりするので、暑い日の休憩場所には向いていないと思う。
 アテが外れた我々は、急いで次の目的地に向かう。そっちの方がたぶん、乳児連れには良い場所だと思われる。

2011/04/27

GWの台南

ホウオウボク
 今年ももうすぐGWである。derorenはtomopee(with hashi)の元へ国内旅行(笑)だが、台南にいかれる皆さん、楽しんできておくれやす。中央気象局の予報によれば、まずまずいい天気のようだし、日本でいうところの真夏日らしいし、うらやましい限りでござる。

 気分だけは台南ということで、2年前の写真を並べてみたぞ。去年も行ったわけだが、2年前の写真の方が今のderorenには新鮮なので、あえてこだわってみた。読者には無意味なこだわりだ。
 上の写真のホウオウボクは、以前にも書いたように近代の台南を象徴する木。孔子廟周辺や安平などで見かけるよ。

プルメリア
 プルメリアも花盛り。安平古堡に立派な木がある。台南運河の畔でも見かけたし、たぶん街を歩けばどこかで咲いているだろう。

サンタンカ
 上二つと比べると地味なサンタンカ。まぁ日本でも見かけるので、台南ならではの景色ではないけどね。

花園夜市
 まぁ、いくら花がきれいだねーとか言っても、最後はコイツの前に群がるんだけどね。

2011/02/23

西華堂(四) 望むらくは平穏な日々

西華堂
 何度も書いているが、私は台湾の仏教寺院の空気を好む。そう言いながら肉食の後に西華堂を訪れるのだから、所詮は迷惑な訪問者でしかないのである。

西華堂
 西華祖堂碑記。華厳世界東港乾坤……とか書いてあるので、紹介しようと思って写真だけは載せてみた。が、ちょっと諸事情により今はパス。

 諸事情……というか、実はderorenは昨夜遅くに激しい腹痛に襲われて、朝から病院通いとなったわけである。診断結果は直腸ガン……でも腸閉塞でもなく、腸炎でござった。便が出る腸閉塞はさすがになかろうと思ったが。
 発症から23時間ほど経った現在は、ほぼ治っているけれど、あんまり難しいことを考えたくないので、パスでござるよ。

 なお、この寺院の開基を記した石碑が、サンダル置き場になっていることにも注目してほしい。日本ならあり得ない光景である。
 もっとも、サンダルは修行者が履くアイテムなのだ。こんなものを置くな、という「こんなもの」には当たらないという考え方も、分からなくはない。

西華堂
 hashiの腕に巻いてみた幸運繩。堂内を見学していた時に、我々を見つけた若い尼さんが、我々に授けてくれたものだ。derorenの腕は通らなかったけど、何にせよありがたいことでござる。
 病院で半日過ごしたあとに改めてこの写真を見ると、なおさらありがたいのである。

西華堂
 hashi撮影。陽射しの強い日の朝だ。

西華堂
 実は背後には教会があったりする。手前でこんもり茂るのは龍眼である。

 訪問時は龍眼や蓮霧は花の盛り。蓮霧はいつでも咲いてるし、いつでも実ってるけど、ともかく食べ物の木が多いのもいい。ああ、最後は結局そんな話になってしまった。今日明日は、お粥かうどんしか食べるなと言われてるのになぁ。

2011/02/18

台南の犬(と私事)

台南の犬
 表題に「お前は」を加えようかと迷って、やめた。誰が「お前」なのか判然としないからだ。

 犬嫌いのderorenは、犬好きのhashiと二人旅ばかりしているから、仕方なく犬の写真も撮っていた。ふと撮影した写真を見返して、載せようかという気になったので、その気が変わらないうちに公開する。

 なお、derorenとhashiの二人旅は、去年の台湾をもってしばらく休止となった。
 リアルな知り合い方面にはある程度伝わっていることだが、間もなく三人目が加入する運びとなった。両親に負けない奇妙な名前でいずれ登場のあかつきには、生温かい目で見守っておくれやす。

台南の犬
 未紹介の市場の看板犬。
 衛生観念ってなんだろうと思うのは私だけではあるまい。まぁderoren的にいえば、犬と一緒に食事する時点で発狂レベルだけどね。

台南の犬
 何の変哲もない写真のように見えるが、アスファルトの窪みに赤いものが挟まっている。
 それは爆竹だ。
 つまりここは、廟の前なのだ。

台南の犬
 この写真は概略を書いた時に載せた。カメラ目線で見つめられようが、derorenは犬が嫌いだとつぶやきながら、犬にも勝る自分勝手な生物を迎えるべく、部屋を片づけている現在。
 その生物はいずれ礼儀を学ぶ……けれど、それを教えるのは他でもないderorenなんだよな。嗚呼。