話題がないので最近は更新ほとんど停止中の本ブログ。その中で最大の関心事のように見えなくもない艋舺隘門の最新動向が伝わってきた。
10月6日の民視が伝えたところによると、結局すべて取り壊されたらしい。同報道では、壁に屋根の痕だけ残った映像が流れている。
この門のせいで救急車や消防車が入れないという報道は以前からあったが、水道が引けないという状況もあったらしい。いずれにせよ、現在のあの場所に門を設ける必然性は皆無なので、遅かれ早かれこういう結末を迎えたのだろう。
なお台北市の文化局では、隘門もどきの記念物を建てる可能性もあるようだ。ただしそれは決して、あの隘門のような形にはならないだろう、とも。
そんなわけで、開設二年半の当ブログにおいて紹介した場所が、まさかの過去帳入りとなってしまった。じじむさく言えば、これも一つの縁でございましょうや。南無
2011/08/30
台北艋舺の隘門が取り壊されるらしい
台北の艋舺(萬華)地区にある古蹟「隘門」が、何と9月14日頃を目途に取り壊されることとなったという。
最近は台湾映画「モンガに散る」の重要なロケ地だったこともあり、多少は観光客も訪れていた模様。しかし救急車両の出入りに支障があるというのが、取り壊しの理由らしい。
反対の声が上がっているようだし、もしかしたら今後何かの動きがあるかも知れないけど、我々が去年訪問した古蹟が失われるとすれば、非常に残念である。
※訪問時に書いた記事はこちらを御覧くだされ。
移民の島であった19世紀までの台湾では、出身地別に連帯し、武装し、そして住居地区を要塞化することで自衛がなされていた。隘門はそうした時代の名残りである。
龍山寺から徒歩3分とかからない至近距離なので、9月上旬に台北に出掛ける人は、その最期の姿を一見してほしい。
実際に見れば、まぁ汚い祠みたいなものだけど、あの映画のファンにとっては特別な場所だろうし。
2011/03/18
旅行できる人は台湾へ行こうぜ

災害は現在進行中。しかし全国一律にしぼんでいても、誰のためにもならない。
かくいうderorenとhashiは、二世誕生直後という理由で旅行はできない。しかし特に西日本の人で、旅行が可能なのにためらってる人がいたら、こう言いたい。今こそ台湾旅行しなさい、と。
まぁしかし、ちょうど去年の旅行記の更新が終わりかかった時期なので、気分転換しようにも書ける記事が見つからぬ(台湾と無関係の記事は書かないづら)。
なので、見ると楽しくなれるような写真を載せてみよう。ポポポポ~ンとともだちがふえるかも知れないぞ(艋舺・啓天宮)。

たのしいなかまに陰影を付けてみたぜ(小南天)。
なお、こんなしょうもない写真加工とは別に、古い記事の増補は随時進めている。お客の多い記事を中心に、今後も続けていく予定。
いずれは地域別の目次とは別に、たとえば鄭氏政権関係の目次とか、そういうのを作りたい。まほうのことばでポポポポ~ンとできたらいいねぇ(ああしつこい)。
2011/03/07
註生娘娘様の御利益

去年の台湾旅行では、註生娘娘と臨水夫人を熱心に拝拝したderorenとhashiである。
しかしそれぞれの寺廟の記事においては、あえてその辺の紹介をぼかしていた。それはなぜか? 拝拝する理由があまりにあからさまだからだ。
そんなわけで昨日、神々の御利益を授かったわけでござる。予定日より二十日近く早かったけど、ともかく当ブログに三人目が登場のはこびとなった。三人で台湾旅行ができる日が、一日も早くやってくることを願うばかりだ。
お礼参りは…、数が多すぎてどうしかものか困るな。代表していくつか選んだら、漏れた神様に叱られそうだ。
写真は台北の保安宮。手元に台南の写真がないので、また改めて台南の御利益特集といきたい。
2010/07/09
捷運圓山站and花博工事中

捷運淡水線の圓山站は、特徴のない高架駅。
ここから保安宮までは、歩いて10分ちょっとかかる。

自動改札。
電光掲示は、淡水まで3分15秒で行けるというわけではなく、次の電車が到着するまでの時間(だよね?)。淡水線一本しか通ってないけど、南北ともに枝分かれしているので、行き先が二つずつ表示されている(正確に言えば、途中駅止まりの便も混じっている)。
この自動改札機は、日本には導入し辛そうだ。固いガードが飛び出す以上、改札を抜けるスピードは間違いなく落ちる。怪我人続出かも。

淡水行の電車が到着。
どうでもいいが、捷運の扉の閉まり方は怖い。これも日本なら怪我人続出だ。というか、台湾でも怪我人続出なんじゃねーの?、と思うのだが。

まぁしかし、この記事を書いたのは捷運紹介のためではない。圓山駅のホームからは、台北花博の工事現場が一望できたよ、と言いたかったわけである。読者にとっては、こっちの方がどうでもいい話かも知れないけど。
花博は、先住民の知恵を借りたという新築物件がいくつかあるものの、大半は既存施設の転用らしい。で、写真の右手に見えるのはサッカー場だ。スタンドいっぱいに花を飾るらしい。サッカー出来ないじゃん。
去年のワールドゲームズといい、この花博といい、台湾は大型公共事業の伴う国際イベントが続く。日本にしても、国の単位で考えればそれぐらいイベントは続いているが、この小さな国でこの密度で続けると、途切れた時にどうなることやら。
ともかくこうして我々は捷運で台北駅へ戻り、ホテルで荷物をまとめてチェックアウト。再び台北駅へ向かい、高鐵の客となったわけである。
長々と続いた台北編は、いちおうこれでオシマイだ。ただし未紹介の写真は山ほどあるから、また何か書くこともあるだろう。
2010/07/08
大龍峒保安宮(二) 註生娘娘の聖誕春秋

2010年5月3日の保安宮には、沢山の花が飾られていた。
正殿に向かって並ぶ花には、「保生大帝聖誕春秋」とある。保生大帝の誕生日は農暦(旧暦)3月15日とされているようだ。本年5月3日は農暦3月20日である。
……それはいいのだが、「聖誕春秋」は分かるようで分からない言葉である。春秋は恐らく(人間でいうところの)死亡日を指すのだろう。その辺の違和感は、次の「聖誕春秋」と合わせた時に、読者の皆さんにも伝わるでのはなかろうか。

こちらは正殿の左側。印象的な建築の鼓楼の前にも、沢山の花が並ぶ。
鼓楼の下には註生娘娘が祀られる。花には「註生娘娘聖誕春秋」と書かれているわけだ。
註生娘娘の誕生日は農暦7月20日とされる。従ってこの花は誕生を祝うものではない。3月20日は千秋であり、神になった日ということになる。
まぁしかし、神としては「聖誕」なのだから、これはこれでいいのか。いや、その場合むしろ人間としての生誕は「聖誕」じゃないだろう。

ともあれ当日だったので、中では読経が行われていた。媽祖に対する場合もそうだったが、ここでも女性のみ。女性神だからということで良いのだろうか。
残念ながら内容は分からないので、雰囲気だけ味わう。
註生娘娘は、子どもの健全な成長を願う人が拝拝する神。生まれる前の胎内にいる段階から拝拝するもののようだ。
董芳苑『台湾人的神明』によれば、その出自はあまりはっきりしないらしい。董氏は臨水夫人辺りと関連するのではないかと推測している。
「註生」とは生育を意味する。「娘娘」は夕焼けナントカではなく、后妃の類を指す呼称。要するに、高貴な身分であるという主張である。

読経が終わった後に撮影。
註生娘娘を祀る際には、花公と花婆をともに祀るそうな。そんなこともあってか、花でいっぱいだ。

別の角度から。
どちらかというと暗い廟が多いなかで、ここは相当に明るい。

こんなところにも花が飾ってある。もう完全にいけばなですな。
なお、大正7年(1918)の日付にも注目。元々の意匠から花いっぱいだ。
こうして台北最後の観光を終え、我々は円山駅へ戻る。
いよいよ今回の旅のメインといえる地へ、大移動の開始である。
大龍峒保安宮(一) 概観

大龍峒の中心に建つ保安宮。大龍峒はかつて大琅泵と呼ばれていたので、大琅泵宮の別名もある。また、祭神の名によって大道公廟とも呼ばれる。
……といった説明は、現地で立派なパンフレットがもらえるから、それを読めば良い。非常に詳しい日本語の解説もある。
ただ、そのパンフにも書かれている「保安宮」の由来については一言書いておきたい。というのは、台南の保安宮とここの保安宮がしばしば混同されるからだ(祭神は全く違う)。
「保安」とは、保生大帝の名に拠るのではなく、この神を奉じた泉州の同「安」人を「保」護するという意味だとパンフにはある。どこの廟でも対象が同安人かどうかはともかく、同じ名前だからといって同じ神を祀るわけではない。
※台南の保安宮については、当ブログに記事を書いてあるが、ちょっと内容に不満があるのでリンクは張らないでおく。2010.5の旅で訪問した内容を元に、あらためて記事を書く予定。

前殿。現在のような伽藍配置は日本時代の1917年に改築された結果らしい。

正殿。保生大帝を祀る。
ちなみに、台南でこの神を祀るのは興済宮である。

台南の絵師、潘麗水の壁画もある。これは虎牢関の戦いだ。主従の関係からすれば劉備を中心にすべきではないかと思うが、やはり中央は関羽。張飛は黒くて目立たず、左端の劉備は腰がひけ気味に見える。
気になるのは呂布の馬が赤くないことか。赤兎馬は関帝廟に祀られているから、物語通りとはいえ関羽の敵が乗っていてはまずいのかねぇ……などと適当なことばかり書いてしまった。単なる『三國志演義』マニアの戯言でござる。

道路を挟んだ向こう側の広場では、こんな舞台が組まれていた。「海峡両岸保生文化祭」とある以上、間違いなく両岸問題に関わるのだろうが、我々は準備風景を見ただけなのでコメントは差し控えておく。
そんなわけで後半は、この日に行われていた祭礼について。
2010/07/07
月曜休館の台北市孔子廟

わずかな時間とはいえ、大龍峒に足を運んだ理由は、やはり保安宮を拝拝しておきたかったからである。
そんなわけで炎天下のなか、円山駅からとぼとぼ歩いていくと、保安宮の手前でここを通ることになる。正直、あまり孔子廟には関心がないので流して見物しようか……と思ったら、休館だった! 廟に休館日があるってどういうことだっ!
まぁ端的にいえば現在のここは、国民党政府が己への忠誠を誓わせるために孔子を利用した施設である。董芳苑『台湾宗教論集』などで触れられていたと思う。
元々、孔子廟は官祀されるものだったという歴史がある以上、国民党だけが孔子を歪めたとは言えない。根本的な問題として、孔子廟は信仰する側の欲求に応じた施設ではなく、為政者の望む信仰を与える場所なのだろう。

まぁともかく、そんな場所ならどうでもいいや。

見ざる言わざる聞かざる。ここでは顔淵に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動。」と語ったエピソードだと思われる(一番左の後ろで腕を組むのが「動かざる」だろう)。ま、どうでもいいや。
圓山保聖宮(台北・大龍峒)

捷運圓山駅からすぐの小さな廟。
ここを歩いたのは午前10時前だったけれど、既にものすごく暑かった。冷房の効いた捷運から、いきなり投げ出されるにはヘヴィすぎて、真面目に廟を拝もうという気力に欠けていたことを、あらかじめ断わっておく。
……もっとも、それでもこの日(2010年5月3日)の暑さは、京都の7月よりはマシだと思う。この記事を書く部屋が、エアコンはあるけど暑いので、なおさら筆が鈍ってしまう。そんな大層に言うほど書くことはないんだが。

関帝聖君を祀るという。
確かに関帝らしき像はたくさんある。しかし一方で、関平と周倉らしき像は見当らない。代わりと言っては何だが、二太子像(『封神演義』の木吒)が見える。
ともかく、ここは大龍峒地区。艋舺(萬華)、大稲埕につぐ台北の古い街だ。
残念ながら、前二者のようにじっくりと歩いたわけではないので、さらっと書いて終わる予定。
2010/07/05
天味素食(台北市・懐寧街)

台北駅からすぐの懐寧街には、素食(日本で言うところの精進料理)の店もいくつかある。3日目の朝食は、その一つ天味素食で食べることにした。
言うまでもないが、ここは懐寧旅店の向かい。歩き回るのが面倒だったものの、やはりホテルの朝食は食べたくなかった。特色ある料理に溢れている他国で、なぜ全世界共通のモーニングを食べなければならないのだ、と私は思う(ちなみに、台湾でホテルの朝食を食べたのは計3回)。

素蚵仔煎45元。蚵仔が入ってない蚵仔煎ってのがアレだが、興味津々で頼んでみた。
カキの代わりは椎茸だ。本物の蚵仔煎よりうまいとはとても言えない。まさしく代用品的な料理でござる。

水餃40元(10粒)。
これはまぁ、あっさりしてうまい。とはいえ素食の店で、「肉が入ってたら一層うまいだろう」という感想も浮かんで来るのがちょっと悲しい。でもそうなのよね。

金針湯35元。金針はキスゲの仲間の蕾だ。独特な風味で、油っぽい料理に合うと思われるが、今ひとつパンチが足らない気がする。
まぁその辺は組み合わせにもよるはず。

水煎包3粒で25元。キャベツ中心のようだったが、正直今ひとつ。
総じてここは、素食の店に行かざるを得ない人のための料理という感じだ。まぁそれはある程度は伝統的な料理と言えるのだろうが、「健康に良さそう」といった目的には合致しない。
そもそも日本の精進料理だって油たっぷりだし、何ら健康志向ではない(というか、食べてもダイエット出来ない)。しかし昨今の台湾では、健康志向の人間をターゲットとした素食の店ができはじめているのも事実である(去年の夏に食べた台南の「長春健康素食自助餐」など)。
素食でなければならない生き方を選択していない我々なので、今後はできれば付加価値のある店で食べてみたい。
ただ、決してまずかったわけではない。それと我々は、食べたことのないメニューを優先的に注文するので、この店のウリとは必ずしも重なっていないはず。その辺は誤解なきよう。
2010/07/02
わりとガッカリした古早味豆花

台北にある豆花の有名店、古早味豆花。寧夏路夜市の北の端からは、ほんの数十秒の距離である。「古早味」とは伝統の味といった意味だが、客層は若め。大変な人気で、20人近い行列が出来ていた。
ただし回転が早いので、それほど待たずに食える。

行列に並びながら、トッピングの品々を物色する。
メニューは壁に書いてある。日本語が通じる店員もいた。

そんなわけで、粉圓豆花35元と芋頭豆花45元を頼んだ。
相席の台湾人カップルが怪訝がるほどに念入りに撮影したのは、それだけこの店に期待していたからであった。

しかし、残念だがこの店の味は期待はずれだった。
まず豆花。もっと大豆の味が欲しい。黒蜜のタレは薄すぎる。台南の無名豆花の方がうまい。
そして何よりも芋頭! 煮込みが足らないぞ! 台南の江水號とは比較にならないぞ!
食べ終わって店の外に出て歩き出したら、すれ違った普通のOLっぽい人が、突然我々に「この店がおいしいのよ」みたいなことを早口でまくし立てた(言葉はほぼ分からなかったが)。
そんな店なので、我々も「うまかったぜ」と書きたいのはやまやまだ。しかしそれは書けない。むしろ、行かない方が良いとしか書けないのである。
寧夏路夜市(三) 人を選ぶ食べ物

寧夏路夜市では、今までに食べたことのない物があれば、迷わずチャレンジした。意外かも知れないが一口煎餃も初。台南の花園夜市では見かけない。

写真だとそれなりにうまそうに見える。
実際、決してまずくはないのだが、ニンニクが強烈で翌朝まで残った。それと、老闆娘がタバコを吸うのも論外。頼んでから気付いたので仕方なく買ったけど、タバコを吸う人間の料理など食べたくない。

こちらは豚のモツの店。hashiがどうしても食べたいと言うので、一品のみ頼んでみた(一品のみなのでhashi一人で座った)。

たぶん豬肚湯(綜合湯かも。忘れた)。スープは悪くないが、モツは臭みがあるので人を選ぶだろう。我々の評価を言えば、一口煎餃はダメだがこちらは一応アリだ。台湾らしさは味わえる。

こんな感じでふらついた寧夏路夜市。ほんの一時間足らずの滞在だったけど、まぁ台湾らしいメシは堪能した。
で、この近くでデザートを食って帰る。まさに完璧な計画だったのだが………。
2010/06/30
寧夏路夜市(二) 知高飯を喰らう

台北の夜市については、ほとんど事前に調べていなかった。
なので寧夏路の情報は、前夜にホテルでネット検索して、いくつかの紹介記事を見た程度。そのなかで「知高飯」というのが気になった。台南では見かけないし、そもそも名前が謎だ。

寧夏路の屋台街のほぼ中央部に、知高飯の店がある。許さんの店のようだが、特に屋号はない。メタボな豚の絵が可愛い。
テーブルは2~3ある程度で、非常に混んでいる。席が空いた瞬間を狙わないといけない。客層はオッサンも多いけど、若いカップルもいたづら(我々もできれば若い方に入れてほしいづら)。

我々が頼んだのはこの三品。
手前から知高飯、蛋包蝦仁湯、苦瓜排骨湯である。もちろん筆談で頼んだ。

写真がまずくて申し訳ないが、知高飯。
豚足と卵、ふにゃふにゃ竹(筍絲、簡単に言えばメンマ)が載っている。要するに魯味の丼である。
聯合報の記事によれば、知高飯とは豚足(豬腳)を載せた飯「豬哥」飯の台湾語音が「知高」と同じだったのが起源らしい。
まぁとにかく見た目のまんまの高カロリー食。肉が食べたい人にはおすすめする。

蛋包蝦仁湯。知高飯と並ぶ名物らしいので、一緒に頼む。
これはエビの天ぷらの入ったスープに卵を落としたもの。なのでけっこうカロリーは高い。調子に乗って食べ過ぎると、大変なことになりますよ(エコーは各自の脳内でかけてくれ)。

苦瓜排骨湯はアツアツの状態でやって来た。でっかいゴーヤー(苦瓜湯に入れるのはだいたい白の模様)と、豚のガラが入っている。けっこう油が浮いているので、これもカロリーは低くないかも。
しかしまぁ、とにかく苦瓜は苦い。全般に油っぽい料理が並ぶなかで、この苦さはある意味でオアシスと言えなくもない。結局、数日後に別の店でも苦瓜湯を食べている。
端的に言って、我々が台湾で食べたメシの中で上位にランクされる店ではない。やはり油っぽいのが難点だ。飯を食うなら台北より台南に行くべきだと思う。
まぁでも、それは比較の問題であって、この店がダメだという意味でもない。少なくともderorenはそれなりに気に入った。苦瓜湯を初めて口にした店としても、記憶に残ることだろう。
寧夏路夜市(一) 円環から歩き、からすみを囓る

台北二日目の夕食は、寧夏路の夜市で食べることにした。理由は近くて規模が小さいから。かなり疲労がたまっていたので、士林を歩く気力がわかなかったのだ。
食後に行きたい店に近いのも理由だったが、これは大ハズレだったので、今となっては複雑である。
さて、ホテルからは円環までタクシーに乗る。あっという間についた場所は、南京西路、重慶北路、寧夏路などが集まっており、中央にガラス張りのビルが建っている。このビルが通常「円環」と呼ばれるものである。
まぁ円環の歴史は方々に書かれているので、基本的にはそちらを読んでいただきたい。台北の夜市はここから始まったと言われる場所で、戦時中には防空壕と貯水池が作られている(そのため古蹟に指定された)。
商業施設としては他に負けてしまい、2002年に完成したビルも営業停止になっている。要するに、観光客がわざわざ出掛ける必要はない。

寧夏路夜市の看板は、円環に面した交差点に立っている。ただし夜市らしい景色は、3分ぐらい歩いた辺りからだ。

夜市の中心部では、道路の中央に一筋の屋台街が作られている。
中央の通路は狭くて、人でいっぱいだ。いかにも夜市という雰囲気。

規模は小さいので、普通に歩けば十分程度で民生西路に抜けてしまう。
店はほとんど食べ物関係。円環に近い方にはDVDなんかを扱う店もあったが、食べる以外の娯楽を求めるなら士林辺りに行った方が良さそうだ。

で、我々が最初に手を出したのは、なんとからすみだった。
このからすみは大根とネギが一緒に刺してある。爪楊枝一本で50元と、かなり高い。derorenはやや渋ったが、酒飲みのhashiの希望で買うことにした。酒は飲んでないけど。
ミネラルウォーター飲みながら、ちびりちびりと食ってみたら、まぁそれでもうまいのは確か。ネギはやや辛すぎるけど、大根も悪くない。
何よりも、前日に迪化街でからすみの購入を検討して断念した(旅行日程上、賞味期限などの問題で買えなかった)翌日だけに、こんな小さなかけらでも、仇を討った気分になったのである。
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