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2012/11/02

安平いろいろ


 derorenとhashiは、かつて島倉千代子ライヴに参戦した経歴を誇っているので、定期的にこういうタイトルがあらわれる。もちろん本記事に島倉色はない。あったら怖いな。

 さて、四度目の旅の記録も一応ラストに到達したので、当面このブログは開店休業となる。五度目を望んではいるけれど、いかんせん子連れはいろいろ難しい。現時点で予定はないとだけ記しておく。
 まぁしかし、完全に更新を止めるのも寂しいので、ポツポツと何かしら記事は載せていくつもり。

 『台湾史研究叢書』シリーズを紹介しようかと思ったりするけど、原住民関係は手に余るし、なかなか微妙。台南に関連する内容は、台湾読者向けも兼ねてどうにか載せたい。


 で、上の写真は安平の民家。この猫が可愛いのだ。


 

 例によって路地をさまよったので、この家の前を二度通ったのだが、二度ともこの姿だった。
 tomopeeも今なら大騒ぎだったろうなぁ(この時も反応していたけど)。


 

 犬もいる。
 台湾は野犬なのか放し飼いなのか、とにかく道端に犬をよく見かける。正直、それは赤子連れ旅行にとって余り良い状況ではないけど、安平では滅多に遭わないので大丈夫。

 台北はちょっとアレだよね。そもそもderorenは犬嫌いである。


 ガジュマルの木が祀られている。樹王公と呼ぶらしい。らしいというか、まぁ一般的な呼び名だけどね。
 写真で反射している部分に案内板がある。あちこち文字が剥がれていて読み辛いのだが、おおよそ次のような説明のようだ。

 この木は樹齢300年を超えるもので、伝えるところによれば鄭成功が台湾にやって来た頃には既にあった。ここは元は[石老][石古]石礁(フォントなし)で、鳥雀が余所から飛んできてどうのこうのという記述があるけど、 文字が剥離して不明。たぶん、この木にちなんだ地名がついたという話。
 で、いろいろ霊験があって、戦勝祈願とか災難除けなどの願い事に対して奇瑞を起こしたので、樹王公として祀られた。ここに参拝するには、近所で売ってる碗粿を供えろと締めくくられている。




 ちなみに隣は跳房子という建物。何かと思ったら、民宿らしい。
 今流行りの、古民家改築民宿のようだが、たぶん非合法なので紹介はしない。



 茉莉巷は、そこそこ有名なわりには人がいない。
 もっとも、我々の訪問はすべて平日なので、土日は違うのかも知れない。


 


tomopeeのこうしたベビーカー姿も、今となっては懐かしい。
 2012年11月時点でも、ベビーカーを卒業したわけではないけど、ここだったら歩かせているに違いない。
 ……ただ、こういう路地でも猛スピードのスクーターがやって来る危険性があるのが、台湾という環境なのも事実。交通マナーだけはどうにかしてほしい。毎回同じことを書いているゾ。



※なお、pixnetにて作業中。




2012/10/23

帰国日の話


 放置気味だった旅行記は、一応この記事で終わりとなる。
 ただし、速報の必要がないために、開基玉皇宮や西華堂などの記事はまだ書いていない。これらは相応に準備した上で載せる。
 いやまぁ、相応の準備ができるほどの時は流れたけどね。wasted timeはEagles。


 さて、最終日の3月21日、ホテルを6時55分に出て、空港には朝7時着。この数分のタクシーに200元かかったことは、ホテルの紹介記事にも書いたけど、何ともすっきりしない。
 来年にはMRTが開通するし、並みの機動力があれば電車やバスを選択するのがベターかも。

 ともかくエバー航空のカウンターに着いて、チェックインの手続きをとる。
 赤子連れはオンラインでのチェックインが出来ないため、空港ですべて済ませるしかない。その際には予約番号を求められたので注記しておく。
 まぁ旅行の初心者が予約番号のメモをしないとは思えないので、注記する必要はないのかも知れない。ただ、パスポートさえ見せれば予約番号を知らせる必要がない場合の方が多いし、現にここでも両親の予約番号は不要だった。babyは何かとイレギュラーである。

 チェックイン自体はすんなり終わる。重量オーバーさえ気をつければ何の問題もないよね(そういえばソウルの某ホテルで、軒並み重量オーバーという日本人団体に遭遇したけど、どう処理したのかな)。
 空いてる椅子に座った我々は、いよいよ最後の台南食にとりかかる。
 桃園なのに台南食。泣く子も黙る、松村燻之味の手羽燻製だ(肉製品は日本への持ち込み不可)。



 せっかくなのでtomopeeをバックに撮影。残念ながらtomopeeはまだ食えない。この記事を書いている時点では、前歯は揃っているけど、燻製は硬いので未だ難しそうだ。
 ともかく、derorenとhashiは無心に食す。これがまたうまい。屋台の鴨みたいに唐辛子は使われておらず、燻製の香りが素晴らしい。あっという間に全部食べてしまった。

 ちなみにこの燻製は、台南でお世話になったCさんにいただいたもの。ブログでの紹介が半年後になってしまい申し訳ない次第である。
 とにかく、わざわざホテルまで届けに来ていただいたお土産は、美味しくいただきました。感謝!
 謝謝給我們的伴手禮。感謝。




 その後は第2ターミナルを散策しつつ乗り場へ。
 故宮博物院の売店があったので、何冊か本を買った。残っていたお金もきれいになくなり、日本円への両替なしという結果になったぞ(というか、足らなくなって一部はカード払いに)。


 エバー航空便の車窓から。宮崎市付近である。
 いつも乗っているキャセイ便は夜なので、こういう景色を見るのは初めてだった。

 今となっては、googleマップがあるので有り難みはないけど、何か資料として使えないかと思って撮影している。




 足摺岬だが、どうしても岬の突端は撮れず。窓枠込みで、いかにも飛行機から撮った感じですねぇ。誰も興味ないだろうが。

 そんなわけで無事に帰国。
 楽しい思い出をいただいた、台南の友人の皆さんには、最後にあらためて深く御礼申し上げます。感謝多謝。




 あの時はまだ歩けなかったtomopeeも、今はこんな姿に。
 次に皆さんに会える時は、いろいろお話できるといいなぁ。再見。



※tomopeeの近況写真は、今後は別の場所で紹介します。
 友人の皆さんには、パスワードをお知らせする予定です。

2012/09/28

劔獅とおむつ交換の巻


 前半と後半の話題が全く違うが、無理矢理一つの記事にしてみる。
 まぁ正直、これ以上の細分化は必要なかろうし。

 上の写真は妙寿宮の近くの交差点。陳家の交差点から妙寿宮に向かって歩き、そのまま通過すればすぐ分かる。



 この劔獅は、安平でもかなり著名なものだ。
 壁の上にあって、邪神の侵入を防ぐ劔獅は、安平でも滅多に見られない。ここと、以前に紹介した家が双璧であろう。




 妙寿宮よりうんと手前の路地に、台窩湾民居があったけど、中は見物できず。
 なお、一応宿泊も可能らしく、某ガイドブックの推薦プランでは、ここに宿泊して台南旅行なんてものがあった。
 ただし、宿泊と言っても、ただの民家に雑魚寝するだけ。民宿扱いする向きもあるけど、イメージ的にはバンガローみたいなものだ。しかも一日一組なわけで。

 ついでに断わっておくが、宿泊施設として観光局に登録されているものではない。日租房のように悪質な物件ではないにせよ、何か起きた時の保証はない。



 ここは安平旅遊資訊中心。
 陳家と安平天后宮の間、コンビニのすぐ近くだ。



 観光客向けの休憩スペース、パンフレット配布、それからレンタサイクルもあるらしい。我々はその辺の用件で訪れたわけではないので、詳しいことは分からないけど。
 月曜休館で、他は10時から18時まで開いている。


 我々はここで、tomopeeのおむつ交換をしようと思ったのである。
 安平古堡には、もしかしたらそういう設備があったかも知れないが、ちょうど入館時に交換するとは限らないので、できれば無料施設にそういう場所が欲しい。
 そこでふと発見した公共施設に頼ろうと考えた。現代の日本の感覚ならば、そうずれてはいないはずだ。 

 しかし現実は恐ろしいものだった。




 まさかのテーブル上交換となったtomopee。彼の人権に配慮して、渦巻きで隠した上に写真サイズも小さくしたゾ。

 我々は職員に対して、身振り手振りを交えながら、おむつ交換をしたい旨を伝えた。
 当然それは「トイレはどこですか」に等しい質問だったはずだが、職員に指示されたのは、何と観光客の休憩スペース。この長テーブルの反対側では、普通に一般人がお茶を飲んでいる。hashiの後ろにも座っている。
 さすがに冗談だろうと思ったが、職員は本気だった。近くに座っている阿桑も、気にするなという感じ。結局、そのまま作業に取りかかると、オバチャンはゲラゲラ笑いながらその様子を見ていた。

 親切にしてもらったので感謝しているけど、どうにかならないものかねぇ。
 この写真を見て、おむつ交換に訪れる勇者はなかなかいないだろうし。


 ちなみに、安平のトイレ事情は、通常の大小便ならそれほど深刻ではない。
 有料施設の安平古堡、安平樹屋にはもちろんあるし、無料のトイレはここや、蚵灰窯文化館にある。それらに間に合わない場合は、廟のトイレという手もあるだろう。陳家や周氏のような非屋台の店にもある。
 けど、多目的トイレはなかなかない。赤子連れにとっては制約の多い旅である。



2012/09/22

安平郷土文化館


 観音街にひっそりと建つ安平郷土文化館。安平に行くたびにここは通っているし、それどころか一度の旅で何度も通過していたりする。
 ここの街歩きは、ほぼ道に迷うことと同義だ。どうせ迷っても、少し歩けば現在位置は分かる。


  日本統治時代の小学校の校長が住んでいた宿舎だという文化館は、外観は宿舎というよりも駅舎のような姿で、きれいに整備されている。
 もちろん、中の展示は知れているし、限られた時間をここで費やす必要はない。そう思って、これまでは通過し続けていた。

 しかし今回は、とある事情により中を見学することになったのだ。
 

 内部の様子。安平の特産品として壺が展示されている。それ以外にも安平の歴史のパネル展示がある。管理者が常駐しており、観光パンフなども入手可能。
 まぁしかし、ここの価値は下の写真で分かる。



 そう。きっとここならtomopeeが遊べるに違いないと思って、我々は連れてきたのだ。
 日式だから土足厳禁の床がある。そして、こんな展示だから観光客も少ないだろう。どちらの勘もばっちり当たった(後者は当たっていいのか微妙だが、我々の貸切だ)。

 この記事を書いている半年後の時点では、方々を走り回り、食事もすべて自力で済まそうとするtomopeeである。不可抗力とは言え、ベビーカーに乗るしかない状況ではストレスがたまっていたはずだ。
 その意味で、ここは赤子連れ旅行に欠かせない場所であった。
 

 もう一つ、ここにはtomopeeの刺激になるものがあった。
 猫である。


 この写真の床は、文化館の裏庭。そこに猫が何匹もあらわれて、tomopeeに挨拶をしていった。
 tomopeeが喜んだのは言うまでもないが、実はこの時、見知らぬ一人の男性が、こちらにカメラを向けていた。どうやら、赤子と猫という景色を、良い被写体だと思ったらしい。
 一人で自転車で街を巡っていた若い男性が、その後どうしたのかは不明。その写真が既にどこかで公開されている可能性は高いのではないかと思われる。 見つけたら教えてねっ(というか、当人が教えろと言いたいぞ)。


 こうしてストレスを発散したtomopeeとともに、残り時間を安平で過ごしたわけである。
 その辺のぶらぶらした記事を載せて、とうとう台南に別れを告げることになる。
 いや、半年もかかって今さら「とうとう」もないのだが。


※blogger投稿画面改変に伴い、いろいろ苦戦中。使いづらいなぁ。


2012/08/01

安平樹屋 再訪

安平樹屋
 およそ3年振りの訪問となった安平樹屋。もちろんtomopeeは初訪問だ。
 今さら断わるまでもなく、1歳のtomopeeがこうして旅した記憶は、残りはしないだろう。しかし異国での様々な刺激が、彼の心の発達に何らかの影響は与えてくれたはずだ……と思うがどうだろう。

 安平樹屋の概要は、以前の記事に書いたのでそちらを参照願いたい。
 ここはイギリスの商社、徳記洋行の跡地である。白亜のコロニアル建築も残っていて、そちらも展示スペースとなっているが、正直海外から訪問するような内容ではない。
 現在のメイン展示は安平樹屋、つまり商社の倉庫群である。

 ここは有料施設で、大人は一人50元を払う。
 そこから進んだ先の建物は、上の写真のように休憩スペースとなっている。売店もあり、台南土産はある程度揃っている。飲み物もある。トイレもある。
 エアコンの効いたスペースは、赤子連れにとっては貴重だ。その気になれば、おむつ交換も出来るよ。

安平樹屋
 tomopeeもひとまず涼んでいる。この間に、hashiがお土産を買っていた。台湾にしては高めの玉井干しマンゴーや、樹屋の絵はがきなどを購入したと思われる(さすがにすべては把握していない)。
 一通り買い物を済ませた後に、探険に出発だ。ベビーカーは売店のお姉さん(恐らく)に預けた。普通は入場券売り場の方がいいと思うぜ。

安平樹屋
 外に出ると、3年前とほぼ変わらない景色だ。
 ちなみにこの先は、写真のように一部は木道になっているけれど、概ね地面を歩く。上から見下ろせるようにもなっていて、そこは階段ののぼりおりがある。ベビーカーでは難しいので、受付か売店に預けよう。

安平樹屋
 骨組となった倉庫に幹が絡み付き、気根が垂れ下がる。これが安平樹屋の基本である。

安平樹屋
 朽ちていない倉庫も一部にある。使用時期などの差もあろう。
 ちなみに徳記洋行は現存する企業だったりする。ただし安平での営業は、日本統治時代に終了。ここの建物は製塩会社の手に渡り、そのまま戦後は台塩の所有となった。

 安平を去った理由は、新支配者の日本が、貿易収入を得るために圧迫を加えたからである。徳記洋行自体が東インド会社の傘下にあった以上、追い出されるのは当然であったろう。
 もちろん安平港が土砂で埋まって、使い物にならなくなったことも大きい。製塩会社が持て余した理由は、そちらが主要因かもしれない。

安平樹屋
 骨組だけになった側。
 補強はしてあるけど、ガジュマルは今も生きているので、いずれは敗北するだろう。ガジュマルはそういう生き物なのだから仕方がない。

安平樹屋
 壁を覆い尽くす。

安平樹屋
 上から見る景色もなかなかいい。
 というか、下は廃墟となった倉庫なので、基本的には暗い。それに対して、開放感があってとても良い。

安平樹屋
 見上げると、こんな感じで幹が絡まっている。いい景色でしょ。

安平樹屋
 煉瓦の壁にはり付く幹。
 ただはり付いているわけではないぞ。

安平樹屋
 見所の一つがこれだ。壁を突き抜けてのびている。細いうちにすき間を通れば、やがてこうなって、将来は壁を破壊するわけだ。

安平樹屋
 tomopeeは何を思ったのか。両親は未だに彼のおしゃべりを解読できないので、詳細は不明である(だいぶ日本語っぽくなってきたけど)。
 将来、何かの間違いで某ジ●リの映画でも観た時に、この記憶が蘇ったりするだろうか。「ぬぅ、初めて見た気がしないなぁ」とか。


 その後、資料館となっている建物内も一応は見物して、何となく記念写真を撮ったりした。
 安平古堡からここまでは徒歩5分程度。途中の道は日陰がなく、5分とはいえ嫌になるけど、安平でタクシーをつかまえるのは難しいので、歩くしかない。
 でもまぁ、歩いただけの価値はある。子どもの教育にもいいと思う。たぶん。


より大きな地図で derorenのホ~ムペ~ジ を表示

2012/07/16

城市商旅航空館

城市商旅航空館
 あと一日分の台南記事を残しているのだが、まだしばらくブログに時間を割けないので、とりあえずホテルの話。
 自分で言うのも何だけど、無償のブログに費やす労力はけっこうなものである。もちろん、台南は楽しい街だから、今後も続ける予定だ。ご心配なく。


 さて、城市商旅というホテルグループの一つである城市商旅航空館は、桃園国際空港のすぐ近くに立地する。従って利用客は、何らかの形で空港に用のある人となろう。
 今や東京方面からは羽田松山便があるけど、関西の我々が降り立つ先は、相変わらず桃園だ。まぁ台南や高雄に用があるなら、却って便利といえなくもない。それに、飛行機恐怖症のderorenにとって、街中の空港はできるだけ避けたいのも事実。伊丹空港なんて、もう二度と利用したくない(来月利用するのだが……)。

 話がそれた。
 我々がこのホテルを利用した理由は、帰国便が朝8時半という早朝便だったからだ。台北観光ならば、朝早く出発すればどうにかなるし、実際に5時台のバスで空港に向かうようなツアーも組まれている。しかし台南からはどうしようもないので、前泊した。
 ちなみに、キャセイパシフィック便ならば前泊せずに済む。しかし宿泊費を入れてもエバー航空便の方が遙かに安いのだ。すまんのぉ(全国的にもうけない間寛平風に)。

 で、このホテルは、空港近隣ホテルの中でも群を抜いて安い。レートによるが、ツインルーム一室6千円台(2012.7現在)。初心者向けに断わっておくが、一人6千円ではなく、我々ならば大人2人と赤子、しかも朝食付きでこの値段だ。
 もちろん、台南で泊まっている首相大飯店はもっと安いし、台湾のホテルの相場は概ね安い。しかし空港利用客向けという特殊なホテルで、この値段は魅力である。
 なお、derorenは日通ペリカントラベルネット経由で予約した。旅旅台北など、各種サイトで扱っているので、値段と空き状況で適当に選べばいいのではないかと思う。私が日通を選んだのは、以前も別のホテルを予約したからというだけである。

 ホテルは高鐵台南駅と空港の中間にある。同業他社のホテルも近隣にあり、いずれMRTの駅もできる予定だが、現状ではかなり不便な場所だ。我々は赤子連れなので、最初からタクシーを使った。バスで行くことも出来なくはないが、初心者向けではない。
 近くにはコンビニが一軒ある。ただ、それぐらいしかないので、高鐵桃園から向かう人は、駅で買い物をしておくべし。
 高鐵桃園駅は、我々が訪問した時期は改装中で、コンビニが改札内でしか営業しておらず、非常に不自由だった。しかし、改装工事は終わっていると思うので、今は問題なかろう。
 駅舎に隣接して、食事のできる建物もある。我々はそこで夕食をとって、ホテルに着いたらすぐに明日の用意だけして寝てしまった。

 ホテルは狭いロビーで、フロントは日本語不可(しゃべれる人もいる可能性はある)、英語も怪しい感じだった。まぁ名前が書ければどうにかなると思うが、不安な人は予約内容を印刷して行くのがいいかも(ちなみに、derorenは一切持ち歩かない)。
 部屋は上のような感じ。我々はダブルを頼んだはずだったが、なぜかツインになっている。もしかしたらホテルのサービスなのかも知れないけど、ダブルにしたのはtomopee対策なので、正直言って余計なお世話である。

 左奥に妙なものが写っているのは、ベビーベッドである。
 ここのベビーベッドは、事前に頼んでおけば無料。ただし、一人で眠ることなどあり得ないtomopeeなので、ここでも物置となった。

城市商旅航空館
 タクシーから高鐵、またタクシーで、ようやく動かない地面に辿り着いたので、tomopeeははしゃいでいる。
 しかし、シングルベッドは狭くて危険である。入口側のベッドを壁に押しつけて、どうにか一晩を過ごした。

 なお、ベッドは普通の安いビジネスホテルのベッド。首相大飯店のシモンズの後に泊まると、なかなか落差が激しい。

城市商旅航空館
 風呂はこんな感じ。バスタブはあるのでご心配なく。

城市商旅航空館
 洗面台は非常に使いづらい。見た目はともかく、これでは周囲に水が飛び散ってしまう。そんなに使わないからいいけどさ。

城市商旅航空館
 この辺は見ての通り。特に過不足はなし。

城市商旅航空館
 トイレ。ウオッシュレットではない。
 一昔前だったら、ちゃんと水が流れるだけで評価されたのだろうが、やはりこれからのホテルには温水洗浄が欲しいなぁ。首相大飯店も頑張れ。多少の値上げも許容するぜ。

tomopee
 一晩経ったtomopee。
 両親にとっては早起きでも、tomopeeはいつも6時前に目が覚めるので問題なし。もぞもぞとベッドの上で遊んでいる。

 我々は8時半の便で帰国するので、遅くとも7時には空港カウンターに着く必要がある。それでもギリギリまで寝ていたいから、朝6時までに起床。6:20過ぎに軽く朝食をとり、部屋に戻って荷物をまとめ、6:55にタクシーという段取りだ。
 なお、タクシーはフロントで頼むしかないが、これが高い。200元だ。

城市商旅航空館
 そうして朝食会場へ向かう(もちろんバイキング=自助餐)。するとまぁ、凄まじい混雑に驚かされることに。
 それまで宿泊していた首相大飯店は、こじんまりとしたものだった。しかし、ここは収容人数が違うし、宿泊客の性格上、同時刻に集中せざるを得ない(搭乗前の客か、これからツアーに出る客が大半)。はっきり言うが、修羅場である。
 日本人客はかなり多く、我々が相席したテーブルも、これから台湾ツアーという三人組だった。tomopeeは可愛がってもらったので有りがたいけど、「知らない食べ物は怖いから避ける」というスタンスはどうかと思った。余計なお世話だけどさ。

 なお会場には、明らかに大陸系と思しき集団もいる。
 今や大陸客なしに台湾の観光産業は成り立たないのだし、別にそれ自体はどうでもいいけれど、自助餐に不慣れなのか、とにかく盛る。盛りまくる。還暦は過ぎてそうな爺さんが、和洋中関係なく山盛りに積んでいく様子には、ちょっとした戦慄をおぼえた。
 そうして皆さんがせっせと積み上げるから、どんどん食べ物がなくなって、殺伐とした空気が漂い始めるのだ。
 まぁとにかく、このホテルで優雅に食事しようなんて思わないことだ。


 総じていえば、このホテルのサービスに対する我々の評価は低い。ただし航空便の都合で仕方なく泊まる宿なので、実際には選択の余地はない。間違いなく安いし。
 ただし、今後はどうだろうか。

 空港アクセスの鉄道(MRT)は、順調にいけば来年には開通する。台北駅には直通しないので(三重駅暫定開業)、台北市内からは新荘線乗り換えか、高鐵桃園乗り換えのどちらかになろうが、とりあえず利用価値はある。鉄道は時間が計算できるからね。
 いっぽう、台南からMRTを利用するとすれば、高鐵乗り換えのみ。しかし残念ながら、高鐵桃園に朝7時までに着くような列車はないので、今後もどこかで一泊するしかないだろう。
 ただし連絡鉄道沿線ならば大差ないから、このホテルでなくとも良い可能性はある。誰か好立地のホテルを開拓して欲しいものだ。

 ちなみに、このホテルは機場旅館駅が最寄りになる。ただし、6:55にホテルを出て7:00に空港に着くような芸当は、200元でタクシーに乗らない限り無理である。
 格安ツアーの客は、朝5時に台北のホテルを出るわけだから、それにくらべりゃ屁でもないかも知れない。しかし、我々はそんなツアーには参加しないので、屁どころか実も出たり……などと長文記事をあえて下品に〆てみる。ご愛読感謝(何を今さら)。

2012/07/03

tomopeeの安平古堡

安平古堡
 いよいよ台南最終日。この日はとりあえず、チェックアウト前に安平散策という予定だけ立てていた。11時半に首相大飯店に戻ってチェックアウト、その後は夕方まで荷物を預ってもらい、どこかを歩く予定だ。

 ホテルからタクシーで向かったのは、泣く子も黙る(黙らないけど)安平古堡。
 安平は初回と二度目の旅でくまなく巡っているが、まだ一部未踏の地を残している。ついでに、初安平のtomopeeに定番を味わってもらわねばなるまい。そんな感じでやってきたぜ。
 ちなみに、ここでも受付でベビーカーを預ってもらった。車に乗せるのは無理な場所なので、だっこひも持参が無難。
 三月の台南では、さすがのプルメリアも咲いていない。珍しく季節を感じる絵になっている。

安平古堡
 とりあえず、元ハマダ何とかな碑で記念撮影。
 この写真では、どこにいるのかすら分からない。典型的な失敗例である。tomopeeの表情も沈みがちだ。

安平古堡
 これでどうだっ!
 古堡の古堡たるゆえんは、このオランダ時代の城壁にあるのだから、ここで撮影しなければね。tomopeeはよそ見してるけどね。

安平古堡
 軍装局の碑の前で。なんでこんな所で……と思うだろうが、ここはtomopeeが座れる貴重な場所なのだ。ご機嫌で手を叩いているぞ。

安平古堡
 最後は珍しくderorenと。鄭成功が城壁をくり抜かせたという場所で撮っているが、案内板だけで、肝心の穴がよく分からなくなっている。ちなみに、tomopeeの左側、単なる壁の切れ目みたいな場所が、くり抜かれた箇所だ。


 安平古堡については、過去の記事で詳しく書いたので、日本語ガイドブックで読める程度の紹介は、そちらを見てもらいたい
 もちろん、せっかく来たのに記念写真ばかり、というわけでもない。過去の記事で紹介していない細かい見所は、次の記事で紹介予定。
 ただし、ちょっとこのところ忙しいので、次がいつになるかは不明。ご容赦くだされ。