2009/05/07
開基天后宮
1662年創建という古い宮。安平を除けば台湾最古の媽祖廟である。
南の赤崁楼の近くに、一級古蹟の大天后宮があるので、こちら(二級古蹟)は小媽祖宮とも称される。
どうやらここはかつての河口だったらしい。水仔尾と呼ばれ、鄭成功がプロビデンシャ城を攻略する際に上陸したのはこの辺だという伝承もある。
三山国王廟の冊子に載っている乾隆17年(1752)の古地図を見ると、ちょうど三山国王廟とここの間に川が描かれて、橋でつながっている。今は全く面影もないけれど、航海の神を祀るにふさわしい場所だったわけである。
現在の廟はかなりコンパクトにまとめられている。たびたび改修され、アメリカ軍の空襲にも遭ったらしい。
全く読めないのでおかしいな、と思ったら横書きだった。うーむ。
※以下の写真は追加。
この龍柱がかなり古いものらしい。清朝初期の作で、台湾最古という説があるという。
奥に観世音菩薩。清代の乾隆年間に祀られるようになった。
扁額「慈慧」は嘉慶13年(1808)のもので、林朝英の字だそうな。
観音像は蒋元枢が造らせたもの。
妙に艶めかしい姿である。
媽祖神の主祭壇。
この媽祖は船仔媽と呼ばれる。
千里眼将軍。
順風耳将軍。
※なお、この宮は正確に言えば大銃街ではない。北側を流れる小さな川が境界線なので、赤嵌楼などと同じエリアの北端となる。
ただし現在は成功路(明治町)が造られたため、かつての境界を意識することは難しい。
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