2010/05/23

迪化街の南街・中街(霞海城隍廟~帰綏街)

迪化街の南街
 複数の日本人観光客を見かけた迪化街。一般的に観光客が歩くのは、北は帰綏街までのようだ。
 上の写真は城隍廟のすぐ北側で、漢方の問屋が並ぶ南街エリア。以前に紹介した乾元行もここにある。狭い道の両側に背の高い建物が並ぶので、落ち着かない景色だった(人も多いし)。

迪化街の中街
 こちらは民生西路から帰綏街の間の中街エリア。建築的には、ここが一番の見所となっている。
 なお、このエリアはだいたい乾物中心なので、観光客にとっては蜜餞の類とからすみがメインと言える。我々が蜜餞を買った勝益食品公司もこのエリア。「からすみ」はどこも日本語で書いてある。

迪化街の中街
 上二枚は、バロック式建築が並ぶ有名ポイント。左から「建發」が坤樹薬材公司、「東泰」は漢誠堂(鴻川行)、右は百勝堂である。

迪化街の中街
 その少し先にある二軒続きは、日本統治時代の米屋だったという怡和泰。この三字を日本の漢字音で読めば「IWATAI」になる。イワタニに見えたのは私だけではあるまい。

迪化街
 改装中の建物。昔ながらの街並みと言いつつ、実はけっこう店の入れ替わりは激しいようだ。
 今回の旅では『台北歴史深度旅遊』と、旅旅台北「迪化街ガイド」を参考としたが、この二つでもかなり違いがある。そして、新しい方の旅旅台北(2006年)から4年経った現在は、これまた変化が多い。
 かつて台北の再開発計画として、この通りの拡幅が計画されたという。しかし、こういう「ちょっと古い」建築が再評価され、現在はこの通り自体が観光地として整備されつつある。店の入れ替わりも、この通りで商売することに魅力があるからだろう。
 2010年5月時点では、そこら中が改修中の迪化街は、整備が終わるとどうなっているだろう。また新たな店が増えて、雰囲気が変わっているだろうか。
 
 それにしても日本人が多いなぁ。
 去年、台南の街ではただ歩いてるだけで「アナタ日本人でしょ」と呼び止められることがあった。その時はちょっと不思議だったけれど、この通りで我々は、見た瞬間に「あ、日本人だ」と見分けてしまうことが何度かあった。きっとそうに違いない、と思って聞き耳を立てたら、日本語が聞こえて来るわけだ。
 からすみの冷蔵棚の前で「このために日本から来たんですよ」とか言ってる日本人も見かけた。そうか、本当にそんな人がいるのか、とある意味で感心した。
 まぁともかく、言葉がしゃべれなくとも全く問題はなさそうだ。さすが台北だ。

2010/05/20

台南のニイミキミョクド

ニイミキミョクド
 しばらく長文が続いたので小休止。
 ここは台南の民族路、公園路と中山路の中間あたりである。

ニイミキミョクド
 「コイのオマモリニイミキミョクド」と、まるでラヤンハイみたいな日本語の店だ。せり出したひさしの部分に「相撲」と書いてあるのもポイントが高い。
 しかし間違えたにしては、ちゃんと日本語フォントできれいに揃っていたりするのが不自然だ。正直言って、わざとじゃないかと思うんだが、どうだろう?

 我々が旅する限りにおいて、こういう文字を間違えるタイプの「オモシロ日本語」はまず見かけることはない(皆無でもないけどね)。おかしな日本語のほとんどは、機械翻訳タイプである。
 最早OZAKIのスピーカー高性能DVDプレーヤーみたいなものを期待する時代ではないのである(知らない人はこの機会にリンク先を見てね)。

台湾旅行2010.5(概略) 一覧

 日を追うごとに長文になった旅行記。ガイドブックで調べ直す、といった作業は最低限に留め、速報として公開した。
 ここに登場する寺廟やグルメや出来事を、今後は個別に紹介していく。そういう意味で、旅行記自体がブログの目次みたいなものになるだろう。
 最終日の記事にも書いたように、記事のリクエストがあれば、可能な範囲で対応する予定。たぶん最終日の内容辺りは、順番に書くとお盆になっても書き終わっていないはず。夏の旅行にすら間に合わないぜ!(自慢することか)

台湾旅行2010.5初日
 出発日の午後からいきなり台北を満喫。迪化街などを巡り、牛肉麺、占い、マッサージ、夜市まで。

台湾旅行2010.5二日目
 台北の艋舺(萬華)地区をしらみつぶしに巡る。夜はまた夜市へ。

台湾旅行2010.5三日目 前半
 朝は台北、そこから台湾高鐵で嘉義、さらに北港鎮へ。媽祖生誕の祝祭空間に雪崩込む。

台湾旅行2010.5三日目 後半
 北港鎮での午後。朝天宮の熱気を感じ、しっかり飯も食い、夜に嘉義→台南と移動。

台湾旅行2010.5四日目 前半
 台南初日。牛肉湯初体験、そして謎の麺屋へ潜入を果たす。

台湾旅行2010.5四日目 後半
 台南初日。大天后宮の祭礼見学から、市内を巡り、保安宮近くのグルメ、最後は夜市。

台湾旅行2010.5五日目 前半
 台南二日目。台湾的ハンバーガーから西華堂、豆花。

台湾旅行2010.5五日目 後半
 台南二日目。食べ歩きと拝拝の繰り返し、そして厳じいさんとの再会。夜に嘉義へ移動し、しっかり飯は食う。

台湾旅行2010.5六日目
 最終日。早朝から北港鎮で祭礼を見学、ついでにグルメ。嘉義でもグルメ、そして帰国へ。


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2010/05/19

台湾旅行2010.5六日目(概略)

 記憶が鮮明なうちに執筆中の2010.5旅行概略。とうとう最終回である。

 予定通りに起床。時刻は4:50だ。ギリギリまで寝ていたいので、30分でタクシーに乗れるよう、準備は前日に済ませてある。hashiの化粧は、間に合わなければ車内ですればいいやという感じである(どうせ化粧してもすぐに真っ黒に汚れる)。
 ホテルはチェックアウトせず、荷物は部屋に置いていく。従ってホテルには12:00までに戻ることになるが、そもそも今日は最終日なので、13時過ぎには高鐵嘉義から新幹線に乗るのだ。タクシー代がかさむ以外は何の問題もない。
 嘉義のホテルから北港朝天宮までは30分弱で505元。行きと帰りで経路が違ったにも関わらず、全く同額だった(5元オマケだったのも同じ)。
 バスはもちろん安いが50分近くかかるし、そもそも朝5時には運行されていない。日本ではあり得ないほどタクシー代が安い台湾で、空港と関係なく500元分も乗るのはかなりのことだが、1500円で時間を有効活用できるのだから、どんどん乗るべきだな。

朝6時前の北港朝天宮
 日の出前の朝天宮は、門前はひっそりとしていたが、中は既に式典の準備が整っている。豚と山羊が飾られ、左右には来賓席も設けられていて、先日とは全く違う雰囲気だ。
 来賓の意味が分からないのか、どっかと座ってカメラを構えている西洋人の夫婦と、傍若無人に写真を撮りまくる中年の男女(夫婦かどうかは知らん)、そして我々などは、この場においてイレギュラーな存在だろう。だが朝天宮の関係者は、気にする風もなかった。
 おそらく毎年、カメラ中高年(ちなみに我々は「中年」ではないつもりだっ!)は一定数いるだろう。そして、そもそも撮影に対する拒否反応がないのだろう。

朝天宮の式典
 朝6:00から始まったのは、媽祖の生誕を祝う式典である。どこまで近くで見れるだろう……と思ったら、中で撮れと合図された。線香を持った人は拒絶で、カメラの人はウェルカムだった。まぁ線香持った人は間違いなく式典の障害になるので仕方ないのだが(式典が終わるまで、中央の祭壇での拝拝はできない)。
 式典は、一人の女性が何度も媽祖を拝んでは戻るという、わりと単調なものだった。上の写真にも見えるこの女性は曾蔡美佐。国民党員だ。県長ではなかったので訂正する。すまぬ。

 県長じゃないとすると、あんまり値打ちがないなぁ。

門前の進香団
 音楽が奏でられながら行われた式典が一時間で終了すると、朝天宮は一気に喧噪に包まれる。拝拝の人々がなだれ込むだけではない。門前では各地の進香団が、式典が終わるのを待っていたのだ。
 この日の進香団は、数日前の比ではない多さ。門前の道は進香団渋滞が起きている。一つひとつが百人を超える大所帯で、しかも門前でやることやって中に入るから、なかなか進まないわけだ。
 爆竹もパワーアップ。箱単位の爆竹、ロケット花火に加えて、空砲の轟音だ。正直言って恐怖を感じるほどの凄さである。

門前での童乩
 童乩の舞、獅子舞、そして隈取りした子どもの舞と、見所も多い。暴力的なパワーを感じる進香の様子は、たぶんyoutubeにいっぱい上がっているけれど、リアルに体験しないと伝わらないだろうなぁ。

老等油飯
 そうこうしているうちに8:00を過ぎた。進香団は引きも切らないので、とりあえず飯にしようとぶらつく。そして老等油飯を発見。店というか屋台以外の何者でもないが、確か「食尚玩家」で紹介されていた。
 頼んだのは油飯、麺線糊など。周りの客がみんな両方頼んでいたので、郷にいればの精神で頼んでみた。油飯は檄ウマ。麺線糊は、まさしくそうめんをとろとろになるまで煮込んだもので、いかにも朝食という感じだ。胃に優しいので、一緒に頼むのが正解だ。
 それにしても、席で食べる人以上に、外帯(テイクアウト)が多い。狭い街頭で手際よく何人分も詰めていく老板娘に感心しながら最後の朝食を食べた。

ブラバン付き進香団
 北港でのタイムリミットは10:00過ぎ。見るべきものが多すぎて、結局10:20ぐらいまで街をうろうろして、タクシーを探す。
 数日前の夜は嘉義客運バスターミナル方面で見かけたので、そちらへ向かったらあっさり発見。「嘉義中山路」と、ホテル名を書いたメモを見せて乗り込んだ。
 するとなぜかタクシーは、反対方向にのろのろ運転。なんのことはない、嘉義まで行きたくないので他のタクシーまで連れて行かれたのだった。午後に用事でもあったんだろうか。
 まぁ我々には実害がないので構わないけど、500元を蹴るとは勿体ないことをするなぁ、と思ったわけである。

 皇爵大飯店には何事もなく到着して、部屋の鍵を受け取る。
 ちなみに出かける際に、チェックアウトではないとはっきり伝えてあったし、あっさり鍵を渡したのだからフロントも分かっていたはずだ。
 が、なんと部屋のドアが開いている! 中に入ったら、ベッドメイクされている! チェックアウトされてない部屋をベッドメイクしてどうするんだ!
 そもそも荷物を置きっぱなしなのだ。幸い、目に見える形で荷物が減ったりはしていなかった(パソコンの中身を覗かれたかは不明)。とはいえ、ちょっとこの対応は信じがたい。
 フロントの人はわりと親切で好感度も高かったのだが、このホテルはもう利用しないだろう(部屋の隅がけっこう汚れていたりするし、メンテナンス全般に難があるようだ)。

郭家雞肉飯
 動揺したものの時間がない我々は、急いでシャワーを浴びて荷造りして、11:30にチェックアウト。
 そこから巨大な荷物を背負ったまま噴水まで歩き、さらに少し歩いて郭家雞肉飯へ(たぶんホテルから10分程度)。昨夜の晩飯の後に、慌ててネットで調べた店だ。ブログでの評判が良くて徒歩圏内のここが、台湾最後の食事先となった。
 そして、郭家雞肉飯は大当たりだった。雞肉飯は噴水雞肉飯のように油っぽさがなく、こちらの方が上だ。一緒に頼んだ魯肉飯(雞肉)や糯米大腸もうまい。場所も分かりやすいし、嘉義駅から歩いても15分ぐらい。オススメだ。
 食べ終わって、向かいの客中歇というスタンドで珍珠奶茶を買って、噴水前でタクシーをつかまえて高鐵嘉義へ。予定より一本前の新幹線に無事に乗車し、空港では暇をもてあますほど時間があった。
 なお珍珠奶茶は、空港までの飲料を確保するつもりで買ったのだが、タクシー内でhashiにガブガブ飲まれてしまい、高鐵嘉義駅までに無くなってしまったゾ(うまかったけどさ)。その後に買った無糖の烏龍茶は長持ちしたわけで、暑い台湾では糖分が大事だと実感した。

 空港ではいつも本屋を覗く程度。今回は何かないかなーと眺めたら、なんと『食尚玩家』の台南特集「台南玩味」を発見。もちろん購入した。
 この台南特集は、伝統と現代という感じの内容で、非常に良い。『小西門』の作者の人も登場している。そもそも、あの本が特集させたんじゃないか、という気もする。『小西門』ともどもオススメである。

 帰りのキャセイパシフィック航空564便は、良く揺れた。機内食が離陸後一時間以上配られなかったほどだ。
 ところが、スペシャルミールを頼んでしまった我々の分だけは、早々に運ばれてきた。周囲ににおいだけまき散らしながら、しかもすごい揺れのなかで食べることになった。
 なお、この便の座席は事前にオンラインチェックインで指定した席とは違っていた。というか、機体そのものが違っていたので、同じ席になるわけがない。これって事前に分からなかったのかねぇ。「事前」ったって二日前なわけで。
 まぁともかく、台北・北港・台南の神々の加護もあって、無事に日本に帰国した。今回は空港で食事もせず、まっすぐ帰宅。我が家に戻ったのは22:30であった。


※以上で全日程のおおざっぱな紹介は終了。とんでもない日程であったことはお分かりいただけたと思う。
 5日目後半でも書いたように、個別の記事を早く書いてほしいというリクエストがあれば、できるだけ応えるはず(他人事のように言ってみる)。写真も出し惜しみしているので、知りたいことがあれば遠慮なくどうぞ。
 ただし媽祖関係は、抜き出して紹介するのが難しいので、たぶん順番通りとせざるを得ない。いずれにせよ、この記事の内容は順番通りならば数ヶ月先に掲載される。気の遠くなるような話だなぁ(とりあえず今は現実逃避しておきたい)。

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台湾旅行2010.5五日目(概略)後半

前半はこちら

 振發茶行から向かう先は清水寺。もちろん京都の寺とは関係がなく、清水祖師を祀る廟である。その門前には萬川號と並ぶ肉包の有名店の禄記もあるので、さぁ食べくらべだ……と勇んで歩いたが、なんとここも休業。しかも昨日と今日が休業だ。阿憨鹹粥と同じパターンなので、何かあるのかなぁ、と清水寺へ。
 「寺」という感じのしない本堂はそもそも工事中で、本尊はそばの建物に待避していた。台南は方々が工事中だ。日本統治時代の建物や神農街のような街並みには、ある意味の選挙対策として公費が投じられているわけだが(なお許市長は候補者選定で敗退した)、こうした廟宇も補助金があるのかな?
 總趕宮みたいに寄付を呼びかける所もあるので、よく分からないけれど。

 そこから開山路を歩き、馬公廟、臨水婦人媽廟を訪問する。臨水婦人媽廟では、去年訪問した時に出産祈願の祈祷らしきものを見たので、今回も……と思ったら、ここも工事中。拝拝はできるし、おばちゃんが祈祷はしていたけれど、ずいぶん狭くなっていた。
 さて、臨水婦人媽廟の向かいは延平郡王祠である。二人とも全く関心はなかったが、オウコチョウが咲いていたので撮影。ついでにトイレを借りたりして、そのまま境内をぶらつく。
 中にはちょうど日本人観光客の団体がいた。かなり大人数で、四つぐらいに分かれて回っていくのを、しばらくの間観察する。日本人観光客は、記念写真を撮ることもなく整然と見学を続けていた。
 団体客のなかで鄭成功を知っていた人がどれほどいるかは分からないが、信仰と無縁の「祠」は、わざわざ遠くから訪れるほどの価値がないと思う。ここは地元人が子どもを連れて遊ぶ公園である。

 そうして道路に出たら、見るからに怪しい人々がいた。どこかの学生が、たぶん絵画の構図を演じているようで、自分たちでしきりに写真を撮っている(内輪で楽しんではいかんだろ、とも思うが)。日本人観光客は図々しいので、混じって写真を撮った。台南で日本人観光客の評判が落ちていないことを祈るぜ。
 しかしこのパフォーマンス、歩道を使っていたので、ゲリラ的なものだったのかも。けしからんので、どんどんやるべきだ。

開山路で見かけた犬
 そこから馬公廟方面へ。廟のそばには友誠蝦仁肉圓がある。ここは一部の日本語ガイドブックに載っている店だが、地元民の評価は武廟肉圓(リンク先は去年の記事)らしいと聞いて今までは割愛していた。しかし一度ぐらいはエビ入り肉圓を食っておこうと、ここで入店。
 日本語ガイドブックに載ってるとはいえ、日本語が通じる気配はなかったが、ともかく蝦仁肉圓と香菇肉羹(椎茸と肉のとろみスープ)を頼む。肉圓のQQ感は武廟肉圓の方が上。とはいえ、あちらは考えようによっては「固い」わけで、甲乙はつけがたい。香菇肉羹も普通にうまいスープだし、じゅうぶん満足の味だった。

いつも花いっぱいの府中街
 そこから人通りの少ない府中街へ。しばらく歩いて、適当に路地に潜ってみる。目的地は永華堂だったが、例によって適当だったので一本通りを間違えていた。まぁすぐに見つかったからいいけど。
 永華堂では、おばさんに話しかけられた。最初、ずっと「國語」で話しかけてくるのを、しばらく黙って聞いていた。どこまで理解できるだろうと試してみたかったわけだ。結果、全然分からないので(とほほ)日本人である旨を説明。すると、今後は英語で解説を始めた。
 英語もロクにしゃべれない我々なので、状況はさほど変わったわけではない。ただ、永華堂の由来についてしゃべっている、とは理解できたので、手元にあった陳永華の解説のコピーを見せたら、これこれ!と頷いてくれた。
 それにしても、我々は京都の寺院で台湾の人がうろうろしている時に、寺院のことを教えてあげようと思うだろうか? 日本語が通じないので英語で解説を試みるだろうか? 自分たちの神様として信仰されている陳永華は果報者でござるよ(なお彼については金傭『鹿鼎記』を読めば、やや間違った知識とともに知ることができる)。

孔子廟のリス
 再び府中街に出て、そのまま孔子廟へ。「鶴瓶の家族に乾杯」の冒頭、鶴瓶と鈴木杏が出逢った場所だが、有料部分は去年見たので、リスを眺めた程度。
 そこから台南神社跡の公園を抜け、莉莉水果店で野菜ジュースと豆のかき氷を食す。ここのシステムはまず空いている席に座り、店頭に置いてある注文用紙に席の番号と注文する品を書いて、店頭で精算する形。あとは席で待っていれば運んで来てくれる。なかなか合理的なシステムである。
 ここはうまいだけでなく安い。裕成水果の半額程度じゃないかと思う。この日もお客でいっぱいだったが、これなら流行るはずだ。

孔子廟の近く
 孔子廟方面に戻り、路上で将棋らしきものを楽しむ人々を眺めつつ(上の写真はプライバシー保護のためではなく、最初からぶれている)、ぶらぶらと湯徳章紀念公園の円環へ。あとは最後の目的地、開隆宮を巡ってホテルに戻る日程だ。
 十六歳になったらお参りする宮として有名な開隆宮だが、逆にいえば十六歳とは縁のない我々なので動機に乏しい。それが今まで訪問しなかった理由であった。が、諸事情あって今回は拝拝。呉園からほど近いこの廟で、台南観光の日程を終えた。
 あとは、とぼとぼと首相大飯店まで歩き、預けてあった荷物を受け取る。一昨日歩いたばかりの台南駅までの道のりは、夕暮れ時なので寂しい。また台南に来れるといいなぁ。

 台南から自強號で向かう先は嘉義。まさに一昨日乗ったばかりなので、道中は何の問題もなし。まぁ40分しかないから、問題は起きようもないか。
 強いて問題と言えば、我々の前に座っていた女性の僧侶が、車中で電話したことだ。いや、電話は許されている行為なので、非難しているわけではない。なぜか電話の時だけ、たどたどしい日本語になったことに驚いたのだ。
 残念ながら対面でもない僧侶と話す機会はなかった(僧侶二人でずっとしゃべっていたし)が、意外なところで日本語を耳にするものだ。

 嘉義駅から皇爵大飯店までは、荷物が軽ければ5分程度。駅前の地下道がどうにも面倒で、時間を食う。台南駅前もそうだが、駅前が歩行者に優しくない印象(歩行者に優しくないのは、どこでもそうか)。
 チェックインは20:00頃。とりあえず部屋を確認して、荷物を置いてすぐに外へ出る。晩飯を食わねばならない。
 晩飯の店は、噴水雞肉飯にした。もっとうまい店があるという情報もちらっと読んだ記憶があったが、ほとんど嘉義について調べてなかったので、とりあえず有名店という選択であった。
 ホテルから噴水の円環までは10分ほど。アーケード街はメガネ・時計・宝石の店がやたら目立つ。この通りはそういう場所なのだろうか。

嘉義の噴水広場
 噴水雞肉飯はやたら奥に長い店だった。客が少ないのが気になったが、ともかく入店して雞i絲飯、紅糟肉、苦瓜湯などを注文。ここは指さし注文も難しいので、筆記になった。ちなみに、筆記で伝える時は、できるだけ文字を大きく書くと良いゾ。
 雞絲飯はほぼ予想の範囲内の味だったが、じゅうぶんうまかった。ただし、ちょっと油っぽい気はする。苦瓜湯と一緒に食べると、その辺は気にならなくなった(苦瓜は相当に苦いぜ)。紅糟肉は二人で奪い合いになるほどうまい。オススメ。
 雞肉飯は明日も別の店で食べくらべしよう!、と心に誓って、すぐにホテルへ戻った。

 部屋に戻ったのは21:00より前。通常ならば、夜市でも行くかという時間だが、今日はシャワーを浴び次第就寝というスケジュールだ。
 明日の起床は、なんと4:50。5:20にはタクシーに乗り、北港朝天宮に行く予定である。嘉義への宿泊は、6:00からの祭事に間に合わせるためだけにあったのだ。

※いよいよ残りは最終日のみ。もうほとんど書いてあるよ。
 なお、個別の記事は初日から順を追って掲載予定。「ここを先に紹介してくれ」とリクエストがあればコメント欄にどうぞ。

2010/05/18

台湾旅行2010.5五日目(概略)前半

 目覚めは快調だ。今日はしかし、早くも首相大飯店を去らねばならない。名残惜しいなぁ。
 今回もこのホテルでは気持ちよく過ごすことができた。設備もそうだが、ホスピタリティこそがこのホテルの魅力である。
 ともかく、まずは朝食に出かける(チェックアウトせず)。今日こそは阿憨鹹粥でサバヒーだ―――と勇んで出かけたら、またも店は閉まっていた。何ということだっ!

 がっくり来たが、すぐに諦めて(そもそも悩みようがない)北華街と公園路の交差点に戻る。阿憨鹹粥で食えないのは予定外とはいえ、去年通りがかった西華堂近くの店でも食べてみたいと思っていたのだ。
 何件かあったなかで、伊荳生活精緻早餐館に入店。香腸の漢堡(ハンバーガー)、蛋餅、豆漿などを頼んでみる。香腸入りの漢堡はどんな味なのかと思ったが、ほんのり台湾風味ながら違和感のないハンバーガー。うまいじゃないか。

蓮霧と西華堂
 今日も機嫌良く食事を終えて、西華堂を表敬訪問。
 相変わらず暑い日の朝、去夏は爛熟の盛りだった龍眼は、ちょうど花盛り(ただし全然目立たない)。蓮霧の大木には、花も実もたくさん見える。もちろん門の前には、まだまだ小ぶりの波羅蜜があった。

もらった組紐
 のんびりと本尊を拝んでいたら、女性の僧侶の方が現れる。そして何度か行き来する中で、白湯をいただいたり、組紐(ミサンガみたいな輪っか。名前は何というのだろう?)をもらったりした。組紐は明らかにその人の手作りと思われるもので、とても恐縮した。
 ただし私の細腕にははめることができず、hashiは腕に、derorenは指先にまいたわけである。うーむ。

 西華堂からは北忠街を西へ戻り、そのまま無名豆花(リンク先は去年の記事)へ。今日は開いていたが、前回同様に誰も客がいない。やはり豆花を食うには時間が早すぎるのだろうか(10:30ぐらい)……と思いつつ珍珠豆花を食べていると、次々とお客がやって来て、小さな軒先のテーブルは埋まってしまった。本当に近所の人たちが食べに来る店なのだなぁ、とちょっと安心した。
 そこからホテルに戻る途中で、玉皇宮にも寄った。例によって、シャツを広げて何か拝んでもらったりする人はいたが、この日の境内は比較的静かだった。どうも童乩の活躍する場面を見たければ、朝一番に行かなければならないようだ。ほどほどに廟をあとにして、ホテルに帰還。
 ここで荷物をまとめたり顔を洗ったりして、チェックアウト。お願いして、荷物は預かってもらった。最大で20:00ぐらいになるかも、と無茶なお願いをしたのだが、首相大飯店は快く引き受けてくれた。やはりいい宿だ。
 ついでに、阿憨鹹粥について何か情報を知らないか?、とフロントの小姐に聞いてみたが、荷物を預けた兄ちゃん(日本語文の中で「先生」と書くのは難しいな)と顔を見合わせて、返ってきたのは「たまたま休み」だったのではないかという悲しい答えだった。うーむ、まさか経営者が日本人ってわけでもないよなぁ。

阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)
 ホテルからはタクシーで、いきなり阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)へ。何もタクシーで乗りつけることはなかろうと思うだろうが、そこから東嶽殿方面に引き返すのが一番楽である。
 で、阿美「鳳梨酥」で当然のように鳳梨酥を買おうと思ったら、店頭にはカステラケーキの類しか置いていない。もしかして奥に何かあるのか?、とうろうろしたものの、何もなし。お店の人がカステラケーキの味見をさせてくれたので、それはそれで試食して、ふわふわしてうまかったが、日本に持ち帰るのはちょっと難しい。仕方なく拙い「國語」でふぉんりーすーと聞いたら、店の人はそばの棚から化粧箱を取り出した。
 どうやら日常的には、ここはカステラケーキの類を買う店のようだ。とはいえ有名な手作り鳳梨酥も、頼めばちゃんと売ってくれる。一般的なものより一個一個が大きな鳳梨酥は、外側の部分がしっかりしていて、なかなかうまかった。ただし一個一個が大きいから、カロリーも高そうだ(余計な一言)。

活気のある市場
 この店は市場の入口に面していたので、そのまま市場を歩いて、東嶽殿を訪問。しかし正午の東嶽殿では打城法事も既に終了しており、特別に見るべきものはなかった。早々に廟をあとにする。
 東嶽殿といえば振發茶行(リンク先は昨夏の記事)の近所なので、当然茶を買う予定だったが、いったんは素通りして民権路と青年路の交差点へ。
 ここには萬川號がある。肉包を2個買って食べてみる。感動の味というほど印象には残らないけれど、まぁうまい……が、何も肉包を食うためにお茶を諦めたわけではなく、目的地はコンビニだ。
 何のことはない、手持ちの現金が少なくて、お茶を買うのに不安があったわけである。

 今回の旅では、空港での両替額がたった2万円だった。ホテルと高鐵、それから台北でのマッサージがカード払いとはいえ、それで足りるわけはない。なので足りなくなったら随時クレジットカードでのキャッシングを利用した。
 キャッシング可能なATMは駅などにあるし、銀行、そしてコンビニATMも使える。手数料と利息はかかるけど、空港両替でも手数料は取られるし、海外でのキャッシングは一ヶ月以内の一括引き落としなので利息も知れている(そもそも一度のキャッシングは1万円程度だ)。
 空港で大量に両替した場合、最後は余った台湾ドルを再両替することになる。二重に手数料を取られる上に、レートも悪い。大量の現金を持ち歩くリスクも避けられるので、今後もキャッシングを利用するだろう(例によって、次の旅はずいぶん先になろうが)。

振發茶行
 結局、コンビニは府城隍廟の前にしか見当らなかった(そこは以前も利用したので知っている)。残り日程を考えて少しだけお金をおろし、府城隍廟はパスして(もう隅々まで見学済み)振發茶行へ向かう。
 店には先客がいた。そして、去年の夏に写真を見せてもらった孫の姿もあった。どうやら孫夫婦もお店に詰めているようだった。

 先客が帰るのを待って、さっそくお茶を頼む。
 厳じいさんはまだまだ元気で、安心した。そして孫夫婦がいるにも関わらず、厳じいさんはお茶の選定をすべて一人でやっていた。孫には、お茶を入れる箱を持ってくるよう頼んだだけで、あとは自分でやるのだ。何というか、じいさんのプライドを見た感じだった。
 じいさんの絶技もみた。文山包種茶を計り売りする際に、ざっと紙に取り出したお茶の葉を計りにのせたら、ほぼぴったり300gだった(上の写真)。拍手と歓声が上がったものであるぞ(上げたのは我々だ)。
 そんなわけでお茶を買って店を出る。我々の後にも客がやってきて順番を待っていた。ガイドブックに「日本人が大勢やってくる」と書かれる店だけど、百年老店の代表格として有名なだけに、台湾の人もけっこう訪れるようだ。たぶん頑固な厳じいさんがいつまでも元気にお茶を売ってくれるよう願うばかりである。

※後半につづく

2010/05/17

勝益食品公司(迪化街・中街)

勝益食品公司(迪化街・中街)
 勝益食品公司は迪化街の中街(民生西路と帰綏街の間)にある。
 写真の右側に見えるバロック式建築は、先に紹介した李春生ゆかりの聯華食品公司だ。

勝益食品公司(迪化街・中街)
 バロック式の装飾性の高い建築に比べると、シンプルな洋館である。しかし建物の上の菱形や四角の穴(鏤空)など、あちこちに細かな装飾は存在する。二棟続きというのも珍しい。

勝益食品公司(迪化街・中街)
 まぁしかし、なぜここを紹介するかと言えば、買い物したからである。
 買ったのはプチトマトとマンゴーの蜜餞だ。日本で買ったら、それぞれ十倍の値が付くから、わざわざ買いに来る価値はあった(この店でなければいけないかは知らないが、この店で買ったマンゴーとトマトは概ね好評だ)。
 で、買った客ということで店の中も撮らせてもらったわけだ。

勝益食品公司(迪化街・中街)
勝益食品公司(迪化街・中街)
 なんというか、昔ながらのお土産屋の景色という感じである。こういう乾物を見てキャーとか叫ぶような人間には出来ていないので、海外旅行のお土産にはならないなぁ、と思う程度だ。
 缶詰の類なんかは、もしも旅行の最終日だったら買ったかも知れない。しかし我々がここを訪れたのは初日である。荷物を背負ったまま見学する日程もあるので、あからさまに重いものはやめておいた。
 そもそも蜜餞を買っただけでも大変なのだ。どっちも1斤(600g)だから、いきなり1.2kg増えたことになる。ただ、トマトの蜜餞は去年も購入に苦労したので、躊躇せず買った。マンゴーはともかく、トマトはありそうでないのだ。