2012/05/13

修禅院(台南市東区)

修禅院(台南市東区)
 台南州立農事試験改良場宿舎群を過ぎたところで、駐車場の向こうに高層ビルを見る。なんとも形容しがたいビジュアルだが、まぁ宗教施設だということは一目瞭然。

 ちなみに、許嵩煙旧居(旧東門美術館)龍山寺→宿舎群→ここと、ブログの読者的にはものすごい距離に思えるかも知れないが、見学しなければ5分で辿れるよ。

修禪院
 ここは修禅院という施設である。
 資料らしい資料はこれぐらいしかないので、それによって記すと、舌浄という尼僧が1946年頃に創立した寺院らしい。

修禅院(台南市東区)
 ビルの内部はこんな感じ。
 もちろん2階より上もあるのだろうが、あまりに人の気配がなさ過ぎて、これ以上内部を探索する気になれなかった。

修禪院
 この仏はどうやら阿弥陀仏のようだ。上の資料では釈迦牟尼仏と薬師も祀るとあるから、たぶん上層に行けばそれぞれの祭壇があるのだろう。

 そんなわけで、derorenがとても消極的に拝拝していることが読み取れよう。しかし、ここは我々の主要な目的地の一つである。
 その理由は次の記事で。引き延ばすぜぇ。

2012/05/12

台南州立農事試験改良場宿舎群

台南州立農事試験改良場宿舎群
 龍山寺のすぐ裏手にまわると、見るからに日本家屋な一帯が現れる。
 ただしそれは、日本人町といった生活感を漂わせてはいない。すぐに思い出すのは、台南刑務所跡地の光景であった。

台南州立農事試験改良場宿舎群
 ここは1923年に日本の植民地政府によって設立された、台南州立農事試験改良場の宿舎である。要するに、民間人が必要に応じて建てたものではなく官舎だから、似たような構造になるのは当然だ。
 で、数ある宿舎の中で、ここが一番立派なものと思われる。なぜならば、ここは場長の宿舎なのである。

 現在、この場長宿舎は、台南市環境局の回収家具典蔵館として利用されている。公式サイトによると、月曜~金曜の午前9時から11時までの2時間のみ開館で、しかも五人以上の団体で事前申込が必要らしい。我々は申し込んでもいないし、人数も足りないので、外観を覗いただけだ。
 ちなみに回収家具典蔵館というのは、ゴミを減らす運動の一環で、リサイクル家具を展示しているらしい。宿舎の利用法として妥当なのかはよく分からない。

台南州立農事試験改良場宿舎群
 塀越しに中を覗くと、こんな感じ。
 巨大な樟の木立に囲まれた豪邸である。日本映画のセットみたいだ。

台南州立農事試験改良場宿舎群
 屋根には鬼瓦があったり、鴟尾っぽい瓦も見える。
 宿舎が建てられた当時は、ここは郊外で人家も少なかっただろうから、もっと牧歌的な景色だったのかも知れない。

台南州立農事試験改良場宿舎群
 さて、宿舎「群」として古蹟指定されるように、ここには他にも宿舎だった建物が散在する。ただしどれも柵に囲われており、見学というよりは覗きの対象だ。

台南州立農事試験改良場宿舎群
 フェンスの編目が写り込んでいるのは気にしないでほしい。
 どの建物も修復工事中らしく、内部がほとんど取り払われている。ともかく、場長宿舎より簡素なので、下っ端の宿舎であろう。下っ端ったってエリートだけどね。

台南州立農事試験改良場宿舎群
 こちらは、すぐ上の宿舎と向かい合っている。若干大きめの建物である。
 現状はかなりボロボロだが、うまく修復できれば日本料理の料亭ぐらいには使えそうだ。まぁ台南市が管理する以上、料亭にはならないんだろうけど。

 というか、一番料亭向きなのは場長宿舎。家具はむしろ、こういうシンプルな宿舎に展示すればいいのだ。


 こちらはやや修復が進んでいる印象。
 何に使うのかなぁ。3時間2000円ぐらいの貸しスペースにでもしたらどうかなぁ。いや、値段は日本の公共施設的なアレだけど。日本の都市部にこんな貸しスペースがあったら、きっと予約がとれない人気だぞ。

台南州立農事試験改良場宿舎群
 「拆」の文字が見える。解体という意味だろう。
 どうも見る限り、元々の宿舎の前面に増築された部分のようだ。原型に復すから解体するということかな。

台南州立農事試験改良場宿舎群
 すべての修復が終わるのは相当先ではないかと思う。
 いずれにせよ、宿舎群は既に車道が入り込んでいるので、公園にはし辛そう。まさか、すべてを環境局が利用するなんてことはないよね?

龍山寺(台南市東門路)

東門路を歩くに当たって、derorenはいくつかのガイドブックを参照した。と同時に、googleストリートビューも積極的に活用している。
 そこで旧東門美術館の周辺を見ていたら、近くに何やらあるらしいことが分かった。それ自体は奥まった場所で、ストリートビューの車も通らなかったようだが、ともかく見つけた以上は行くしかない。

龍山寺(台南市東門路)
 東門路を折れてみれば、この景色。全景が見えないぜ。まるで新田駅みたいだぜ(ローカル過ぎ)。

 ……説明しようと思ったが、余所のサイトでいい写真が見つからないぞ。

新田駅
 なので自前で載せてみるべ。
※新田車站(JR西日本・奈良線)1896年1月開業(舊奈良鐵道)
 遮住驛舍的大樹,是銀杏和辛夷。

龍山寺(台南市東門路)
 うむ。どうでもいい譬えで話がそれてしまった。毎度のことだが申し訳ない。
 ここは龍山寺。台湾旅行の経験があれば、この名前を聞いたことはあるだろう。ただし台北の龍山寺だろうが。

 龍山寺は福建省泉州の移民が建てた集会所みたいなものなので、台湾各地にある。一般に有名なのは台北艋舺(萬華)、また文化財的価値では鹿港龍山寺(国定古蹟)が挙げられる。そして台南にも、もちろんある。
 もっとも、台南の龍山寺といえば普通はここではなく、市の南部の海沿いにある四鯤鯓の寺を指す。少なくともderorenは、ストリートビューを見るまで、ここの存在は全く知らなかった。

 なおここの龍山寺は、寺伝に拠れば1715年(康煕54年)、大東門近くに祀ったのが始まりらしい。当初は老古石(要するにサンゴ)で建てた簡易的なもので、やがて朽ち果てたが、乾隆年間にちゃんとした社殿を建て直したという。
 そうして存続していた寺は、日本統治時期に大東路が拡張されたため、移転を余儀なくされた。その移転先がここらしい。

龍山寺(台南市東門路)
 いずれにせよ、現在の建物は、見るからに新しい。しかも階段がきつくて、tomopeeをベビーカーに乗せている我々にとっては、あまり入りやすい場所ではなかった。
 そこで、derorenが代表して拝むことにした。
 ……しかしそれは、これからの出来事の始まりに過ぎなかったのだっ。


 とりあえず階段を昇って一階を見渡すと、写真のように観音像が安置されている。ツカツカ歩いていったderorenは、さっと拝拝しようと思ったら、右手側から声を掛けられた。そこには、何とも人の良さそうな尼僧が笑顔で立っていた。
 尼僧は、まぁこれを飲みなさいという感じでコップを渡して、何か冷えた飲み物を注いでくれる。それは楊桃湯で、かなり美味だ。たぶん、今まで飲んだ楊桃湯で一番良かったと思う。

 ありがたいありがたい……と、ぺこぺこ頭を下げてderorenはその場を立ち去ろうとするが、その尼僧はまだ何か言いたげだった。
 しかし、言いたげなまま奥にひっこんで、しばらく戻って来ない。さすがにもういいだろうと、derorenは外に出る。hashiとtomopeeが木陰で待っているので、長居はできないのだ。

 ……が、そうして木陰でうだうだしているうちに、尼僧が現れた。彼女はtomopeeを発見してしまった。

龍山寺(台南市東門路)
 日本でもtomopeeは可愛いと評判だが(親バカ発言)、台南での人気もかなりなものだった。前日の西華堂に続いて、ここでも彼は尼僧を虜にしてしまう。
 荷物搬入路を通ってベビーカーごと入堂した我々は、農民暦を渡される(龍山寺のガイドを兼ねている)。そして尼僧の案内で、鉄筋三階建の堂内を巡り、そこに居られる仏を拝拝することになった。
 まぁ何というか、可愛いって罪よね。(読者の皆さん、怒っちゃイヤヨ)

 なお、写真はお菓子をもらったtomopee。ただし、このお菓子は彼には食えないので、帰国後に親が食べたゾ。

龍山寺(台南市東門路)
 二階は釈迦三尊。素木の一木造で、新しいがかなり手の込んだ仏像だと分かる。
 尼僧は、農民暦の表紙を指差した。そこには、切口が直径2mはくだらない樟の巨木が写っていた。これは大陸から運ばれたご神木らしい。

 同じ農民暦の寺伝によれば、2000年に龍山寺は火事に遭い、1982年に建てたばかりの鉄筋三階建てのうち、2階と3階を焼失してしまったという。
 そこで改めて立派な木を探して、掘り直して法要を行い安置したのが、現在の姿なのである。

龍山寺(台南市東門路)
 三階には千手観音像。
 これがもう、君は千手観音♪とかふざける気にもなれないほど立派な像だ。

龍山寺(台南市東門路)
 まぁしかし、日本にも本当に千手な菩薩はいくつか存在するけど、実際に見るとやはり驚かされる。何というか、この執念が菩薩の実在を保証していく様を追体験するような。
 もちろん、そこまでヘヴィな立場になくとも、一つ一つの造型を眺めるだけで楽しい。異国の来訪者を、無理矢理にでもここまで引きあげるのも、なるほどと思う。いいものを見た。感謝。

龍山寺(台南市東門路)
 一階に戻ると、尼僧は沢山のお土産を手渡してくれた。そして、左手で休んでいた別の老尼僧がtomopeeを呼び寄せて、日本語で「きれい」と褒めてくれたのだ。derorenとhashiは恐縮しつつも鼻高々である。
 写真は、いただいたものを別の場所で撮影したもの。既に紹介した蛋黄果も、ここでもらった。他にグァバとバナナ、漬け物、菓子、飲み物などで、いきなりderorenのリュックがパンパンになるほどだ。如何に歓迎していただいたか、この量でも分かるだろう。

 ちなみに、漬け物などはこの日の昼食時などに食べた。またバナナはtomopeeのおやつとして、帰国日の空港まで役に立った。で、お菓子だけは国境を越えて日本に持ち込まれている。日本のお菓子と似ているようで、どこか違う(味は……)。

龍山寺(台南市東門路)
 さて、そんな中に楊桃湯と思われる一本があった。
 堂内で飲んだものがとても美味しかったので、これも喜んでいただいたわけだが、ホテルの冷蔵庫に入れた後に、さぁ飲もうと思ったら、何か様子がおかしい。
 そう、明らかに醗酵しているのだ。

 まぁ醗酵そのものは驚くことではない。とはいえ、部屋で開けると中身が飛び出す可能性は否定できないので、とりあえず洗面台に移動してみた。
 恐る恐る蓋を開けようとすると………、ものすごい音とともに蓋はどこかへ消えた。そして、これもものすごい勢いで液体が飛び出して、洗面台はとんでもない惨状を呈すに至ったのだ。
 後で見渡してみると、飛沫は浴槽など部屋中についていた。まさしく大爆発だ。知らずに、外で開けたらどんなことになっただろう。derorenのシャツや髪の毛が被害にあっただけなのは、不幸中の幸いであった。

 そうして事件が起きた後に、こうやって写真を見ると、既にやばそうだったことが分かる。自分が飲んだものと違うボトルだけど、試飲した気になっていたから疑問に思わなかった。慌ててタオルで拭きながら、ちょっとだけ反省した。

 ともあれ、そんな後日談も含めて、とても印象に残った出逢いだった。龍山寺の尼僧の皆さんに、改めて感謝申し上げる。

2012/05/08

許嵩煙旧居(旧東門美術館)

許嵩煙舊居
 タクシーに乗り込んで、伝えた行き先は、東門路と林森路の交差点である。そうして東門路を進んだタクシーが、交差点の信号で停まるあたりで降りた。

 ここは府城の大東門を過ぎた城外。振り返ってみると、一軒の洋風建築が見える。

許嵩煙旧居(旧東門美術館)
 ここは数年前まで、東門美術館として使われていた建物。元々は許嵩煙という政治家の自宅で、日本統治時代に建てられたという。
 現在は空家状態で、余り魅力は感じられないが、2001年に歴史建築百景徴選活動の投票が行われた際には、36位にランクインしたそうな。

許嵩煙故居
 「許」字をデザインした意匠が見える。

原東門美術館
許嵩煙旧居(旧東門美術館)
 左右には、草花が描かれているが、それ以外は資料がないのではっきりしたことが言えない。中央は鷹? 両端は蟹にも見えなくはない。

 そんなわけで、4日目の午前は、大東門とその周辺を散策だ。これを書く時点で、もう一ヶ月半も過去の話。いろいろあったなぁ。

四海豆漿大王(台南成功路)

四海豆漿
 成功路と公園路の交差点に、煌々と輝く小吃店。台南初日から、ここは気になっていた。その上、狐狸氏もわりとご推薦だった。
 となれば、食べないわけにはいかない。しかし何か気になるのだ。
 
 そう。首相大飯店から至近距離で、たびたび通りがかったはずの場所なのに、なぜ我々は今まで足を運んでいないのだろうか?
 初回の旅では、豆漿とか蛋餅にあまり関心がなかったのも事実だが、それにしても……と疑念は尽きない。そこで帰国後に、過去の写真を漁ってみた。

※豆漿や蛋餅は台南伝統という感じがしなかったので避けていた。二度目の旅から解禁。

跡地は…
 じゃじゃーん。
 そうだ。ここはマックドナルドだ。無関心なのも当然だった。
 ……ただし、前回の旅の時には、もうこの店になっていたかも。前回は台南滞在が短かったので、どちらにせよ食べる機会はなかった。

 それにしても、マクドが撤退した跡地に、こちらもチェーン店だろうが遙かにローカルな四海豆漿が出店するとは、まぁ何というか台南だねぇ。

※台北などの四海豆漿との関係はよく分からない。店名が同じだからといって、本店支店とは限らないのが台湾の難しいところだ。誰か知ってたら教えてくだされ。

四海豆漿
 我々が訪れたのは、朝9時過ぎ。全く客はいない。この店の営業は、夕方に開店して翌日の午前中までという完全な夜型だから、ピークを過ぎた時間なのは事実だが、ちょっと不安になる。

 さらに不安になるのは、既に調理済みの蛋餅などが手前に並んでいること。
 もちろん、この手の店は外帯(テイクアウト)中心だから、並んでいることは問題ない。ただし、客のいない店のものだから、出来たてではない可能性がある。
 そして……、嫌な予感は見事に当たったのだ。

四海豆漿
 要するに、店内で食べる場合も、テイクアウト用のものを買うしかないのだ。
 豆漿はともかく、あとは作り置きを、無人の店内で食べるだけ。これは厳しい。味を云々いう以前に、旅行者の食事ではないな。

四海豆漿
 煎餃。台湾で焼き餃子を食べるのは初めてかも。
 日本では焼き餃子なんて普遍的だし、我々は王将の本拠地の住人である。なので、特に感想はない。

四海豆漿
 蛋餅。まずまず。
 温かい豆漿を飲んで、まぁ数多い食事の一回ならば、これでもいいかなと思った。実際、ホテルで食った直後だし。

tomopee
 もちろんtomopeeは暇を持て余している。神々の遊び……と言っても一部お笑いマニアにしか通じないので先に進もう。
 ディープな4日目、スタートだぜ。

2012/05/05

台南の日々も折り返し

首相大飯店
 旅行は4日目。朝から夜まで台南に滞在できるのは、この日が最後である。
 月曜日の朝なので、前日まで見かけた中学生ぐらいの一団は消え、少し静かになった。別の小学生らしき団体はまだ滞在中。3月末の学校ってどうなんだっけ。

 ちなみに、静かになったと形容したけれど、中学生たちが特別騒がしかったわけではない。首相大飯店のロビーはごく小規模だし、我々はいつも早いので、元々客は少ないのだ。
 この後に泊まったホテルの惨劇を思えば、首相大飯店の朝は天国のようだ。ツアー旅行に参加すると、毎朝が戦場になっちゃうのかねぇ。

 話がそれた。写真はderorenの分。この後に外で食べるので、少なめに盛っている。
 阿美鳳梨酥で売ってるようなふわふわのケーキ(本当にそこのケーキかも。derorenは試食しただけなので判断できないけど)は、tomopeeも喜んで食べた。滞在中は、この日しか並ばなかったので残念だった。

tomopee
 ホテルの部屋にも慣れたtomopeeは、つかまり立ちで探険中。

 なお、手で何かを握っているように見えるが、単なる椅子の傷だ。とにかく、今回の部屋はいろいろ古めかしかった。
 前にも書いたような気がするけど、風呂桶が傷んでるのは印象が悪い。鍵を差し込んで電気を付ける所も、接触が悪くてなかなか付かないし。

 ただしこれも、この後のホテルに泊まってちょっと考え直した点。
 そっちのホテルは新しいから、水回りももちろんきれい。だけど配置が悪くて使いづらかった。比較でいえば、古くともこちらの勝ちだった。

tomopee
 せっかくの台南なんだから、台南ならではのものに関心を示して欲しい。derorenはそう思うのだが、tomopeeは見慣れたカメラの紐に突進。こいつを引っ張るのが大好きだ。

 ともかく、こうして子連れ旅行の一日が始まった。
 本日(3/19)は、朝から昼前まで歩き、ホテルに戻って昼食と昼寝。夕方に再び市内を歩く予定である。

2012/05/04

景福祠から神農街へ

景福祠
 夕食を終え、海安路の駐車スペースに戻る我々。時刻はまだ午後7時半だ。
 大人だけの旅ならば、夜はこれからだぜって感じの時間だが、tomopeeに夜更かしはさせられない。

 どうでもいい話だけど、その昔、我々が住んでいるマンションには、幼い子を深夜まで外に連れ出している家族がいた。ひどい時は、深夜2時過ぎに子どもが暴れていたのだ。
 その一家は、数年前に忽然と消えた。夜逃げである。
 そんなわけで、ああいう育て方だけはすまい、とderorenは堅く心に誓っているゾ。

景福祠
 全く写真と無関係な話題になってしまった。毎度のことながら申し訳ない。
 ここは景福祠。以前に紹介したように、土地公を祀る廟だ。最初の電飾にあるように、清代の五條港の一つ、仏頭港の守護神である。巨大な蚊取線香もどきも健在だ。

景福祠
 内部も前回の訪問時と基本的に変わらないので、委細は省略する。
 なお、左右の上方に監視カメラが見える。台湾の寺廟には、本当に監視カメラが多い。というか、寺廟に限らず、そこかしこに監視カメラが付いている。すべてが動いているかは知らないけど、日本との文化の違いを感じる。

神農街
 仏頭港の跡地を歩いて海安路に出ると、今度は南勢港の路地だ。要するに神農街(北勢街)である。
 ただし、思ったよりも観光客は少ない。まぁ我々が台南を好む理由の一つは、ほどよく観光化されているこんな雰囲気なんだけど。


 こうして一日は終わる。deroren、hashi、tomopeeはホテルまで送ってもらい、そこで台南の友人たちと別れた。
 本当にありがとう、台南の皆さん。謝謝!
 derorenは、皆さんが愛する台南を、今後も日本語で紹介します。今後ともよろしく!!