2010/12/06

北港朝天宮 午前7時台の儀礼(二)観音殿

北港朝天宮 観音殿
 典礼終了後の朝天宮。典礼部隊が福徳正神方面に移動した頃、観音殿では別の行事が始まった。仏式の法要のようだ。

北港朝天宮 観音殿
 大天后宮でもそうだったが、法要は女性たちによって行われる。
 典礼の進行が男性によって為されたのとは対照的だ。まぁ執行役は女性だったけどね。

北港朝天宮 観音殿
 日本の念仏講だと言っても、そんなに違和感はない。そりゃまぁ、仏教は世界宗教だから当然なのかも知れない。

北港朝天宮 観音殿
 右の方は「安土地真言」「普供養真言」「開経偈」、左は「香讃」「浄口業真言」とある。「香讃」の末尾に「南無天上聖母菩薩」と手書きされているのが興味深い。

 念のために説明しておくが、真言といっても真言宗という意味ではなく、マントラ(呪文とでも言うべきか)を指す。「安土地真言」なら、「土地を安んずる呪文」と解釈すれば良い。
 cbeta(2010版)で調べると、『金剛経集註』など『金剛般若経』関係のテキストに散見する。どうやら経典を読誦する前に唱えるべき真言のようだ。土地(土地神)を祀るのは禅宗に多いとされるが、台湾のここでその説明が通用するかは不明。

北港朝天宮 観音殿
 花いっぱいの観音殿。
 それにしても、「南無天上聖母菩薩」というのが気になる。要するに媽祖と観音が同一視されているということなのだろう。
 確かに台湾の観音菩薩は海の守り神であり、媽祖と職掌が被るわけだが、この扱いは本地垂迹に他ならないことになる。

北港朝天宮 観音殿
 マニアックな話はさておき、こちらは観音殿への供物(?)など。
 ぶらさげているものもある。

北港朝天宮 観音殿
 佛の帆船のようなものは、恐らくは進香団の人がぶらさげたものだろう。なので供物ではなく、朝天宮の気を満たして帰るに違いない。
 下に置かれたものには、お茶の箱などが見える。さすがにここには豚肉や魚はなかった。というか、お茶の箱も、中身がお茶という保証はない。

2010/12/05

北港朝天宮 午前7時台の儀礼(一)

千里眼
 正殿での典礼が終わった午前7時。朝天宮の儀礼はこれで終わりではなく、引き続き他の祭神に対するものが行われる。
 一方で、典礼の場でなくなった空間には、詰めかけている多くの参拝者がどっと押し寄せる。そんなわけで、本日は千里眼将軍が門前の警護にあたっている。

順風耳将軍
 もちろん反対側には順風耳将軍。こういう造型を見ると、日本なら「鬼」と呼ばれる存在が「将軍」になってしまうという文化の違いを感じる。要するに赤鬼と青鬼なのだ(WARに「来日」した助っ人レスラーを思い出したりしないように)。

北港朝天宮
 さて、典礼は福徳正神前に場所を移していた。
 ちゃんと演奏隊もセットでまわるのが素晴らしい。

北港朝天宮
 この後ろ姿は北港鎮長だ。
 朝天宮のなかで、土地公が祀られるエリアは天井の低い隅っこだったりする。何だか扱いが悪いなぁという印象を受けたのだが、こうした儀礼はきちんと行われていた。

北港朝天宮
 神饌は、媽祖像前とは異なっている。丸鶏や蟹が供えられているぞ。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼(二)

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 生演奏をバックに行われる典礼。
 (一)と合わせて読んでも、式次第は分からないだろう。申し訳ないが、それは我々自身が把握していないためなので諦めて欲しい。
 まぁ賀詞を唱えて供物を奉納する儀式だし、それ以上の何かを連想させる所作は見えなかったけどね。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 こちらが媽祖像と対面する祭壇である。写真の左奥に像が見える。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 祭壇は香炉が置かれ、あとは供物が並ぶ。
 香炉の右奥に立っている人が補佐役である。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 供物の一部。肉も魚もあるので、精進ではない。日本の神社の神饌に似てなくもない。
 まぁそもそも、中庭に豚と山羊を供犠として祀っているのだから、精進になるわけはないのだが。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 典礼の大半は、こんな感じで執行役が媽祖とその両親に感謝を捧げる時間である。
 手にしているのは、上の写真の豚肉だ。要するに、典礼の開始時に既に並べられていたものを、いったん執行役の手に渡し、改めて神に捧げる形をとるわけである。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 ちなみに、一応derorenも膝をついた状態で撮影している。
 この場で撮影していた人々は、曾蔡美佐氏を上から撮りまくっていた。まぁその中には朝天宮の記録の人も混じっていたので、それで構わないということなのかも知れないが、個人的にはちょっとなぁ……と思ったのも事実である。

 もちろん、これも撮影に対するスタンスの違いなのかも知れない。撮影は儀式の邪魔という発想が、それほど特殊なものだとは思わないけどさ。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 といいつつ、この写真なんかは上から撮ってるんだけどね。何が重要な所作なのか分からないので、結局は全部撮ろうという発想になってしまう。
 ともかく式典は45分ぐらい行われた。来賓席で座ってる人々にとっては退屈な時間だったのではという気もする。音楽を聴きながらうたたねかな。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 典礼終了直後の門前は、こんな感じで進香団の人々が並んでいた。まだ朝7時である。
 北港鎮の長い一日は、まだ始まったばかりだ(打ち切りが決まったマンガみたいだな)。

2010/12/04

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼(一)

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 2010年5月6日。農暦3月23日にあたるこの日が媽祖生誕の日とされる。
 この日は朝6時から主祭殿での典礼が行われ、それが終わると朝天宮内の他の祭神に対する読経などが続く。また、そうした公式行事とは別に、各地の媽祖廟からの進香団がひっきりなしにやって来る。
 我々は5月3日午後に続いて二度目の北港入りだったが、進香団の数はこの日の方がだんぜん多かった。正面の道は進香団渋滞を起こしていたぞ。

 まぁともかく、そんな進香団をも門前に待たせて始まったのが、この典礼である。
 祭壇は前後に二箇所ある。写真に見えるのは手前の祭壇。行事としては、二つの祭壇と門の間を行ったり来たりするだけなので、基本的には退屈である。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 こんな感じで外へ行くのだが……。

北港朝天宮 天上聖母聖誕 典礼
 戻って来るわけである。
 我々はこの典礼の次第をほぼ知らないまま見ているので、その意義付けを語ることはできない。まぁ往還に意味があるのではなく、門をくぐって入るためには出るしかないということなのだろうな、という想像はつく。昔読んだマンガで、なぜ旅をするのかという問いに対して、帰るためだと答えるシーンがあったのを思い出す。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典礼
 典礼の内容は、この紙に書かれた通りである。北港鎮の人々が媽祖の生誕を祝して供物を奉るというもので、特に驚くようなことではない。
 で、印刷部分に書き込まれた三名が、典礼の執行役となる。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 そのほとんどを担当するのは、北港朝天宮董事會董事長の曾蔡美佐氏。婦人会組織のトップで、国民党の議員だった過去もあるようだ。
 奥の祭壇、つまり媽祖像に直接面した祭壇に赴く唯一の人物である。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 こちらは北港鎮長の蕭永義氏。激しい選挙戦の末に当選したらしいが、まぁこの典礼には特に関係ない。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 北港鎮民代表會の代表の蔡咏锝氏。官民挙げてということになるのだろう。
 この二人は手前の祭壇と中庭を往復した。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 こんな風に、媽祖とその父母に感謝の意を表している。
 ヤギを挟んで拝むのは、このヤギを捧げるという意味なのだろうか。

 この典礼は、観光客が見て面白いものかは微妙である。日本とは全く違う世界なので、そういう興味がもてる人にとっては有意義な時間となるだろう。ただし農暦3月23日が休みの時期に重なる機会は滅多にないし、朝6時に朝天宮にやって来るのも楽ではない。
 中国語OKなら、北港鎮の宿に電話交渉してみる余地もある(FAXやメールは奨めない)。もちろん、一年で一番客が多い時期なので、泊まれるかどうかは分からない。荷物もあるから、相部屋だったりしたら困るなぁ…と、我々は嘉義に泊まったのである。

 余談が続いてしまった。典礼特集はまだ続くのでよろしく。

2010/12/01

更新停滞の事情と灌頂を受けた話

 北港朝天宮の典礼の記事を書きかけて、停まっている。
 他にいろいろ用があったのも事実だが、実は深刻な問題が一つできて、そのせいで今後の方針が定まらずにいたりする。私にとって深刻なだけで、読者的にはむしろ笑い話の類なのだけどね……。

 要するに、典礼の中心となる女性を私は勘違いしていた。雲林県長ではなかった。そういうことである。
 で、実際には「北港朝天宮董事會」の董事長という身分で参加している人なわけだから、何も驚くようなことではない。従って、典礼自体もあまり重要視しなくて良いのではなかろうか、ということになる。
 まぁ単なる儀礼の所作として、面白そうな部分を取り上げればいいのかなぁ、という感じである。


大覚寺
 余談になるが、先週の土曜はチベット密教の灌頂を受けてきた。京都の大覚寺であった「チベット密教“灌頂”in京都」、大威徳明王のものである。
 詳細を書くと頭が爆発すると脅されたので、昼飯の写真だけ載せておくぞ(その昔に大学で見た「開くと目がつぶれる本」を思い出して懐かしくなったのは私だけだぞ)。

嵯峨菊
 これは灌頂とは関係なく、この時期には飾られている嵯峨菊だぞ。

 まぁ灌頂儀礼は物見遊山で行くべき行事ではないし、そもそも物見遊山で出せる値段ではない(1万円)。なので本気で修行を始めたい人か、何らかの研究対象としている人にしか薦めようがない。恐らくは現在求めうる最も正確な日本語解説付きなので、知りたいと思う人なら納得できるはずだ。
 我々はさすがに二度も受けないが、今日の時点ではまだ「チベット密教“灌頂”in奈良」の締切前なので、興味があればホームページの案内を見ておくれやす。
※念のために断わっておくと、我々は関係者ではありません。関係者に知り合いはいますが。

・Samayaプロジェクト21
 チベット密教“灌頂”in奈良

2010/11/26

北港朝天宮 典礼開始前

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 2010年5月6日朝5時45分の北港朝天宮。
 この日は媽祖の誕生日当日(農暦3月23日)であり、「天上聖母聖誕暨聖父母春祭典禮」という行事が行われる。媽祖祭礼の中心となる儀礼だ。
 この典礼が午前6時開始のため、我々は前日の夜に嘉義入りし、すぐに出掛けられるようにした上で早寝。当日は午前5時前起床で、5時20分にはタクシーに乗った。嘉義からはタクシーで25分程度の500元。台湾で使った交通費としては安くないが、ケチって遅れたのでは意味がない。日本のタクシーを考えたら激安だし。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 同時刻の門前。お土産の店はもう準備を始めているぞ。
 連日のように大量の爆竹にやられている道も、今だけはきれいに掃除されている。朝7時には始まっちゃうけどね。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 中では典礼の準備中。ただしギリギリまで一般参拝客が拝拝していた。この写真に見える人たちは、ほぼ全員が関係者だ。
 なお、典礼の関係者及び列席者については、儀礼の場における公人ということで、モザイクなどの処理はしない。

 で、もちろん読者の皆さんの注目は、中央手前のヤツに集まっていることだろう。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 豚である。
 これがまた、見事なまでに食肉用の豚だった。皮膚の部分に赤い印がいっぱい押してあるのが見えるだろう。我々はてっきり、何か儀礼に関係したものだと思っていたのだが、近づいてみたら食肉検査の合格印だった。うーむ。

 我々はかつて、日本国内の某祭礼で豚を殺すシーンを見学したことがある。
 それは祭礼として意味のある行為なので、「豚がかわいそうだ」とは思わない。この豚のおかげで我々の生活が護られるという論理なのだから、感謝はする。しかし「かわいそう」というのは、信仰を理解しない立場の戯言に過ぎないのだ。
 とはいえ、断末魔の叫び声はいつまでも耳に残ったのも事実だ。なので合格印の豚を見て、正直言えばほっとしたのである。

北港朝天宮 天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 来賓席。この写真の右側には、西洋から来たらしい老夫婦が、(恐らくは「来賓」の字が読めなかったのだろう)カメラを手にして座っていた。基本的にこの典礼は、カメラを持った人間にはやさしかった。

 で、もちろん読者の目は別のところに向いているよね。

天上聖母聖誕暨聖父母春祭 典禮
 ヤギさんだ。
 ちなみに典礼が終了すると、ヤギさんはすぐに持ち去られてしまい、豚だけが取り残された。なのでヤギを撮影したかったら、朝6時に来るしかない。それだけのために来てもしょうがないけどさ。

 ともあれ、こうして典礼の準備は整った。
 ギリギリまで一般参拝者が拝んでいたが、午前6時に祭壇中央部分はしめきられる。あくまでしめきったのは中央だけなので、典礼の間も拝拝の人は訪れていたが、媽祖像の前には行けなくなった。
 ただしカメラを持った人は入れたのだ。普通のコンデジの人でもウェルカムだった(しきり役の判断で変わる可能性があるので、毎年そうとは言い切れない)。
 二度と来れない可能性が高い儀礼である。撮ってもいいならめいっぱい撮ろう。そんなわけで次の記事からは、典礼特集の始まりだ。

2010/11/25

皇爵大飯店(嘉義)

皇爵大飯店(嘉義)
 嘉義で泊まったホテル。日通ペリカントラベルネットで予約した。
 台鐵で嘉義入りし、翌朝はチェックアウトせずに北港鎮へ往復し、その後に高鐵嘉義へ向かうプランだったので、台鐵嘉義駅の近くというのが絶対条件。そして初めての街なので、ランクを落としすぎるのも不安……という感じで調べたら、ここが浮上した。
 ホテルを決めてから、予約方法を検討。公式サイトからのネット予約は準備中で、ペリカン(名前だけで、実質は現地丸投げの模様)の予約が比較的簡単だったので、ここで頼むことにした。
 ネット予約とはいえ、その場で空室確認ができないのはやや面倒である(週末に予約すると、返事は月曜日)。とはいえ、メールの応対は特に問題なかったし、実際に宿泊する際にも、代理店絡みのトラブルはなかった。
 首相大飯店を扱っていないのは残念だが、余所が扱わない地区のホテルが多いし、現地ツアーも扱っているので、興味があれば見たら良いと思う。

 前置きはこれぐらいにしておこう。
 嘉義駅からは斜めの中山路を少し歩いて、信号を折れるだけ。距離的には申し分ないが、この看板の文字を見て、一抹の不安がよぎったのは事実である。日本でビジネスホテルがこのフォントを使ってたら、一抹の不安では済まないぞ。

皇爵大飯店(嘉義)
 しかしまぁ、中は普通のビジネスホテルだった。ロビーはけっこう広い。
 フロントは時間帯によっては日本語のできる人がいる。まぁ最低でも英語は通じるし、トラブルが起きない限りは問題ない。朝5時のタクシー手配も大丈夫だった。

皇爵大飯店(嘉義)
 そんなわけで客室。
 ほぼ寝るだけなので、一番安い部屋にした(一泊7000円ぐらい。ペリカン台湾は料金がシンガポールドル表示)。首相大飯店よりは狭いが、別に窮屈というほどではない。ただし細かい所に問題があった。

皇爵大飯店(嘉義)
 特筆するようなものはないが、問題は窓際である。テーブルと椅子があり、奥には電気ポットなどの置かれた台が見えるだろう。そこでderorenは、日本の旅行客なら必ずやる動作をして、不信感をもってしまった。
 そう。カーテンを開けて、外がどうなっているか確認したわけである。

 外がどうだったか覚えていないが、カーテンの陰になっていた床は汚れていた。見えないところは掃除しないホテルなのだな、と了解した。
 そして翌日には、チェックアウトしていないにも関わらず清掃されてしまった。我々の荷物が置かれたままだったにも関わらず、だ。
 フロントの人たちには感謝しているが、このようなホテルを推薦はできない。

皇爵大飯店(嘉義)
 バスとトイレはこんな感じ。バスタブは深めだった。
 翌日、北港鎮から戻ってみたら、バスタオルの類も新しいものに取り替えられていた。呆れ果てたものの、まだ我々が宿泊中の部屋なので、遠慮なく使ったぞ。
 台湾のホテルは12時チェックアウトなので、午前中に出歩いてから、11時半ぐらいにシャワーを浴びて去るようにしている。もちろんここでも遂行したが、盗まれていないか確認しなければならないというスリルは、できれば味わいたくないものだ(ちなみに、何も盗られてはいないので念のため)。

 ここは我々の宿泊後に、観光局が二つ星認定したホテルである。二つ星はハード面での評価らしいので、それはまぁ良いと思うが、サービス面で合格点は出せない。
 まぁ便利な場所で安めでフロントは頼りになるので、上記の問題を我慢できる人にはおすすめする。我々にしても、もしも同じ条件で嘉義に泊まらなければならないのであれば、貴重品の自衛をしっかりした上で渋々ここに泊まるだろう。

 なお、我々は北港鎮に出掛けたので食べていないが、ここは朝食付きである。