2009/10/23

安平小砲台

安平小砲台
 安平古堡から徒歩五分程度。
 ここから東興洋行までの海岸線は、台湾の西洋的風景が広がる。蠣殻煉瓦の色合いは独特で、旅行気分を高めてくれる場所である。

安平小砲台
 陽射しを遮るものがないので、日焼け止めは必須。
 というかまぁ、台湾で昼に出歩くなら、どこだろうと必須だが。

 1840年のアヘン戦争でイギリスに敗れた清は、国土防衛ということで各地に砲台を造ったという。
 台南ではここ安平と、対岸の四草に中国式の砲台を建造した。四草の方が原型を留めているということなのか、向こうは二級古蹟でこちらは三級古蹟。訪れる観光客は、こちらの方が圧倒的に多いだろう。

安平小砲台
 置かれているのは、当然だがレプリカである。
 なお安平「小」砲台という名は、後に巨大な西洋式砲台を造ったために名付けられたもの。巨大な砲台は言うまでもなく億載金城だ。

安平小砲台
 蠣殻のセメントは煉瓦を白っぽく見せる。
 間近で見るとあまり綺麗ではないが。

安平小砲台
 ある意味ではお約束のカット。
 この砲台がどれほど役に立ったのかは知らない。もちろん今は埋め立てが進んで、ここはもう使命を終えている。ちなみに台南は、けっこう軍事施設の多い町である。

2009/10/21

安平の2009年8月14日(その一)

台南市安平の海岸
 台北ウォーカー編の小吃ガイドが発売されたらしい。日本語ガイドとしてはそれなりなんだろうと想像されるが、恐らくは「旅旅台北」以下だろう。
 というか、どこかさっさと「食尚玩家」の日本語版を出せばいいのに。あんな文面、簡単に訳せるだろう。どうせ食い物の評なんだし。

 まぁそんな枕とは関係なく、安平の景色。
 ここは天后宮から先に進んだ辺り。視界の反対側に安平小砲台がある(たぶん次の記事で紹介する)。

台南市安平の海岸
 台風が去って、とりあえず大量の落葉。
 木の枝が、いかにも強風に煽られた感じになっているけれど、これは今回のせいなのかどうか。元々ここは風が強いだろうし。

台南市安平の海岸
 これはオブジェである。
 安平はやはり観光地らしい観光地。歩き回ればそれだけの発見はあるよ。

 そんなわけでしばらく安平編。
 正直、自分でも廟紹介ばかりで飽きた。まだ大量に残っているし、安平編でも沢山登場するけれどね(廟紹介を楽しみにしてる人がいたら、どっかで拍手でもしておくれやす)。

2009/10/17

慈蔭亭

慈蔭亭
 新美街を開基武廟方面へ歩いたら、またまた廟に出くわした。
 よく「台南では数歩歩くと廟に当たる」みたいな言い方があるけど、数歩じゃないにしろその数はとてつもない。街中が京都の寺町通みたいなもんだ(古本屋とか電器屋はないけど)。

慈蔭亭
 ここも装飾は立派だ。

慈蔭亭
 一七一九年の開基で、観音を祀るそうな。
 背後の「普陀山」は、この観音が舟山群島の普陀山から将来されたことをあらわすようだ(案内板による)。十九世紀にこの辺が風雨の害に遭ったことから、厚い信仰を集めているとか。

2009/10/15

開基開山宮

開基開山宮
 裕成水果の近くにある開基開山宮。なので入口だけ眺めて、まず我々はマンゴーかき氷を食った。正直、食欲を抑えてまで拝もうという気力はなかった。

 なお、手前の清掃車はわざと写してある。
 この日(2009.8.13)、台南市内は未だ断水中。そして水に浸かった家財などを回収する清掃車が走っていた。もう台南市内はほぼ正常化していて、清掃車はこの後は近隣の郷鎮へと救援に出掛けることになったようだ。

開基開山宮
 食べ終わって改めて訪問。小さな廟だが、文衡聖帝の聖誕(ママ)を祝う花が飾られている。ここは開基武廟からほど近い場所だし、関係があるのだろうか。

開基開山宮
 本尊は保生大帝であるという。
 そういえば、未だに保生宮の記事を書いてないなぁ。

 保生大帝の廟は、慈濟宮とか開山宮、呉真人廟などの呼び名があった模様。開山宮という廟も、乾隆年間には存在したようだ。その辺が「開基」の所以なのだろう。そうした古記の開山宮がここだという確証があるのかは不明。
 ちなみに興済宮は、観音亭(大観音亭)のそばにあると古記が記している。古くから現在地にあったのは確実である。

開基開山宮
開基開山宮
 門神画。ずっとこのブログにおつき合いいただいてる人は、そろそろ飽きただろうか。

 なお連横(連雅堂)の『雅堂文集』には「開山宮記」と題された文章が残されている。それによれば、ここは隋の虎賁中郎将だった陳稜を祀る宮であり、保生大帝(呉真人)説は間違いだという。
 隋の時代に陳稜は兵を出して「琉球」を攻めた。その「琉球」とは台湾のことで、従って漢人として初めて台湾を征服した人物こそ陳稜なのだと、雅堂氏は主張する。要するに「開山」の意味をはっきりさせようとしているのだ。

 連雅堂が主張するように、台湾に関わったことのない保生大帝(呉真人)を「開山」宮に祀るのはおかしい。ただ、陳稜説の是非はderorenには判断できない。
 なお雅堂氏も最後に触れているが、「開山宮」ではなく「開仙宮」とする資料もある。日本統治時代初期(雅堂氏が存命の頃だ)の台南地図にも「開仙宮街」と見える。「開山宮」と記したものの方が古いので、変化して「開仙」になったのかも知れないが、その辺も不明。

※2011.8増補

正徳堂

正徳堂
 日本で紹介されるのは初かも知れないが、場所はここ。達磨を祀るという。

正徳堂
 正面から見ると、手前の天井がどうにも珍しい。奥に足だけ写ってるオッサンもしきりにすすめてくれるので、さっそく拝見する。
 中が暗いってことでわざわざ明かりをつけてくれたし、ここのオッサンは親切だった。日本人が来たことに驚いたのかも知れない。

正徳堂
 八角堂は日本にもあるけれど、これは異教の聖堂を思わせる。
 描かれるものも各宗派に及んでいる。まぁしかし、この色彩感覚は台湾にしては穏やかで良い。黒っぽい廟ばかりだったし。

正徳堂
 内陣。あれ、達磨はどこにいるんだろう?
 なんちて。

正徳堂
 もう今さらどんな造形でも驚きはしないが、右のレツゴーじゅんみたいな人が達磨祖師である。
 そして左におられるのは、おそらく水仙尊王。中央でポーズをとるのは中壇元帥だ。水仙宮の神がいるのは、やはりここも水運と縁があったためだろうか。

2009/10/13

攤販街(神戸・南京町)

攤販街
 最近は廟の写真ばかりで画面が真っ黒だから、たまに毛色の違ったものを。
 南京町に出掛けたのは先月のシルバーシートみたいな名前の時である。びっくりするほど人がいた。前回は春節だったから人出も予想出来たが、なんのイベントもないのにギッシリだぞ。

 ………しかし、そんな状況にも関わらず、画面奥の店は全く待たずに座れた。明らかに流行っていなかったぞ。

攤販街
 そんな店をわざわざ選んだのは、ここのメニューに牛肉麺があるからだ。
 味は……、期待には十分応えるものだ。スジの残る肉(ちゃんとやわらかく煮込んである)といい、八角香るスープといい、正統派の紅焼牛肉麺である。

 ただし、非常に高い。いや、鼎泰豊(日本のフランチャイズ店)よりは安いけれど、1000円近い値段である。台湾の現地価格を知っていたら尻込みするだろう。
 ついでにこの店では、担仔麺も似たような値段である。それも、「台湾ラーメン」とメニューに断わってある(量もラーメン並み)。近くにいた家族連れは、辛い麺だと言いながら頼んでいた。台湾ラーメンは名古屋方面生まれの激辛麺なので、出来れば担仔麺の紹介で使うのはやめてほしいなぁ、と思う。

攤販街
 肉粽。
 実は台湾を感じさせるメニューはあまり多くないので、何を頼んでいいやらと迷った挙句のチョイス。あちこちの店頭で売られている、冷凍モノみたいなヤツとどれほど変わるのかは不明。別に不味くはないけど、私は茹でた方が好きだ。
 台南の再發號がそうだというだけではなく、我が実家(山形県酒田市)で彼岸に食べる粽(笹巻と呼ぶ)も茹でるタイプなので、あくまで個人的な嗜好の問題である。

攤販街
 小籠包は頼む気が起きず、水餃子を食す。まぁそれなりの味。でも、自分で作った方がうまいなぁ。
 水餃子は我が家の定番メニュー(一応、祖父母は満州帰りだ)で、ちゃんと皮から作っている。やっぱり皮はもうちょっと薄い方が好きだ。自作の皮も、市販のヤツよりは厚めにするけど(多少は厚い方がうまい)、これは厚すぎ。耕読園でも似たようなものだったし、主食としての餃子なら厚くてもしょうがないのかな。

 店員はちょっと素人くさかった。連休のみの手伝いかも。
 頼んでから料理が出るまでが遅い。手際の問題というより、人手が少ないのではないかと思われる。
 台湾でメシを食った経験者が行けば、なぜここまで日本的に呼び替えるのだと嘆きたくなるメニュー。にも関わらず、非常に台湾風味な牛肉麺を店のオススメと書くアンバランス。人に薦めるのは相当に躊躇せざるを得ない。

 でも万が一、また南京町に行ったらここで食うんだろう。
 牛肉麺食いたいから。

2009/10/12

玉勅聚宋宮

聚宋宮
 でかいんだかでかくないんだか微妙な廟宇。奥に見えるのも聚宋宮である。

聚宋宮
 奥の建物。ガレージに色を塗ったようなレベルだが、まぁ信仰にそういう形は関係ない……かも知れない。

聚宋宮
 手前の堂に祀られているのは、紀康馬三千歳。つまり、紀氏・康氏・馬氏の千歳である。

聚宋宮
 で、奥も基本的には三千歳なのだが、注目は両脇の二人。
 実は右が廬清爺、左が韓徳爺だそうな。うーむ。

聚宋宮
 門神画。
 初めて「これは印刷じゃないか?」と思った。