2009/05/01

台南というか主に安平と安南を満喫(4/30)

 台湾二日目。
 前日はさすがに疲れて寝たが、今日は予定では朝粥である。まぁどうにか復活したので、8時前にホテルを出て、サバヒー粥の有名店へ。
 まだ台湾の交通に慣れないので、赤信号でもやってくるバイクなんぞに戸惑う。私の命が終わるとすれば、こういう瞬間だったかもしれないが、どうにか無事に阿憨鹹粥に到着。筆談で魚肚粥と魚皮粥を頼む。油條は腹がふくれるので抜きで。
 で、このサバヒー粥がめちゃくちゃうまい。どれぐらいうまいかと言えば、翌朝もまた行ったぐらいに。とろとろの身は魚好きにはたまらないし、そもそもスープが濃くてしかもやさしい味。米もカキの身も香菜もいい感じ。絶対に食べるべきだ。
 さらにうまいのは、そのサバヒーの身を小皿に取って、備え付けの豆板醤みたいなものをつけて食べること。調味料の豆板醤ではなく、日本なら「醤油の実(酒田の名物)」みたいなもので、ほどよく甘辛いのが、淡泊で油たっぷりのサバヒーに合う。とにかくオススメだ。

 ということで、幸せな気分でそのまま崇安街を歩く。頂土地公廟、玉皇宮などを巡る。玉皇宮にはタンキーらしき人がいて、いきなりディープ過ぎてちょっとひるんだ。この後もたびたび感じたが、廟の由緒と信仰の厚さは何の関係もない。そりゃまぁ、信仰対象としては、力があるか否かだけが重要なのである。日本にだって今来の神への信仰があるではないか。
 ぶらぶら歩いてる内に光復市場に迷い込む。市場の雰囲気も、若干気後れがする。日本でだって、冷やかしで市場を歩くのはあまり気分のいいものではない。却って言葉の通じない外国の方がマシなんだけど、やっぱり精神的に疲れた。でも観光化されてない市場ほど面白い場所はない、というのもまた事実。台南はいいなぁ、となぜかグァバやレンブを買っていったんホテルへ戻る。

 この日のメインは安平である。ホテルでちょっとだけ休んで、今度はタクシーに乗って安平古堡へ向かう。妙に近代的な町並みを過ぎて、安平に入ると急に観光地っぽくなる。古堡には福建省の団体がいた。
 古堡の中で、台南市が旅行者向けにやってる保険カードを作る。事前に知っていたので迷わず申し込んだ。ちなみに顔写真をデジカメで撮影して、10分ほどで完成する。写真は白黒だけど、まぁなんか珍しいお土産だと思って作るが良し。無料だし、一応は保険だし。
 入って正面に昔の城壁があって、右手に古跡ではない塔などが立っている。中国人観光客も、ちゃんと城壁で記念撮影。まぁ一応解説があったのだろうが、一人ずつ記念撮影するのでいつまでたっても空かない。俺は人の写ってない写真を撮りたいんだ、と言っても始まらないが、この後も観光地では記念撮影組に悩まされたっす。
安平古堡

 古堡は何というか、いかにもな観光地である。その意味では緊張することがない。ツアーでまわるような場所は、赤嵌楼にしても自分たちの同類ばかりだから、気楽なかわりに異国にいる感じにならない。だんだんそれが物足りなくなったりもする。
 一時間ほど滞在して、外に出て陳家蚵捲で蚵捲と蚵仔煎を食らう。肉燥飯も頼んだ。どれもうまい。おーあーちぇんが特に良い。いいねぇ…と、周氏の店へ。ちなみに周さんの店はそこらじゅうにあって、豆花の有名店もあるけど、むろんこの場合は蝦巻である。
 本店まで歩く気力はないので、老店へ。蝦捲と膽仔麺(汁なしビーフン版)、ついでに杏仁豆腐を頼んだ。ここのタンザイミェンは食わなくても良かったという味。蝦捲は普通にうまいが、あまり台南って感じはしない。日本でもうけるだろう。杏仁豆腐は、疲れていたので長居するつもりで頼んだ。こちらは現在売り出し中の一品だけあって、まずまず。

 少し足を休めて、再び安平の延平老街をぐるぐるまわる。蜜餞は永泰興で5種類ほど買った。小学生の団体とすれ違う感覚は、さらに日本の観光地だが、日本の小学生と彼らには少し違いもあった。何せ、屋台の射的で遊んでいた。日本なら教師が事前に何度も「やってはいけないこと」と言っているだろうに。
 老街の雰囲気を写真に撮りまくって、ようやく徳記洋行へ。ここは安平樹屋とセットなわけだが、樹屋は観光客をにわかアーティストに変える。すごい景色だ。我々一行もガジュマルの絡まった景色を撮りまくる。結構広いので、構図にも困らないぞ。
安平樹屋

 徳記洋行の建物自体は、デーモン木暮の声が聞こえてきそうな蝋人形の館。みんな笑顔だ。こんな奴隷労働で笑顔なのか、とか思ったのは内緒だ。ついでにオランダ人のおばさんの顔が緑がかっているのも、グリーン姉さんなんて言葉を思い出した(一般人は決して「グリーン姉さん」でぐぐらないように)。

 もう一つの洋行は、オサレな店になっている。東興洋行では、なぜかドン・ヘンリーやニルソンの声を聴きつつミルクティーを飲む。ガジュマルに覆われた洋風建築物には洋楽が似合う。疲れた体にちょうどいい時間だ。
 なお、東興洋行の前は海である。なので上半身裸の子供たちがひっきりなしにやってくる。席に着いて飲むのではなく、アイスクリームをテイクアウトだ。暦の上では四月末にこの景色なのか、としみじみ。
 正直、沖縄より遙かに南で、北回帰線すら越えているという感覚は、あまりない。今回の時期の日射しは、まぁ日本の初夏の陽気程度。最近の日本の都市部の夏と比べれば遙かにマシだし、沖縄の夏のように日中は歩けないという感じでもない。暖かくて体は動くし、風邪も治って言うことなしだ。
東興洋行

 安平では最後にえびせんべいを買って、タクシーを探す。実は今日の行事はこれからが本番だが、そこではタクシー運ちゃんとの交渉が必要だった。とりあえず捕まえた運ちゃんにメモを見せ、順番にまわってくれと頼んだが、その運ちゃんには全く伝わらなかった。最後はホテルに戻ると書いたら、いきなりホテルに戻ってしまった。こりゃいかん、とあきらめてそのままホテルにいったん帰還。
 やはり現地の交渉は現地の人に、ということでフロントの人に交渉をゆだねてみる。なかなか時間のかかる交渉だったようで、十五分ほど待たされた。安平でちょいちょいと頼むのは最初から無理だったのだろう。
 ちなみに行き先は、鹿耳門天后宮→聖母廟(土城正統鹿耳門聖母廟)→花園夜市である(当初は一度ホテルに戻ってから夜市だった)。約二時間ほど運ちゃんを拘束する約束で出発。

 が、いきなり方向がおかしい……と思ったら、赤嵌楼前で止まる。首をかしげた我々は、持参の地図を見せた。どうやら「天后宮」の勘違いらしかった。フロントには地図も見せたから、運ちゃんの間違いだったのだろう。改めて長い長いドライブを開始する。
 花園夜市の準備中の前を通り、やがて安南区へ入る。両側が養殖池という景色を通り抜け、鹿耳門天后宮が近づいてくる。するとなぜか「正統天后宮」の看板が林立。うーむ、見上げたライバル関係だ、と関心した。
 鹿耳門到着。タクシー運ちゃんには、終わったら電話することにして、拝拝を始める。とにかく広い。時間が遅いせいか、それほど参拝者は多くないけど、何人かと似たようなタイミングでぐるぐるまわった。
 しかし、なぜああも派手なんだろう。日本ならここまで要求しないだろう、というレベルの装飾がわりと普通にある。そんな台湾の常識に照らし合わせても、ここはあり得ない派手さだ。でもせっかく台南に行ったなら、足を延ばす価値があるぞ。

 運ちゃんを呼んで、聖母廟へ。両者は車なら十分ほどしか離れていないが、はっきり言って賑わいには雲泥の差がある。鄭成功上陸地という「正統」争いでは敗れたはずの聖母廟の方が、ずっとずっと多くの人であふれていた。建物自体も鹿耳門の上を行く巨大さだが、人の多さはそんな問題とは違うだろう。
 一番違いを感じたのは、奥の三階建ての神殿の三階左側、月下老人の祭壇へ向かった時である。階段の壁にびっしり貼られているのは、カップルの結婚写真。御利益があればこそ賑わう。「正統」争いの無意味さを見た。

 そしてタクシーは、すっかり準備が終わって早くも人混みになっている花園夜市へ。ここで精算した額は700元であった。実際には二時間以上拘束したわけなので、まぁ日本と比べればもちろん格安だ。この額なら躊躇せずに貸し切りを頼めそうだ。今回はもうそんな予定ないけど。
 花園夜市は、すでに写真では見ていたけれど、本当に戦場だ。若い人が多いし、家族連れも多い。まずぐるぐる一周してから、阿美芭楽でスイカを買う。次に蔡家の臭豆腐。これは揚げた上にキャベツなんぞがかかってて、うまい。うまいが辛いので、口直しにスイカを食べた。おかしな客だったかもしれないが、悪い組み合わせではないと思うぞ。
 続いて、うまそうだった牛排(天王牛排?ではない)。驚いたのはスープで、パイ包みスープの中身はクリームシチューだった。かなりいける。牛排付属のパスタのような麺もやみつきになる。
 他にもいくつか買って、それでも疲れたので夜の八時過ぎにはタクシーでホテルへ帰った。いやぁ充実した一日であった。

※三日目の夜に書く。まだ元気だす。
※四日目の夜に誤字修正など。
※帰国後に写真追加中。

0 コメント:

コメントを投稿