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2010/11/26
北港朝天宮 典礼開始前
2010年5月6日朝5時45分の北港朝天宮。
この日は媽祖の誕生日当日(農暦3月23日)であり、「天上聖母聖誕暨聖父母春祭典禮」という行事が行われる。媽祖祭礼の中心となる儀礼だ。
この典礼が午前6時開始のため、我々は前日の夜に嘉義入りし、すぐに出掛けられるようにした上で早寝。当日は午前5時前起床で、5時20分にはタクシーに乗った。嘉義からはタクシーで25分程度の500元。台湾で使った交通費としては安くないが、ケチって遅れたのでは意味がない。日本のタクシーを考えたら激安だし。
同時刻の門前。お土産の店はもう準備を始めているぞ。
連日のように大量の爆竹にやられている道も、今だけはきれいに掃除されている。朝7時には始まっちゃうけどね。
中では典礼の準備中。ただしギリギリまで一般参拝客が拝拝していた。この写真に見える人たちは、ほぼ全員が関係者だ。
なお、典礼の関係者及び列席者については、儀礼の場における公人ということで、モザイクなどの処理はしない。
で、もちろん読者の皆さんの注目は、中央手前のヤツに集まっていることだろう。
豚である。
これがまた、見事なまでに食肉用の豚だった。皮膚の部分に赤い印がいっぱい押してあるのが見えるだろう。我々はてっきり、何か儀礼に関係したものだと思っていたのだが、近づいてみたら食肉検査の合格印だった。うーむ。
我々はかつて、日本国内の某祭礼で豚を殺すシーンを見学したことがある。
それは祭礼として意味のある行為なので、「豚がかわいそうだ」とは思わない。この豚のおかげで我々の生活が護られるという論理なのだから、感謝はする。しかし「かわいそう」というのは、信仰を理解しない立場の戯言に過ぎないのだ。
とはいえ、断末魔の叫び声はいつまでも耳に残ったのも事実だ。なので合格印の豚を見て、正直言えばほっとしたのである。
来賓席。この写真の右側には、西洋から来たらしい老夫婦が、(恐らくは「来賓」の字が読めなかったのだろう)カメラを手にして座っていた。基本的にこの典礼は、カメラを持った人間にはやさしかった。
で、もちろん読者の目は別のところに向いているよね。
ヤギさんだ。
ちなみに典礼が終了すると、ヤギさんはすぐに持ち去られてしまい、豚だけが取り残された。なのでヤギを撮影したかったら、朝6時に来るしかない。それだけのために来てもしょうがないけどさ。
ともあれ、こうして典礼の準備は整った。
ギリギリまで一般参拝者が拝んでいたが、午前6時に祭壇中央部分はしめきられる。あくまでしめきったのは中央だけなので、典礼の間も拝拝の人は訪れていたが、媽祖像の前には行けなくなった。
ただしカメラを持った人は入れたのだ。普通のコンデジの人でもウェルカムだった(しきり役の判断で変わる可能性があるので、毎年そうとは言い切れない)。
二度と来れない可能性が高い儀礼である。撮ってもいいならめいっぱい撮ろう。そんなわけで次の記事からは、典礼特集の始まりだ。
2010/11/25
皇爵大飯店(嘉義)
嘉義で泊まったホテル。日通ペリカントラベルネットで予約した。
台鐵で嘉義入りし、翌朝はチェックアウトせずに北港鎮へ往復し、その後に高鐵嘉義へ向かうプランだったので、台鐵嘉義駅の近くというのが絶対条件。そして初めての街なので、ランクを落としすぎるのも不安……という感じで調べたら、ここが浮上した。
ホテルを決めてから、予約方法を検討。公式サイトからのネット予約は準備中で、ペリカン(名前だけで、実質は現地丸投げの模様)の予約が比較的簡単だったので、ここで頼むことにした。
ネット予約とはいえ、その場で空室確認ができないのはやや面倒である(週末に予約すると、返事は月曜日)。とはいえ、メールの応対は特に問題なかったし、実際に宿泊する際にも、代理店絡みのトラブルはなかった。
首相大飯店を扱っていないのは残念だが、余所が扱わない地区のホテルが多いし、現地ツアーも扱っているので、興味があれば見たら良いと思う。
前置きはこれぐらいにしておこう。
嘉義駅からは斜めの中山路を少し歩いて、信号を折れるだけ。距離的には申し分ないが、この看板の文字を見て、一抹の不安がよぎったのは事実である。日本でビジネスホテルがこのフォントを使ってたら、一抹の不安では済まないぞ。
しかしまぁ、中は普通のビジネスホテルだった。ロビーはけっこう広い。
フロントは時間帯によっては日本語のできる人がいる。まぁ最低でも英語は通じるし、トラブルが起きない限りは問題ない。朝5時のタクシー手配も大丈夫だった。
そんなわけで客室。
ほぼ寝るだけなので、一番安い部屋にした(一泊7000円ぐらい。ペリカン台湾は料金がシンガポールドル表示)。首相大飯店よりは狭いが、別に窮屈というほどではない。ただし細かい所に問題があった。
特筆するようなものはないが、問題は窓際である。テーブルと椅子があり、奥には電気ポットなどの置かれた台が見えるだろう。そこでderorenは、日本の旅行客なら必ずやる動作をして、不信感をもってしまった。
そう。カーテンを開けて、外がどうなっているか確認したわけである。
外がどうだったか覚えていないが、カーテンの陰になっていた床は汚れていた。見えないところは掃除しないホテルなのだな、と了解した。
そして翌日には、チェックアウトしていないにも関わらず清掃されてしまった。我々の荷物が置かれたままだったにも関わらず、だ。
フロントの人たちには感謝しているが、このようなホテルを推薦はできない。
バスとトイレはこんな感じ。バスタブは深めだった。
翌日、北港鎮から戻ってみたら、バスタオルの類も新しいものに取り替えられていた。呆れ果てたものの、まだ我々が宿泊中の部屋なので、遠慮なく使ったぞ。
台湾のホテルは12時チェックアウトなので、午前中に出歩いてから、11時半ぐらいにシャワーを浴びて去るようにしている。もちろんここでも遂行したが、盗まれていないか確認しなければならないというスリルは、できれば味わいたくないものだ(ちなみに、何も盗られてはいないので念のため)。
ここは我々の宿泊後に、観光局が二つ星認定したホテルである。二つ星はハード面での評価らしいので、それはまぁ良いと思うが、サービス面で合格点は出せない。
まぁ便利な場所で安めでフロントは頼りになるので、上記の問題を我慢できる人にはおすすめする。我々にしても、もしも同じ条件で嘉義に泊まらなければならないのであれば、貴重品の自衛をしっかりした上で渋々ここに泊まるだろう。
なお、我々は北港鎮に出掛けたので食べていないが、ここは朝食付きである。
2010/11/24
噴水円環(嘉義)
嘉義市の中心にある中央噴水円環。我々にとってはランドマークでしかなかったが、ともかく嘉義市内を移動するなら必ずといっていいほど通る場所だ。
かつては桃子尾と呼ばれたとか、嘉義城の城壁があったとか、ここの歴史はとりあえず大台湾旅遊網(日本語)を読んでくれたまえ。「前の市長の許世賢様」とか、いろいろ笑える訳になっているぞ。
……まぁ大台湾旅遊網の日本語が怪しいのは、ここに限ったものではない。ただし、この記事で確信したことがある。これは機械翻訳ではなく、日本語力の怪しい人による人力だ。念のためにエキサイト翻訳を使ってみたが、市長に「様」とはつかなかったぞ(だいいち「様」に相当する語が中文版に存在しない)。
なお、この市長様はバカの一つ覚えで中山像を建てたとあるが、我々が見たのはこの「鱉躍江海」だけだ。
これはスッポンが暴れているのではなく、いわゆる鯉の滝のぼりらしい。赤い部分は鯉で、頂上は龍だと思われる。
昼に通るとあんまり目立たない。この写真でも、手前のマネキンに気をとられるよね。
いずれにせよ、国民党時代になってから円環として整備されただけなので、観光客がわざわざ訪れる場所ではない。旅行者にとっては、あくまでも目印である。
2010/11/22
郭家好吃店(郭家雞肉飯)
嘉義は雞肉飯の本場である。従って無数に小吃店が存在するなかでも、評判のいい店の一つが郭家雞肉飯だという。
最後の食事となる5月6日の昼食は、時間的な制約から噴水円環の周辺が限界だったが、ここは噴水円環から文化路を少し歩いたところで、何とか行けそうだ。というわけで、帰国の荷物を全部持ってここまで歩いた。地図はこちら。
一般には郭家雞肉飯の方が通りがいい。しかし看板に従えば郭家好吃店のようなのでタイトルにした。台湾の小吃店の店名はアバウトなので、厳密にする価値はないけどさ。
ごくありふれた小吃店である。座って注文して食うだけだ。
雞肉飯30元はわりとあっさりめで、鶏肉の油っぽい感じはほとんどない。これはかなり美味。日本の旅行者が食うなら、噴水よりだんぜんこちらがオススメだ。
魯肉飯30元。非常に珍しい鶏肉の魯肉飯である。
ただ、味は雞肉飯に劣ると思う。話題性はあるので一度は食べてもいいが、どちらかしか食えないなら雞肉飯にすべき。
綜合粿子湯50元。総合してるのかぁ、と頼んだのが失敗の元だった。
いや、味は別に失敗というほどでもなく、スープは悪くない。問題は粿子が何かを考えずに頼んだ点にある。「粿」の字の時点で気付くべきだったが……。
ニラと一緒に入ってるのは、うるち米を固めた餅。関西のお菓子の水無月とか、山形県新庄市付近のくぢら餅なんぞを連想してもらいたい(椀粿でももちろん可)。
我々は炭水化物だらけのメシを食べるので、あっさりしたスープを望んでいた。そこに炭水化物だらけのスープがやってきたわけだ。これを食べるのはかなり苦労した。
ただ、苦労した理由はもう一つの皿との相乗効果であった。
どどーん。糯米大腸50元だ。四品すべて炭水化物だぜ。死ぬかと思ったぞ。
ちなみにこれは、ソーセージのように腸にもち米を詰めたもの。粒々は落花生だ。腹が減ってさえいれば、抜群にうまい。うまいが、雞肉飯のつけ合わせにはならない。
念のため書いておくと、魚丸湯とか下水湯など、普通のスープ類もちゃんとある。そして、下の写真のように副菜も揃っているから、我々のようにバカみたいな頼み方をしなければ何の問題もない。
我々(というかderoren)がバカな注文をしたのは、時間がなかったせいだと思ってくれい(30分以内にタクシーに乗らなければならないので焦っていた)。
余裕があれば筍を食べたかったなぁ。
日本の観光客が嘉義で食べ歩く機会は、せいぜい阿里山への乗り換えのついで程度だろう。普通に歩ける人なら、駅からの往復と食事時間を合わせて一時間あれば足りるはず。
一応は噴水広場も通るし、ちょっと嘉義を歩いた気分にはなれる。まぁ今回の我々も、嘉義に泊まったけど似たようなものだった。
2010/11/21
噴水雞肉飯(嘉義・噴水前)
今回の旅では嘉義に二度立ち寄った。とはいえ、あくまで他に移動する中継地として寄っただけなので、事前の調べも交通と宿泊関係以外ほとんどしていなかった。
そんなわけで5月5日の夜、ホテルにチェックインの後に出掛けたのが、雞肉飯の店である。嘉義といえば雞肉飯。そして嘉義の雞肉飯といえば噴水だ、という知識は存在した(台南でも台北でも、雞肉飯の店はたいてい嘉義を名告る)。
嘉義駅から斜めにのびる中山路を歩くと、やがて噴水のある円環に着く。そこにある店が噴水雞肉飯である。実際にはチェーン店なので、市内のあちこちに店はあるようだが、店名の由来となった店舗はここだ。
駅からは、歩いて十五分もあれば着くはず。
店内は細長く、奥行きがあった。
ここは空いている席に座って、壁に貼られたメニューから頼む形式。メモって渡すのが無難だ。
まずは当然の雞肉飯(雞絲飯)40元。
感動するほどの味ではないが、嘉義の味だなぁと思いつつ食べた。
紅糟肉60元。文字通り、紅糟に漬けた豚肉を揚げたもの。これはうまい。奪い合いになるほどにうまい。オススメだ。
苦瓜湯20元。この旅では二度目の苦瓜湯。もちろん苦い。そしてここでも、あまりあっさりとはしていない。
鶏ガラスープにせよ豚の排骨スープにせよ、案外油っぽいものだ。
こちらは筍絲湯20元。メンマが入っている。
総じて評価をすれば、リピートしたいほどの店ではない。全体的に油っぽいし、あらゆる料理が鶏肉というのは飽きる。
もちろん、さっと立ち寄って雞肉飯を食べるだけなら、それで十分だとは思う。いくつか巡る中の一店として考えるのが無難だろう。
なお、ここより評判が良さそうな店に、翌日食べに出掛けたゾ。結論からいえば、そちらの方がうまかった。近々記事にする予定なので、例によって刮目して待っておくれやす。
再び嘉義へ
18時台の嘉義方面自強號は、ほどほどの着席率。
全席指定だが、乗車直前でも窓口で問題なく買えた。台南-嘉義という短距離だからというのもあったはず。
通過する駅構内などを眺めていると、高鐵よりは遙かに楽しい。貨物の側線も目にとまる。日本の旧国鉄みたいな雰囲気だ。旧国鉄といえば、駅員の愛想が強烈に悪かった記憶も同時に思い出すのだが。
普段の我々の生活感に即していえば、台南-嘉義は、京都市内から京阪で大阪に行くぐらいの距離だ。ということは嘉義・台南・高雄が京都・大阪・神戸みたいなものか。
京都から神戸に行くのは軽い旅行といってイイが、実はderorenは以前それぐらいの距離を通勤していた。正直、一度辞めてしまうと気持ちが切れるので、また通えと言われても躊躇するだろう。
余談ばかりになった。左に写ってる列車に乗っていたので、いつ到着したか分かるだろう。
到着ホームの上屋はどうってことないが、駅舎側ホームはここも廃レールのアーチである。
長距離バスのターミナル越しに嘉義駅を見る。
人口30万近い都市なのに、寂れた地方都市の駅とあまり変わらない。日本ならば、最低でも橋上駅舎にショッピングモールぐらいは造るだろう。まぁ台北駅はそうなったのだから、今後は変わっていくのだろうか。
とりあえず、歩行者に不便な地下道をどうにかして欲しいなぁ。
2010/11/20
愛と憎しみの交差点、台鐵台南駅
タイトルに意味はない。台鐵台南駅だけだと以前の記事と被るし、これという言葉も浮かばなかった。悲しみじゃなくて憎しみなのか?、という疑問には、ノーコメントだ。そう答えると、何か裏がありそうでカッコイイだろ?
derorenは枯れた味わいのオヤジでもないし、中学生でもネトウヨでもなく、もちろん女性でもないので、それなりの立ち位置を作っていくしかない。かといって、立ち位置を一つに定めるような愚かな真似もしたくない。一つに定められるようなイメージなど、所詮は安っぽい作り物に過ぎないではないか。
まぁそれ以前に、台湾関係以外は書かないという窮屈な個人ブログで、自分を追い込んだら更新が止まってしまう。
時々はマニアにしか分からない小ネタを混ぜ、たまには毒を吐き、そして記事のタイトルにはこだわらない。読者の皆さんは、そういうderorenの癖を適当に読み流しつつ、役に立つことがあれば利用していただきたい。
で、写真はあまりに平凡で、何もコメントはない。
強いていえば、レンズのせいで歪みまくっているのが嫌だなぁ、と。安物一眼レフを、一眼素人が使った絵なので、多くを求めないでくれい(要望ばかりだなぁ)。
台鐵台南駅は、日本でいえば上野や小樽辺りの親類になる(駅舎の建築様式において)。ちゃんとした鉄ヲタなら、駅舎の中も隅々まで撮る価値があるだろう。
derorenはライトな人間なので、アリバイ程度にしか撮っていない。そもそも駅を訪れた時間が夕暮れ時から夜にかけてなので、何にせよ暗すぎた。
廃レールのアーチが美しい。
関西のJRでは案外珍しくないのも事実だが。
こちらは出口。我が故郷の駅も、国鉄時代は入口と出口が別だったので懐かしい感じもする。経営的には疑問だけどね。
これはホームから高雄方面の列車を撮ったものだが、我々が乗車したのも同じ型。前々日の台南入りの列車とも同じだ。
嘉義台南間は今後も台鐵中心なのだし、新型電車を入れてスピードアップしてはどうかなぁ。途中駅のポイントをどうにかして減速箇所を減らせれば一番いいけど、緊急性に乏しいって結論になりそうだ。
そういえば、高鐵連絡線は予定通りに2011年1月1日に開通するそうな。
なんたって民国100年の記念日に開業と定めた以上、延期は許されないはずだ。その意味では、開通後にトラブルが続出するかも知れないネッ。
まぁ南廻線のように式典だけやって延期ってことはなさそうだから、ひとまず台南旅行のメインルートにはなるんでしょうな。
2010/11/18
台湾で宿泊施設を選ぶ基準は?
珍しく時事ネタ。
昨日、京都のゲストハウスが旅館業法違反で摘発された。楽天トラベルに登録され、開業一年半で口コミが70件以上もあったが、無許可営業だったわけだ。
その国の法律で必要とされるものを「コスト」として削れば、宿泊料金が下がるのは当然だ。しかしそれはフェアとは言えないし、無責任である。
日本のすべてのゲストハウスがこういう状況というわけではなく、しっかり営業許可をとった施設もちゃんとある。
まぁ摘発された所は、ゲストハウスを名乗っているが、口コミに書き込んでる客層を見る限り、格安ビジネスホテルを狙っていたようだ。
で、ここに書くのは、じゃあ台湾ではどうなの?、という話。
実は最近ネット通販で『大台北攻略完全制霸』というガイドブックを買った。これはかなり充実した内容で、台北ガイドとしてオススメしたいぐらいなのだが、一つだけ引っかかったことがある。各地区の宿泊ガイドに、必ずといっていいほどレンタルルームが載っているのだ。
気になってそのレンタルルームのホームページを見たが、要するに賃貸マンションの一室を借りるわけだ。確かに安くはなるだろう。しかし、営業許可をとっているとはとても思えない。
実際、交通部観光局でも注意を呼びかけている。「日租型套房」で強制わいせつと思しき事件が起きているといったことが書いてある。
ホームページの写真だけ見ると、オシャレな部屋でしかも格安だったりするけれど、観光客が宿泊するにはリスクが大きいと認識しておくべきだろう。
さて。
台湾の「民宿」や「ゲストハウス」の大半は、営業許可をとっていないという話を聞いたことがある。個人的に情報収集した範囲でも、とても許可がおりそうに思えないゲストハウスを見かけるが、実際はどうなんだろうね?
ちなみに、交通部観光局のホームページで「賓館」と入れて検索すると、それなりの数はヒットする。ただし「賓館」がゲストハウスである保証はない。というか、ゲストハウスではない可能性が高い。
日本人が経営しているからといって、何かあった時に責任をとってくれない宿には泊まれない。その辺、ちゃんと許可を得ていることを明示して欲しいものである(営業許可をもらっているゲストハウスがあったら、今後の旅行の参考にしたいので教えておくれやす)。
昨日、京都のゲストハウスが旅館業法違反で摘発された。楽天トラベルに登録され、開業一年半で口コミが70件以上もあったが、無許可営業だったわけだ。
その国の法律で必要とされるものを「コスト」として削れば、宿泊料金が下がるのは当然だ。しかしそれはフェアとは言えないし、無責任である。
日本のすべてのゲストハウスがこういう状況というわけではなく、しっかり営業許可をとった施設もちゃんとある。
まぁ摘発された所は、ゲストハウスを名乗っているが、口コミに書き込んでる客層を見る限り、格安ビジネスホテルを狙っていたようだ。
で、ここに書くのは、じゃあ台湾ではどうなの?、という話。
実は最近ネット通販で『大台北攻略完全制霸』というガイドブックを買った。これはかなり充実した内容で、台北ガイドとしてオススメしたいぐらいなのだが、一つだけ引っかかったことがある。各地区の宿泊ガイドに、必ずといっていいほどレンタルルームが載っているのだ。
気になってそのレンタルルームのホームページを見たが、要するに賃貸マンションの一室を借りるわけだ。確かに安くはなるだろう。しかし、営業許可をとっているとはとても思えない。
実際、交通部観光局でも注意を呼びかけている。「日租型套房」で強制わいせつと思しき事件が起きているといったことが書いてある。
ホームページの写真だけ見ると、オシャレな部屋でしかも格安だったりするけれど、観光客が宿泊するにはリスクが大きいと認識しておくべきだろう。
さて。
台湾の「民宿」や「ゲストハウス」の大半は、営業許可をとっていないという話を聞いたことがある。個人的に情報収集した範囲でも、とても許可がおりそうに思えないゲストハウスを見かけるが、実際はどうなんだろうね?
ちなみに、交通部観光局のホームページで「賓館」と入れて検索すると、それなりの数はヒットする。ただし「賓館」がゲストハウスである保証はない。というか、ゲストハウスではない可能性が高い。
日本人が経営しているからといって、何かあった時に責任をとってくれない宿には泊まれない。その辺、ちゃんと許可を得ていることを明示して欲しいものである(営業許可をもらっているゲストハウスがあったら、今後の旅行の参考にしたいので教えておくれやす)。
2010/11/17
中山路から民族路へ
開隆宮を後にした我々は、ひとまず中山路に出て、北東に歩いて民族路との交差点を西へ折れるルートを選択した。疲れているのでジグザグなルートは避けたいけれど、首相大飯店に辿り着くにはそういう形しかないわけだ。
で、小さな教会が見えた。中山路天主教会で、現在地には1925年に建てられたそうな。
民族路にあったのは台南護理専科学校。看護師養成の学校だ。中学校かと思ったのは、derorenがもう若くないからだろうか。いや、そんなことはないという天のツッコミが聞こえた気がする。たぶん。
既に紹介したニイミキミョクドは、その向かい辺りだったと思う。
白鵬の連勝記録が止まった昨今、相撲の文字が誇らしく輝いている。とりあえず、豆花は日式スイーツではない。
「美味しい」日式メニューの店もあった。寡聞にして日本で見かけたことはないが、どこかの地方の名物料理かも知れない。B-1グランプリになら混じっていても不思議ではない。とりあえず私にとっては他のメニューの方が魅力的なので、特に情報は求めない。
2010/11/16
開隆宮
2010.5の台南歩きの最終目的地となったのは、この開隆宮であった。過去二回の旅で立ち寄らなかった地点を一筆書きで結んでいったら、ここがラストになったわけだ。
実は首相大飯店に比較的近い位置にあることも、理由の一つだった(チェックアウトした後、夕方までホテルに荷物を預けていた)。
この宮は呉園(旧台南公会堂)の東北に位置し、中山路から路地に潜るのが一般的なルート。我々は前の記事で書いたように、呉園側から辿り着いた。いずれも道標があるし、中山路に面して派手なゲートも立っているから、迷うことはない。
日本人観光客はもちろん皆無。観光するような要素自体が皆無の小さな廟宇である。
しかしここは七夕になると、台南の子どもたちでいっぱいになる。「做十六」という、台湾でも唯一の祭礼が挙行されるためだ。
開隆宮の主祭神は七星娘媽(七娘媽)という。七柱の女神たちである。
元々1732(雍正10)年に浙江省(山東省という説もある)から神を勧請した際には、廟名も七娘媽廟だった。
この七星娘媽は、いわゆる中国の七夕伝説の女性側、織女である。正確には、織女とその姉六名という説明らしい。
仙界の織女は地上の牛郎と恋におちたが、そのために牛郎は仕事をさぼってしまい、天帝の怒りをかった。なので年に一度しか逢えなくなった……というストーリー自体は、特筆するほどのものではない(日本の伝説とはもちろん違う)。
問題はそこで、二人に子どもがいたという伝承が加わることだ。その子どもは織女らが引き取り、立派な大人に育てた。やがて彼女らを、人々は子どもを護る神として信仰するようになった。
このような伝承は、もちろん実際の祭礼などと関わりつつ生成したものだろう。「做十六」という祭礼は、単なる宗教儀礼ではなく、台南という社会のシステムの一部として機能していたものだ(過去形か現在形かは、私には判断しかねる)。
「做十六」とは要するに成人儀礼である。そのハイライトは、七娘媽亭という作り物の下をくぐること。くぐった瞬間に、十六歳の子どもは大人の一員となる。
七娘媽亭は仙界にある七姉妹の住居ということらしい(祭礼の最後に焼却される)。きちんと調べていないので断言は出来ないが、恐らくは子どもがくぐる際に、いったん(死んで)仙界に行き、再び人間界に生まれるのだろう。マニアックな例を挙げれば、諏訪の甲賀三郎が冥界に行き、戻ることで神に転生したようなものか。羽黒山伏の峰入も、まず最初に「死ぬ」よね。
成人儀礼が「死と再生」なのはわりと世界共通なので、そう間違ってはいないはず。一般人でも知ってそうなものとしては、胎内くぐりやバンジージャンプなどがあるぞ。
清代の五條港地区では、大人にならないと、働いても一人前の給料がもらえなかった。その子どもたちが大人になるイニシエーションとして始まったのが「做十六」であるという。
さすがに現代の台湾で、子どもと大人の境目がこの祭礼ということはなかろうが、ともあれ台南の人々にとっては特別な場所なのである。
ここは子どもに関わる神が一同に会している廟でもある。
註生娘娘である。まず子どもが欲しい人はここで拝拝。
続いて妊娠したら、臨水夫人で安産祈願。無事に生まれた子の成長は七星娘媽に頼めというわけだ。
もっとも、そういう役割分担がきっちりしているのは、たぶんここだけだろう。註生娘娘に健やかな成長を祈る場合も多いし。
奥には観音菩薩も祀られる。そして手前には小さな像だが、なんと清水祖師もおられた。他には土地公や中壇元帥なども祀られており、小さな廟宇のわりには盛りだくさんだ。
観光客の子どもが七夕に「做十六」を体験しても意味はないと思うが(帰属する社会が違う)、子どもについて祈りたい人は拝拝するが吉。新光三越(台南中山店)からも近いよ。
・開隆宮(すごいアドレスの公式サイト)
台南市中西区中山路79巷56號