2009/05/04

台北車站



 空港からタクシーに乗った我々が、初めて台湾の地に解き放たれたのがここである。
 実際には駅で高鐵の切符を買って、それから歩き始めたわけだが。


 この駅がとにかく判りにくい。いや、判りにくいといっても梅田よりはマシかも知れないが、高鐵の切符売り場を探して右往左往、さらにコインロッカーの場所も探し回った。
 事前にホームページである程度の位置を確認しても、この有り様である。地下街は方向感覚がなくなるから、本当に大変だ。ここで列車に乗る人は、時間に余裕をもった方が良いと思う(台鐵に乗るだけならマシかも)。

キャセイパシフィックの機内食(関西-台北)


 「ビーフorチキン?」だったので、二人で一つずつ頼む。こちらはチキン。
 オンラインチェックインで前方の席をとったので、もちろんどちらかが無くなっているということはない。まぁそんな豪華な機内食じゃないけど、食べたいなら前に座ろう。


 ビーフはニンニクが効いている。どっちも味はまぁまぁ。感動するほどではないが悪くはない。
 なお関空便は行きと帰りで機体が違っていた。エアバスの方は二人席があって便利なのだが、とにかく狭い。三人席しかないボーイング777-300の方が遙かに快適だった。この写真は(見ても判るわけないけど)エアバスの方でござる。

台南より帰国

神農街
 ということで台湾より無事に帰還しますた。いやはや、あっけない帰国で、どうにもまだ気分が変わりきっていない。何せ本当にギリギリまで台南を歩いたからなぁ。
 とりあえず、実際に台南に行ったという証拠を一つ。神農街のちょっとオサレな写真である。なんつーか、あの辺はアートな空間ですな。

2009/05/03

帰国ぎりぎりまで台南を歩く(5/3)

 あっという間の帰国日。なんだか実感がない。というか、帰りたくないなぁ。
 今日は桃園に行かねばならないので、時間はごく限られている。朝食はホテル(首相大飯店)で軽く済ます。4泊しておきながら初めて食べたぞ。グルメも満足というほどではないけど、生ジュースも飲めるし粥もあるし、別に文句をいうレベルでもない。
 というか、ここで無理を言ってスターフルーツを切ってもらったから、感謝感謝である。総じて、ホテルの人たちは親切だった。首相大飯店にみんなで泊まろう!

 ホテルからタクシーで開元寺へ。台湾を代表する古寺であるだけでなく、ここは台南行きを決意するきっかけとなった「台南・ダイアリー」ゆかりの地。何がなんでも行かねばならなかった。
開元寺
 南国のお寺はなんとも不思議な空間だ。寺の両隣は保育園と病院で、いかにもお寺という感じ。境内のガジュマルやボダイジュの樹下には、車椅子の人が何組かいる。病院から外の空気を吸いに来るのだろう。
 樹下は心地よい風が吹いて、時を忘れてのんびりできる。幸いにして一度も雨に降られなかったし、湿気が少ないのもいい。
 まぁ開元寺の記事は別に書くつもり。相方の姿が見えなくなったと思ったら、お勤めに混じっていた。私も混じりたかったが、既に席が埋まっていたので外で見学。信仰心の有無はともかく(一応、私の実家は曹洞宗だな)、勤行を眺めるというのは虚しいものである。

 大通りの開元路まで歩いてタクシーを拾う。次の行き先は海安路と民族路の交差点だ。神農街など五條港文化園区を見て、水仙宮のある市場をぶらつくというのが最後の台南歩きとなった。

大竹林汾陽殿
 で、いきなりタクシーを降りたらパレードに出逢う。実は昨日も別のところ(林百貨店のとこ)で遭遇していたが、今回はまぁアレだ、廟の左右でたすきをかけて、いつも選挙演説中みたいな御方が歩いていたぞ。
 謝将軍も范将軍も、まさしくお廟にいるまんま。というかお廟に鎮座しているのは仮の姿で、中に人が入って練り歩くものだったとは。台湾の信仰は底が知れないなぁ。

 なお、探したらyoutubeに載せてる人がいたので紹介しておく。我々が遭遇したのと同じ日の大竹林汾陽殿の一行である。ずっとついて周ったらこんなのも見れたんだなぁ。

 さて、ともあれ一行はトラックに乗って爆竹鳴らして去っていったので、我々も移動する。
 海安路と神農街の交差点付近は、古い建物の壁にいろんな絵が描かれて、ちょっと小洒落た店もある。最近売り出し中の場所らしい。そこから神農街を進み、途中の金華府を拝み、前方に見えた薬王廟へ。
 薬王廟は高層ビル(3階建だ)。ビルにはちゃんと集会所などの施設もあって、狭い敷地を有効利用している。ただし3階からの見晴らしはそれほどでもない。なぜなら、周囲の家も軒並み高層化しているからだ。
 台南は(台南に限った話ではなかろうが)本当にコンクリートのビルだらけ。古本屋で二階に昇ろうとしたら、階段が歪んでいてクラクラした。市内の住環境は結構大変なんだろうなぁ、と思う。

 そこからかつての台南の西端、接官亭(風神廟)へ行き、市場へ。
 実は我々は、残り少ない時間(リミットまで一時間)の中で江水號へ行きたいと考えていた。が、前日にネットで見た住所がまるでアテにならず、仕方なく市場で筆談してみるも、結局辿り着けなかった。
 帰国後に確認した結論としては、お店の人はそれなりに正確な場所を教えてくれたのではないかと思われる。とはいえ、「点滅信号の二筋先を左折」の二筋がどこを指すのか確認する余裕はなかった。今度の旅への積み残しだ。
 ………また行けるのかなぁ。行きたいなぁ。

 市場の中央に埋もれる水仙宮を拝んで、市場をぶらついてそろそろタイムリミットが近づいてきた。しかし我々は飯を食わねばならぬ。そこで市場に隣接する有名店でテイクアウトすることにした。
 金得春捲は、その場でいろんな具(でんぶらしき甘いものから豚肉、臭豆腐、キャベツなど)を巻いてくれる生春巻。安くてボリュームもあって、なかなかうまい。こちらはあっさり買えた。
富盛號
 問題は隣の富盛號である。碗粿の超有名店は大行列。一度に蒸し上がる数には限りがあるし、予約も入っているし、店内で食べる客もいる。ここでずいぶん時間を食った。現地人が無理矢理おばちゃんと交渉して先に食べようとしていたが、さすがに我々には真似できないのでただ待つのみ。ほぼタイムリミットの時間にようやく入手できた(時間があって席が空いていたら、その場で食べるのが一番)。
 テイクアウトの二品は、高鐵のホームで食べた。碗粿は予想以上にうまい。弾力のある生地に甘めのタレがかかって絶品である。これは並んででも食べる価値がある。

 その後、タクシーでホテルに戻り、預けてあった荷物を受け取ってまたタクシー。「シンカンセン!」で通じた。すごいねぇ。
 高鐵はなんと指定席が取れず、渋々自由席へ。実は指定席35%割引の最終列車だったので、自由席の方が高いのである。まぁ台南駅の時点ではガラガラだったからいいけどさ。
 疲れ切った私は車内で寝てしまい、気がつくと桃園駅。自由席も混んでいた。なんというか、新幹線と何も変わらぬ利用をしてしまった。

 桃園駅からはバスで空港へ向かう。大名旅行だったので、実はこれが初のバス。短い時間ながら三列シートのバスを体験して、ちょっとご機嫌になる。
 が、空港に着いて焦った。携帯電話の返却スペースが見つからないのだ。実は返却スペースは二階なので、一階のチェックインカウンターでいくら探しても見つかるわけはなかったのだが、ここで時間をロス。
 それでもどうにか無事に返却、ついでに新東陽で残った台湾ドルを捌かすべくお土産を買った。そしたら出国審査の大行列で、どんどん出発時間が迫る。焦りまくって、どうにか脱出。向かって左奥のブースが早いぞ。
 結局、本当にギリギリで搭乗した。空港の写真を一枚も撮ってないのだから大変だ。まぁ搭乗便の出発を遅らせてはいないので、許しておくれやす。

 帰国便はあっという間に日本に着く。地上に降りてから空港内をぐるぐる周る時間が長かったぞ。
 で、インフル騒ぎの空港でチェックシートを記入して、どうにか日本国内の人となった。どうにか、とは言ってみたが、あっけない話だった。
 空港で飯を食って、ラピートから鉄道を乗り継いで、午後11時ぐらいに帰宅。帰りの車内ではちょっとのどに異変があった。インフルのせいではなく、どうも日本の空気に慣れなかったせいのようだ。
 ああ、台南は良かったなぁ。これを書いてる今も、まだ時々台南気分が抜けなかったりする。もう仕事したくねぇっす。

2009/05/02

台南市街の南部を中心に歩く(5/2)

 既に帰国後で、もう写真入りの記事をアップし始めているが、一応防備録も兼ねて日々を記録する。

 前日に赤嵌楼などを巡ったので、今日は孔子廟などを見てまわることとする。そこで朝からタクシーに乗り、西門路と府前路の円環へ。なぜそこで降りるかといえば、そこに阿堂鹹粥があるからだ。
 頼んだのは魚肚と魚皮で、阿憨鹹粥と全く同じだったりする。店はすごく混んでいて、頼んでからけっこう待たされた。周囲もどこか殺伐とした雰囲気である。まぁいつものことなんだろうけど。
 どうでもいいが、一番端のテーブルには一族郎党って感じの人たちがいて、なんとワインを飲んでいた。屋台のサバヒー粥とワインだ。私には考えがたい組み合わせだ。そもそも魚とワインって合わないじゃん。

 食事を終えた後は、孔子廟へ。武徳殿なんぞも眺めてみるが、日本からやってきた観光客にはたいして魅力もない。海外に行ってまで日本建築は見なくていいや。まして、現在に残った理由も建築様式の問題じゃなくて、コンクリ造りで頑丈だったからに過ぎないわけだし。
 孔子廟ではリスを見物して、中へ。まわりに日本語を話す人がいた。安平でも赤嵌楼でも逢わなかったので、何となくびびる。出来れば日本人だと気づかれたくないなぁ、と思った。深い意味はないけどさ。

 孔子廟を出た後は、五妃廟へ向かう。途中でなぜか記念写真を撮ってるくーにゃんがいたので不思議に思って見たら、窄門咖啡だった。さすが有名店だ。興味はあるけれど、今回の限られた日程の中では、台湾的なものを優先せざるを得ないのでパス。次の機会に行ってみたい。
 莉莉水果店は食べる気でいたが、こちらも席が空いてなかったのでパス。裕成水果で既に食べているので、執着はなかった。ただし次回があれば候補地に入るだろう。
 そのまま歩いて大南門公園へ。大南門の楼上は風が吹いて涼しかった。学校のグラウンドを見ながらしばらく休む。同じ公園内の旧放送局は、カフェにでもすれば人気が出そうだ。

 五妃廟はなかなか遠い。しかも日陰のない公園の中央にぽつんとあるので、なおさら体力を消耗する。どこかで糖分補給が必要だ。
 ということで、廟の前にある郭家緑豆湯(『台南好味道』に載ってる店)へ。緑豆湯と薏仁湯を食す。どっちも優しい甘味で、非常に美味。緑豆湯は糖蜜の風味で、小豆より小さくプチプチした緑豆が絶妙。薏仁はハトムギらしい。麦というか米というか、そういう系統の甘味がある。緑豆湯に比べると好みが分かれるに違いないが、穀物の自然な味なので私は気に入った。

 そこから法華寺へ歩き、さらに延平郡王廟へ。延平郡王廟はお祭り中で、15:20より舞台と掲示されていたが、諸事情により待てないので適当にぶらぶらして、ちょっとお土産を買う。
 この延平郡王廟には鄭成功のパネル展示があって、そこには中国語・英語・日本語が並ぶ。つまり、パネルのどこを見ているかで、どこの人なのか判るわけだ。
 相方がパネルをやたら熱心に見ていて(ちょうどチャンネルNECOで金庸「鹿鼎記」をやってる関係だ)、先に読み終わった私は近くの廊下で待っていた。すると中年男性がやってきて「トイレはどこか」みたいな質問を、たどたどしい日本語でするわけだ。私に聞かれても困るので「さぁどこでしょう」みたいな返事をしたら、しばらくしてお土産物売り場にいた私の元に再び現れた彼。「トイレはあっちから外に出て右の方ですよ」と、やはりたどたどしい日本語で教えてくれた。そこで初めて、私はトイレを探していることになっていたのだ、と気づいた。
 でもなぁ。別にきょろきょろしていたわけでもなく、近くにあった井戸の模型みたいのを眺めていた私に、そんな親切をわざわざするかねぇ。その人も相方と来ていたようだけど、自分が習ってる日本語を試してみたかっただけではなかろうか、と思う。
 もっとも、試してもらうのは全く構わない。何だかんだで、結構楽しい経験だった。

 そこから友愛街へ戻り、日本時代の建築が並ぶエリアを一通り眺める。まぁこれだけ並んでいれば、ちょっとしたテーマパークなんだよな。
 ただし、目的地はそこではない。さらに友愛街を進み、ついに着いたぞサカリバ。棺材板を食うためにやってきたやってきた。
 赤嵌棺材板は混んでいたが、席がないほどではない。注文は紙に書いて先払いの形式。棺材板と青菜の炒め物と汁を食う。タウナギも予定していたのだが、前日にもう食べたので割愛。
 棺材板はアイディア料理ですな。パンが妙にうまい。台湾全土に広まったのもうなづける感じである(他の店でも同様にうまいかは知らない)。

 サカリバを出た我々は運河まで歩き、そのまま運河沿いを永華路まで歩いた。実は相方がどうしてもマッサージの店に行きたいというので、夕方に予約を入れていた。その店が永華路の運河の畔だった。
 その店、鄧老師養生館の評価については、私が体験していない以上触れるつもりはない(相方がmixi上で何か書くだろう)。まぁでも二時間の贅沢な内容で、当人は満足していたようだ。あとは公式サイトなり紹介記事(台北店)なりで確認しておくれ(ただし公式で「日本語」を選ぶと大変なことになるので注意)。

 私はその間、台南新天地で休むことにした。まず、じっくりとトイレに籠り(おっと失礼)、それから食料品売り場を眺めて、フードコートの翰林茶館で珍珠奶茶(ただし砂糖抜き)を飲む。食感が楽しくて、日本で何度か飲んだ類似品とは別物だ。ただし腹がふくれるので注意。
 食料品売り場は眺めただけではなく、お土産も買った。何を買ったのかは諸事情により書けない。知り合いが見る可能性のある場所で、それを書くのはちょっとまずかろう。

 午後6時過ぎにマッサージを終えた相方と再会。台湾HiPowerで借りた携帯は、けっこう使う機会があった(トータルでは基本料金内だったが)。何らかの形で携帯は持参すべき。宣伝じゃないけど、台湾HiPowerは安くていいよ。ただし携帯は本当に最低限の機能しかないけど。
 金華路を歩いて矮仔成蝦仁飯へ。日本語のメニューもあったが、なくともあまり問題はない。蝦仁飯と蛤仔湯を食す。正確にいえば片方は、肉絲飯と蝦仁飯が半々になった「綜合飯」だったが。
 この店の味はすごく日本的だ。蝦仁飯はちょっと猫まんま的で、飽きない味。うまい。

 ガイドによると林家魚皮が近くだったので、次のターゲットに選んだのに見つからず。途方に暮れてタクシーを拾い、赤嵌楼へ。どうせホテルの方向だし、まだ食ってない赤嵌担仔麺で食おうと思ったわけだ。
 すると赤嵌楼はライトアップされ、何やら舞台が作られていた。せっかくなのでしばらく眺めることにする。さらにせっかくなので義豊阿川冬瓜茶で冬瓜茶と冬瓜拿鐵をテイクアウト。幸運にも席もあったから、ゆったりと座って飲む。いやはや、この冬瓜茶はうまいわ。

 舞台で始まったのは、地元の子供たちによる踊りだった。発表会みたいなものか。しばらく眺めてたら、いきなり市長が現われて挨拶。この市長、やたら話が長い。日本だったらブーイングものだが、いかんせん話の内容が判らないので何とも。
 数組で飽きて、席を立ったらおばさんがダッシュで座った。さすがだ。

 で、赤嵌担仔麺(リンク先は音がするので注意)へ。ここは座席指定でメニューと注文用紙を渡され、用紙に書き終えたら一階で先に清算するシステム。二階席でメニューを選んで一階で清算するというのは、あまり合理的なシステムと思えないけれど、一階レジの奥には小皿料理が並んでいて、それは自分で取って清算するしかないから、仕方ないのだろう。
 ここの担仔麺には「うどん」もある。せっかくなのでそれも頼んでみた。全くそれはうどんではなく、むしろ極太のビーフンといった感じだった。うまい麺だけどね。
 一品として、青菜の炒め物、タケノコの炒め物と豚、を頼む。これらはいずれもうまい。ただし担仔麺はちょっと評価が厳しい。たぶん地元ではいいんだろうけど、ニンニクが効きすぎるのだ。翌朝までニンニク臭が残ったぐらいだ。

 まぁともかく、そんなグルメな一日も終わり。あとは最終日を残すのみだ。
 ギリギリまで台南を歩きたいので、予定より一時間遅い高鐵に乗ることに決めた。実はかなり危ない予定変更だったけれど、まぁどうにか帰国出来たから良し、だ。

 なお、帰国便も1日夜にオンラインチェックインを済ませてある。部屋でネットが使えると、こういうことも可能である。

台南市内をひたすら歩く(5/1)

 長々と書く余裕はないので、行き先だけメモっておく。
 朝。阿憨鹹粥で昨日と同じ朝食。ワンパターンでもいいじゃない。人間だもの。
阿憨鹹粥

 で、本日はそこから大銃街を歩く。烏鬼井を探していたら、日本語で呼び止められた。息子が神奈川県で働いているという老人に井戸の位置を教えてもらう。台南に来て、初めてそういう世代の日本語を聞いた。なんか感動。
烏鬼井

 大銃街はなかなか雰囲気がある。三山国王廟縣城隍廟開基天后宮と巡り、成功路に出た。ここからは台南きっての観光地へ。赤嵌楼を巡って、度小月でタンツァーミェン。これはうまい。肉ミソ一つで味が劇的に変わるものだ。
 次は祀典武廟。大天后宮も当然拝んで、ちょうど午後1時過ぎだ。武廟肉圓は1時半開店(曜日によって1時のこともある)で、店先に据え付けられた席に座っておけば、その場でありつくことが出来る。おまけのスープもうまいし、持ち帰りの行列に並ぶよりは座って食うが吉。肉圓は何ともいえないデンプンだが、程よい弾力でうまい。ワサビが合う。
武廟肉圓

 その後、抽籤巷街を歩く。開基武廟は工事中だったが、拝拝は可能。同じ通りの金徳春老茶荘は、古めかしい壺が並ぶ。明治維新の年に開業したという店で、日本語は通じないけれどまぁ何とかコミュニケーションはとれた。三種類の茶を購入。
金徳春老茶荘

 民生路に出て、裕成水果。奥の席が空いていたのでうまいこと座れたが、その後も続々と客がやってきた。席を確保してから注文。もちろんマンゴーピンと、トマト、スターフルーツ。スターフルーツはとりあえず食べてみたかった。まぁいかにも熱帯フルーツだが、さっぱりしてうまい。トマトは酸味があってかなり良い。ショウガの入った蜜をつけてもよし。
 マンゴーはたぶん、完全な生ではなさそうだが、ほぼ生。うまいっす。もう一度食べに行こうと、途中までは思った。最後に思わなくなったのは、頼み過ぎで腹一杯になったからだ。翌日に前を通った莉莉水果店は凄まじい混雑ぶりだったけど、あれは孔廟の近くという地の利なんじゃねーの、とは思う(※一年後に訪問した感想としては「安くてうまいのだから混んで当然だ」である。反省)。壁のサインに「チョーおいしい」とか書かれていたのには萎えたが。
裕成水果店

 腹ごなしも兼ねてしばらく歩いて、天壇。阿霞飯店の前を通ったが、二人で大皿料理はいまいち気乗りがせず、結局ここでは食べなかった。
 北極殿などを見て、再發號の前にきてしまった。さぁどうしよう、と迷う間もなく座る。さすがに時間が時間なので客はほとんどなかったが、八宝粽は評判通りのうまさ。久々に餅米を食ったなぁ。
 公会堂で少しぶらぶらして、円環を避けるように民権路から青年路へ。府城隍廟を見物。巨大なそろばんは正面左側の薄暗い空間に置いてあるので見逃さぬように(正面の堂の天井に、小ぶりのそろばんあり)。
台湾府城隍廟

 そこから角を曲がって南下、さっき分かれた民権路と再び出会うところで、ついにあの店が見えた。振發茶行である。
 大正11年生まれのおじいさんは健在。何種類かのお茶を見せてもらい(試飲はないので念のため)、四つ包んでもらう。たっぷり一時間、おじいさんを独占してしまった。最後は握手もしちゃったぞ。なんてミーハーなんだ。でもあの店は味わい深い。お茶を本気で買う気があるなら行くべきだ。冷やかしはダメだな。
振發茶行

 で、おじいさんに「是非タウナギを食べていくように」と店名も教えてもらい、さっそくその店を探す。やや迷って、結局人に尋ねてしまった(店名メモがあれば言葉が通じなくともどうにかなる)。行き過ぎていた。
 かなり腹がきつかったので、店の位置だけ確認しようかと思ったけど、一期一会という言葉もあるのでそのまま座ったのは進福炒鱔魚専家。不思議な弾力のタウナギは、日本の城陽あたりにもいるわけだが、もちろん食ったことはなかった。揚麺の意麺も普通にうまい。かなり気に入った。重ねてあのおじいさんに感謝。しつこいけど、我々はそれなりにお茶も買っているぞ。
進福炒鱔魚専家

 すっかり夜となったが、東嶽殿を見学。ここのお像はどれもどぎつくて見応え有りすぎ。台南でも一二を争うすごさなので、是非行ってほしい。まぁ日本人は所詮は冷やかしなので、ほどほどに振る舞うことも忘れずに。
東嶽殿

 最後は北門路あたりの古本屋を三軒巡って、ホテルに帰還。結局この日はすべて歩いた。当然のように疲れたっす。

※四日目の夜に書いた。見学地はこれでも抜けがある。
※帰国後に写真を追加。

2009/05/01

台南というか主に安平と安南を満喫(4/30)

 台湾二日目。
 前日はさすがに疲れて寝たが、今日は予定では朝粥である。まぁどうにか復活したので、8時前にホテルを出て、サバヒー粥の有名店へ。
 まだ台湾の交通に慣れないので、赤信号でもやってくるバイクなんぞに戸惑う。私の命が終わるとすれば、こういう瞬間だったかもしれないが、どうにか無事に阿憨鹹粥に到着。筆談で魚肚粥と魚皮粥を頼む。油條は腹がふくれるので抜きで。
 で、このサバヒー粥がめちゃくちゃうまい。どれぐらいうまいかと言えば、翌朝もまた行ったぐらいに。とろとろの身は魚好きにはたまらないし、そもそもスープが濃くてしかもやさしい味。米もカキの身も香菜もいい感じ。絶対に食べるべきだ。
 さらにうまいのは、そのサバヒーの身を小皿に取って、備え付けの豆板醤みたいなものをつけて食べること。調味料の豆板醤ではなく、日本なら「醤油の実(酒田の名物)」みたいなもので、ほどよく甘辛いのが、淡泊で油たっぷりのサバヒーに合う。とにかくオススメだ。

 ということで、幸せな気分でそのまま崇安街を歩く。頂土地公廟、玉皇宮などを巡る。玉皇宮にはタンキーらしき人がいて、いきなりディープ過ぎてちょっとひるんだ。この後もたびたび感じたが、廟の由緒と信仰の厚さは何の関係もない。そりゃまぁ、信仰対象としては、力があるか否かだけが重要なのである。日本にだって今来の神への信仰があるではないか。
 ぶらぶら歩いてる内に光復市場に迷い込む。市場の雰囲気も、若干気後れがする。日本でだって、冷やかしで市場を歩くのはあまり気分のいいものではない。却って言葉の通じない外国の方がマシなんだけど、やっぱり精神的に疲れた。でも観光化されてない市場ほど面白い場所はない、というのもまた事実。台南はいいなぁ、となぜかグァバやレンブを買っていったんホテルへ戻る。

 この日のメインは安平である。ホテルでちょっとだけ休んで、今度はタクシーに乗って安平古堡へ向かう。妙に近代的な町並みを過ぎて、安平に入ると急に観光地っぽくなる。古堡には福建省の団体がいた。
 古堡の中で、台南市が旅行者向けにやってる保険カードを作る。事前に知っていたので迷わず申し込んだ。ちなみに顔写真をデジカメで撮影して、10分ほどで完成する。写真は白黒だけど、まぁなんか珍しいお土産だと思って作るが良し。無料だし、一応は保険だし。
 入って正面に昔の城壁があって、右手に古跡ではない塔などが立っている。中国人観光客も、ちゃんと城壁で記念撮影。まぁ一応解説があったのだろうが、一人ずつ記念撮影するのでいつまでたっても空かない。俺は人の写ってない写真を撮りたいんだ、と言っても始まらないが、この後も観光地では記念撮影組に悩まされたっす。
安平古堡

 古堡は何というか、いかにもな観光地である。その意味では緊張することがない。ツアーでまわるような場所は、赤嵌楼にしても自分たちの同類ばかりだから、気楽なかわりに異国にいる感じにならない。だんだんそれが物足りなくなったりもする。
 一時間ほど滞在して、外に出て陳家蚵捲で蚵捲と蚵仔煎を食らう。肉燥飯も頼んだ。どれもうまい。おーあーちぇんが特に良い。いいねぇ…と、周氏の店へ。ちなみに周さんの店はそこらじゅうにあって、豆花の有名店もあるけど、むろんこの場合は蝦巻である。
 本店まで歩く気力はないので、老店へ。蝦捲と膽仔麺(汁なしビーフン版)、ついでに杏仁豆腐を頼んだ。ここのタンザイミェンは食わなくても良かったという味。蝦捲は普通にうまいが、あまり台南って感じはしない。日本でもうけるだろう。杏仁豆腐は、疲れていたので長居するつもりで頼んだ。こちらは現在売り出し中の一品だけあって、まずまず。

 少し足を休めて、再び安平の延平老街をぐるぐるまわる。蜜餞は永泰興で5種類ほど買った。小学生の団体とすれ違う感覚は、さらに日本の観光地だが、日本の小学生と彼らには少し違いもあった。何せ、屋台の射的で遊んでいた。日本なら教師が事前に何度も「やってはいけないこと」と言っているだろうに。
 老街の雰囲気を写真に撮りまくって、ようやく徳記洋行へ。ここは安平樹屋とセットなわけだが、樹屋は観光客をにわかアーティストに変える。すごい景色だ。我々一行もガジュマルの絡まった景色を撮りまくる。結構広いので、構図にも困らないぞ。
安平樹屋

 徳記洋行の建物自体は、デーモン木暮の声が聞こえてきそうな蝋人形の館。みんな笑顔だ。こんな奴隷労働で笑顔なのか、とか思ったのは内緒だ。ついでにオランダ人のおばさんの顔が緑がかっているのも、グリーン姉さんなんて言葉を思い出した(一般人は決して「グリーン姉さん」でぐぐらないように)。

 もう一つの洋行は、オサレな店になっている。東興洋行では、なぜかドン・ヘンリーやニルソンの声を聴きつつミルクティーを飲む。ガジュマルに覆われた洋風建築物には洋楽が似合う。疲れた体にちょうどいい時間だ。
 なお、東興洋行の前は海である。なので上半身裸の子供たちがひっきりなしにやってくる。席に着いて飲むのではなく、アイスクリームをテイクアウトだ。暦の上では四月末にこの景色なのか、としみじみ。
 正直、沖縄より遙かに南で、北回帰線すら越えているという感覚は、あまりない。今回の時期の日射しは、まぁ日本の初夏の陽気程度。最近の日本の都市部の夏と比べれば遙かにマシだし、沖縄の夏のように日中は歩けないという感じでもない。暖かくて体は動くし、風邪も治って言うことなしだ。
東興洋行

 安平では最後にえびせんべいを買って、タクシーを探す。実は今日の行事はこれからが本番だが、そこではタクシー運ちゃんとの交渉が必要だった。とりあえず捕まえた運ちゃんにメモを見せ、順番にまわってくれと頼んだが、その運ちゃんには全く伝わらなかった。最後はホテルに戻ると書いたら、いきなりホテルに戻ってしまった。こりゃいかん、とあきらめてそのままホテルにいったん帰還。
 やはり現地の交渉は現地の人に、ということでフロントの人に交渉をゆだねてみる。なかなか時間のかかる交渉だったようで、十五分ほど待たされた。安平でちょいちょいと頼むのは最初から無理だったのだろう。
 ちなみに行き先は、鹿耳門天后宮→聖母廟(土城正統鹿耳門聖母廟)→花園夜市である(当初は一度ホテルに戻ってから夜市だった)。約二時間ほど運ちゃんを拘束する約束で出発。

 が、いきなり方向がおかしい……と思ったら、赤嵌楼前で止まる。首をかしげた我々は、持参の地図を見せた。どうやら「天后宮」の勘違いらしかった。フロントには地図も見せたから、運ちゃんの間違いだったのだろう。改めて長い長いドライブを開始する。
 花園夜市の準備中の前を通り、やがて安南区へ入る。両側が養殖池という景色を通り抜け、鹿耳門天后宮が近づいてくる。するとなぜか「正統天后宮」の看板が林立。うーむ、見上げたライバル関係だ、と関心した。
 鹿耳門到着。タクシー運ちゃんには、終わったら電話することにして、拝拝を始める。とにかく広い。時間が遅いせいか、それほど参拝者は多くないけど、何人かと似たようなタイミングでぐるぐるまわった。
 しかし、なぜああも派手なんだろう。日本ならここまで要求しないだろう、というレベルの装飾がわりと普通にある。そんな台湾の常識に照らし合わせても、ここはあり得ない派手さだ。でもせっかく台南に行ったなら、足を延ばす価値があるぞ。

 運ちゃんを呼んで、聖母廟へ。両者は車なら十分ほどしか離れていないが、はっきり言って賑わいには雲泥の差がある。鄭成功上陸地という「正統」争いでは敗れたはずの聖母廟の方が、ずっとずっと多くの人であふれていた。建物自体も鹿耳門の上を行く巨大さだが、人の多さはそんな問題とは違うだろう。
 一番違いを感じたのは、奥の三階建ての神殿の三階左側、月下老人の祭壇へ向かった時である。階段の壁にびっしり貼られているのは、カップルの結婚写真。御利益があればこそ賑わう。「正統」争いの無意味さを見た。

 そしてタクシーは、すっかり準備が終わって早くも人混みになっている花園夜市へ。ここで精算した額は700元であった。実際には二時間以上拘束したわけなので、まぁ日本と比べればもちろん格安だ。この額なら躊躇せずに貸し切りを頼めそうだ。今回はもうそんな予定ないけど。
 花園夜市は、すでに写真では見ていたけれど、本当に戦場だ。若い人が多いし、家族連れも多い。まずぐるぐる一周してから、阿美芭楽でスイカを買う。次に蔡家の臭豆腐。これは揚げた上にキャベツなんぞがかかってて、うまい。うまいが辛いので、口直しにスイカを食べた。おかしな客だったかもしれないが、悪い組み合わせではないと思うぞ。
 続いて、うまそうだった牛排(天王牛排?ではない)。驚いたのはスープで、パイ包みスープの中身はクリームシチューだった。かなりいける。牛排付属のパスタのような麺もやみつきになる。
 他にもいくつか買って、それでも疲れたので夜の八時過ぎにはタクシーでホテルへ帰った。いやぁ充実した一日であった。

※三日目の夜に書く。まだ元気だす。
※四日目の夜に誤字修正など。
※帰国後に写真追加中。