
蒸し暑い開隆宮を出た我々は、狐狸(SlyFox)氏に連れられて新美街まで歩く。そこのお店で夕食をとるためである。
民権路を西に向かい、南に折れると慈蔭亭の入口がある。慈蔭亭の古名は仏祖廟で、かつての町の名前も仏祖廟街だった。
そんなわけで店に着いたのだが、食事前に見せたい所がある、と狐狸氏。なんだろうと思ったら、いきなりビルのすき間のような道に入って行く。
この写真は、途中で新美街側を振り返ったもの。たまたますれ違った人が写り込んでいるので、雰囲気がよく分かるだろう。そして、奥に向かって下り坂になっていることも、何となく分かってもらえるだろうか。
反対向きの写真で下り坂なのだから、我々は坂を登っている。わりと平坦な感じの市街で、意表を突く坂だ。

ビルを抜けると、石畳の細い路地が続く。折れ曲っているので、写真では全く分からないけれど、この辺が最高地点である。

その先は写真のように下り坂で、西門路につながっている。つまり、ここには標高せいぜい数メートルの丘が存在するのだ。
この丘については、狐狸氏のブログに詳しく紹介されているので、そちらを御覧あれ。大西脚(大西門の近くに形成された街)の中でも、「大嶺頭」と呼ばれた地らしい。そして西門路は、ほぼかつての海岸線ということになる。
砂浜地帯には、小さな丘(沙崙)がよくできる。derorenの地元でも見られるので、生成の状況は想像できるけど、すっかり埋め立てられて市街地と化した町に、こういう形で古い地形が残っているのは面白い。ちょっとした探険気分も味わえるし。あらためて狐狸氏に感謝。

せっかくなので、帰国後に古い地図を確認してみたら、黒田書店刊『台南市全図』(1915)に、それらしい路地が載っていた。
写真の左側に線路が描かれているのが、現在の西門路。中央付近の右側に、U字状の地形が記され、帆寮街(現在の新美街。なお「寮」は正しくはくさかんむり)、仏祖廟街に続いている。

もう一つ。台南州製作『台南市区改正図』(1929)には、路地は載っていない。しかしこの地図には等高線が描かれており、丘の存在を確認できる。
ちょうど地図で「西門町三丁目」とある付近だけ、等高線が左に突き出ている。
昔の地形を辿って歩く旅は、日本でも最近は流行している。derorenはまぁ、テレビ番組の「ブラタモリ」を見たり、中沢新一『アースダイバー』を買った程度で、あまり詳しくはないけどね。
海外でそういう探険をする機会は、なかなか訪れないだろう。夕食前の貴重なひとときだった。




































