2009/12/14

台湾首廟天壇(二) 府城三大名扁の「一」

天壇「一」
 今さらのように載せてみる。天壇の扁額「一」である。
 府城三大名扁は、府城隍廟の「爾来了」、これ、そして竹渓寺の「了然世界」とされる。竹渓寺は市街から離れている上に、扁額以外の見所に乏しいのでまだ未見(ネットや本では見てるが)。数え方によっては加わる「大丈夫」はこちら

 なお、この扁額は単に一字が書かれているのではなく、周囲に小さな字で長文が記されている。道義を守って生きろとか、そんな感じの警世の句が書かれているそうな。

天壇
 天壇は台南市内における四大祈祷所でもあるらしい。すなわち、生まれる前の臨水夫人媽廟、生きている時の天壇・開基玉皇宮、死後の東嶽殿だそうな。
 五月に訪ねた時は、正殿をちらっと覗いただけだったが、実は結構広い。その内容をどう紹介したものか、まだ悩んでいるところ。

 なお、天壇訪問日は8月12日。ちょうど参拝時にスコールがあった。まだ断水が続いていたこともあり、「これでまた復旧が遠のくのでは」と不安になる一瞬だった。ほんの二十分足らずの雨だったが。
 13日以降は全く雨は降らなかった。台風一過で、これ以上ないぐらい天候には恵まれたのである。

2009/12/09

玉旨金聖宮

玉旨金聖宮
 衛民街にあった。外観で想像つくと思うが、由緒は不明だ。まさか『西遊記』とは関係なかろう。

玉旨金聖宮
 祭神も全く分からない。何も説明がないので。
 ただ、手前の像のかぶり物に「佛」の字が見える。もしかして三蔵法師でござるか?

普済宮の門神画

普済宮の門神画
 普済宮の門扉にも、例によって秦叔宝と尉遅恭韋駄と伽藍が描かれている。
 ただし、どちらも劣化が激しい。小さな廟とはいえ、庇はちゃんとあるから、風雨に晒されてるって感じでもないのだが。
 まぁかつては風雨に晒されていたのかも知れない。で、色だけ後で塗り直したようだ。

普済宮の門神画
 こちらは伽藍神。
 蔡草如作の可能性があるが、ちょっと分からない。

普済宮の門神画
 外側の扉は二十四節気の神が描かれる。

普済宮の門神画
 「風調雨順」を絵に描いたわけだ。なかなかこの扉は楽しい。

2009/12/07

普済宮

普済宮
 府城隍廟東側の武徳街を歩き、「バック」より少し北に駐車場が広がる。その駐車場の奥に何やら廟らしきものがあったので訪ねてみた。
 とりあえず、普済宮とある。もちろんガイドの類には載っていない(普済殿とも紛らわしい)。

普濟宮
 本当に小さい廟宇である。
 そばに台南市がたてた案内板があり、それによると清の乾隆43年(1778)に創建されたものの、都市の発展に伴って壊されてしまい、この地に再建されたのが民国55年だという。

普濟宮
 中ももちろん狭い。
 池・朱・李千歳を祀るそうだ。

 ……と、ここまでならどうということのない廟宇であるが、ここは意外な掘り出し物であった。

普済宮
普済宮
 廟内の左右に描かれた「降龍」「伏虎」の絵。まぁ廟内に龍虎の絵が描かれるのは珍しくないが、小さい廟にしてはずいぶんイイ絵だなと思ったら、なんと蔡草如の作品だった。
 ここは門神画もかなり良い。できれば別の記事で紹介しようと思う。

 なお、この宮についてはここのブログで大変詳しく紹介しているので御覧くだされ。日本統治時代の資料(日本語)まであげてあるのには驚いた。

2009/11/30

台南・獣たちの熱い夜

赤嵌街
 開基霊祐宮のある赤嵌街は、オサレな飲食店が並ぶ台南市の繁華街である。
 「なべやき」の文字が燦然と輝く店の前を通り過ぎる。ここは長い夜の始まりを待ちわびた、熱き獣たちの集うエリアだ。PC画面の前の坊やたち、今夜はもうおとなしくおねんねの時間だぜ。

鶏
 見よ!
 若さと欲望を抑えきれない者どもが、叫び声とともに現われたぞ。飛べない翼に意味はあるかと問いかけながら!

豚
 さらに奥に進むと、黒光りするボディを見せつけるヤツも現れた。

豚
 暗闇のハンターが今宵狙う獲物は何だ?
 ここまで深入りしては、もう我々にも後戻りはできない。相棒と目くばせを交わし、身の危険をも顧みずこっそりと後をつけた。前へ、ひたすら前へ!

豚
 ヤツは我々の尾行を嘲笑うかのように、狭い道の歩道を行ったり来たり。
 闇夜に身を隠しながらも、きちんと交通規則を守る辺り、プロの貫禄が感じられた。

豚
 気がつくと我々は危険なエリアを脱していた。我々にはまだ早いという、ヤツの心配りだったのかもしれない。結局我々はヤツの目的を掴むことができず、空しく時は過ぎた。
 今宵も次の獲物を求めて、ヤツはその重量感溢れるボディを武器に、赤嵌街を跳梁跋扈しているに違いない。


 まぁしかし、70万都市のど真ん中でこんな景色に出逢うとは思わなかったぞ。

開基霊祐宮

開基霊祐宮
 14日はストリップショーで終わったわけではない。そこからホテルまで歩く間に、まだ廟宇を眺めている。そしてドラゴンフルーツを入手している。
 開基霊祐宮は赤嵌楼の東側の道にある。祀るのは玄天上帝、つまり北極星だ。
 明の永暦25年(1671)に、地域の住民と駐留軍が力を合わせて建てた宮で、北極殿(大上帝廟)に対する小上帝廟の異名をもつそうな。

開基靈祐宮
 実はこの辺を歩く時点で、私のカメラはバッテリー切れを起こしていた。どうにか騙し騙しここは撮影したものの、ホテルに戻るまでに完全にダウン。hashiカメラは夜景を撮れないので、内部の撮影はしていない。というか、hashiカメラもダウン寸前だった。

 さらに実は、ここを別の宮と勘違いしていた。我々は大観音亭の門前を歩いてるつもりだったので、ここを全台呉氏大宗祠と思ってしまったわけだ。
 帰国後に写真を眺めて、どう見ても「北極」という文字があるので調べ直したら、霊祐宮であった。ここも三級古蹟だし、覗いておきたい場所ではあったのでまぁ良かったけれど、欲をいえばちゃんと中を見学すべきだったと若干後悔している。
 蔡草如の絵が見所だと『台南歴史深度旅遊』にある。次の機会にわざわざここを目指すことはなかろうが、通り過ぎる機会があったら再見したいものだ。

2009/11/28

祀典武廟はこうやって祝うでござるの巻

祀典武廟のナイトショー
 8月14日夜、祀典武廟前の広場にはテーブルと椅子が並べられ、宴会が行われたらしい。我々が訪れた時には既に食事は終わって、食べ散らかした食器だけ残されていた。
 そして道路を挟んだ向こう側では、夜のショーがたけなわだ。これは見ないわけにいかないぞ、と近寄ってみる。

祀典武廟のナイトショー
 どう見ても○ティちゃんである。
 もちろん、この日のショーに子どもが楽しめる要素など皆無だった。というか、日本ならどこかの常識ある住人から苦情の嵐だろう。そういう常識ってなんだろうね。

祀典武廟のナイトショー
 舞台では見知らぬ歌手が歌っている。
 まぁ我々が知っている台湾の歌手など限られているわけで、たとえ南台湾小姑娘(解散したアイドルグループ)の残党が混じっていようが分かりはしない。

祀典武廟のナイトショー
 基本的に皆さん露出度高し。
 日本の南京町の春節で見たチャイナドレスの歌手も、ずいぶん頑張ってるなぁと思ったが、こちらの露出度にはまるで及ばない。

 まぁそれ以前に、背景の鴨とステージの対比がなんともシュールだ。こんなステージでは、店の宣伝にもならないぞ。

祀典武廟のナイトショー
 ビキニ歌手登場。
 左端にいるミニスカ小姐にも注目。

祀典武廟のナイトショー
 曲の間奏部分では、こんなサービスもある。生でTバックを拝めるとはありがたやありがたや(棒読み)。正直、開けっぴろげ過ぎて萎える。
 実はミニスカ小姐も、いきなりステージ前方にツカツカやってきて、後ろを向いて一瞬スカートをめくりあげて、何事もなく去って行った。あまりの早業に、シャッターを切る暇さえなかったのだすごいねぇ(またも棒読み)。
 ノーキョーツアーなら、きっとやんやの喝采であろう。

 まぁこれを見ようと思ったら、何らかのお祭りの時しかあるまいが、しらふで見物すると寒々しいので注意すべし。
 台湾らしいイベントといえば言えるので、一度は見ても損はない。二度は見る気にならん。