derorenのホ~ムペ~ジ
台湾の古都、台南観光のブログ。
ツアーに頼らず、街歩きしながら小吃を食べる旅を推奨しています。
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2010/01/24
立人国民小学(旧台南第二公学校・宝公学校)
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三山国王廟の向かいに立つ、日本統治時代の学校建築。台南第二公学校から宝公学校へと改名し、国民党時代に立人国民小学と改称された。 立人とは中華民国の孫立人の名である。日本と戦った名将という触れ込みで改名しておきながら、当の孫立人は蒋介石に罪を着せられ幽閉されたわけだ。まぁ蒋介石...
2010/01/22
三山国王廟(三) 天后聖母祠
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三山国王廟の向かって右側が天后聖母祠。その主祭神は (一) に触れた。 この写真では、非常に見えにくいが門印に注目してほしい。右が「合埠」左が「平安」である。門神香座も拡大すれば辛うじて見える。 で、ここだけは門神を撮影した。なんといっても女性だ。実に珍しい。 持っている...
三山国王廟(二) 韓文公祠
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五月に続いての訪問となった三山国王廟。前回は台湾三日目で、そろそろ台南にも慣れてはいたものの、見逃し多数であった。 というか、今回も見逃しまくっている。特に特徴的な門神をほとんど見逃してしまったのは残念である。首相大飯店に泊まって阿憨鹹粥にサバヒー粥を食べに行けば、無名豆花の...
2010/01/05
縣城隍廟と聖福堂(台南市北区)
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公園路(東)・成功路(南)・西門路(西)・公園南路(北)に囲まれたエリアは、基本的に地味ではあるがポツポツと史蹟が点在する。崇安街、大銃街(自強街)などの古い路地があり、三山国王廟、土地公廟、開基天后廟、玉皇宮など廟宇も多い。興済宮や大観音亭もそうか。 写真は縣城隍廟。 一度...
2009/11/25
烏鬼井再訪
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オランダ統治時代の遺蹟、烏鬼井には前回の旅でも訪問している。今回は三山国王廟の井戸(前回は見落とした)を見る途中で寄った。 ところで、烏鬼井についてはいろいろ資料を漁って調べてみたことがある。非常にせつない話なので、是非読んでいただきたい。前回の記事に増補する形で書いたので、...
2009/05/07
自強街(台南市北区)
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縣城隍廟や開基天后宮付近を通る小道が自強街。そこには百年以上の歴史を誇る老舗のお菓子屋、舊來發餅舖がある。残念ながら今回はここで何も買っていないので、外観だけ。 というか、この看板犬が客を追い払っていた。おとなしい犬が多い台南で、こいつはよく吠えるのだ。
開基天后宮
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1662年創建という古い宮。安平を除けば台湾最古の媽祖廟である。 南の 赤崁楼 の近くに、一級古蹟の 大天后宮 があるので、こちら(二級古蹟)は小媽祖宮とも称される。 どうやらここはかつての河口だったらしい。水仔尾と呼ばれ、鄭成功が プロビデンシャ城 を攻略する際に上陸した...
2009/05/06
全台首邑縣城隍廟
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府城隍廟もあれば縣城隍廟もある。まぁいずれにせよ、おどろおどろしい廟である。城市の平安を守るのは、ちょっと怖い神様なのだ。 おびただしい扁額。まぁしかし、日本の神社にも沢山の扁額が奉納されていたりするから、驚くようなことではないな。 さぁいるぞ、謝将軍(右)と范将軍(左)が...
三山国王廟(台南市北区)(一) 三山国王とは
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これも こちら に解説がある。そもそも ここ を見れば、周辺のポイントはすべて説明されているから、私がごちゃごちゃ書くまでもないのである。 で、この三山国王廟は、潮州の三山の神を祀るお廟だ。鄭成功の台湾攻撃を支えた潮州(広東省の東端で、福建省に近い)の人々が、自分たちの故郷の...
大銃街元和宮
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こちら の説明によると、ここも清の時代に創建された宮で、福建省よりやってきた保生大帝を祀るそうな。 なお、同じリンク先の説明によれば、白龍庵という別の廟の五福大帝も合祀されていて、それは白龍庵の建物が日本軍に接収されてしまったためだという。 (今年の)旧暦四月初十日は、そ...
烏鬼井と大銃街(※大幅に解説追加)
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清の時代には廓があったらしい大銃街は、崇安街の西側にある。台南を守る大銃(大砲)があったからこの名がついたのだとか。 かつての繁華街の中心には、埋められてしまった井戸が残る。その名は烏鬼井。オランダ統治時代に掘られたという古い井戸で、三級古蹟に指定されている。 この名の由来...
名称不明の廟→開基龍君殿
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単に確認を忘れただけである。写真にも固有名詞が見えない。 阿憨鹹粥から大銃街に向かう先にあった。 その後、インターネッツを駆使して確認した。写真に小さく住所が載っていたので、どうにか廟の名は判明。どんな廟なのかは判らんなぁ。
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