2010/07/25

北港朝天宮の出巡遶境行列(十三) 金垂髫中壇元帥

金垂髫中壇元帥
 我々が見始めて、早くも三つめの中壇元帥(太子爺)。先頭の車は、これまでのものと比べれば地味だが重装備である。
 天井のでかいスピーカー、荷台の花火、そして給水設備。ここでなぜ給水なのかという点は、後ろを見ればすぐに分かる。

金垂髫中壇元帥
 続いての車は、写真だけを見ると手押し車のように見えるが、手前の旗の陰に運転手が隠れている。バイクを加工した車輌と思われる。
 この車輌にも、しっかり拡声器が見える。

金垂髫中壇元帥
 そして後ろに続くのは子ども行列。中壇元帥は子どもの神さまということで、けっこうな人数が練り歩いている。金太郎を思わせるコスチュームも決まっている。
 彼らに水を補給するために、さっきの給水器があったのだろう。ここではみんなスイカを食ってるから必要なさそうだが。

金垂髫中壇元帥
 太鼓を鳴らす子どもがいて、子ども神輿が続く。
 ここまで見た行列では、いちばん日本の祭礼に近い内容である。

金垂髫中壇元帥
 そして、子どもの神さまはまさしく子どもの姿で現れた。
 まるで人形劇の舞台に立ってるようだが、もちろん目の錯覚である。

金垂髫中壇元帥
 祇園祭の蟷螂山みたいな姿で乗っている中壇元帥(動かないので念のため)。先の二団体とは違ってデフォルメキャラではないから、それほど違和感はない。
 我々にとって違和感がないことなど、祭礼には何の価値もないけどね。

北港朝天宮の出巡遶境行列(十二) 北港閭山堂神童團

北港閭山堂神童團
 またも現れた神童団。北港閭山堂神童團はそれなりの老舗のようで、youtubeに「70年代」の映像が上がっていたりする
 この場合の70年代は恐らく民国70年代なので、西暦なら80年代。たった20数年前という言い方もできようが、こんなデフォルメキャラにとっては、じゅうぶんに長い歴史という気がする。

 写真は報馬仔(探馬仔)。いわゆる斥候で、『三国志演義』の孔明のわなにも欠かせない存在である。少なくとも媽祖関係の行列では、しばしば先頭に立つようだ。
 『台湾宗教之美 迎媽祖』では清の頃の話として、とある斥候が脚に傷を負い、媽祖に祈ったところ治ったというエピソードを載せる。以来、感謝の意を込めて先頭に立つようになったそうな。片足が裸足で、もう片方のすねに膏薬が貼ってあるのはその辺の意味だ。

 さらに、メガネは是非を見分けるという寓意。銅鑼は別名が鑼心で、音が労心と同じだという(「労心」は『孟子』の言葉ではなく、頭脳が働くという意味か)。
 皮襖(毛皮の服)は、皮襖の発音から忍受煎熬(苦しいのを耐え忍ぶ)を連想させる。
 背後の緑の葉はニラで、隣の肌色のやつは豚足。豚足とニラは長生肉と長生菜ということで、おめでたい食べ物らしい。さらに豚足(豬足)は知足と発音が同じで、報馬仔の職掌に関わる寓意もあるという。
 他にも、いちいち身に着けたものにはいわれがある。

 ……つまり台北で食べた知高飯も、おめでたい名前だったのだと、今さらのように気付く。どうもあの名前は「ニイタカヤマを知る」感じがして(どういう感じだ、と突っ込まないでね)、思い至らなかった。

北港閭山堂神童團
 そんなこんなで、キモいエンブレムを付けた車がやってくる。
 もう既に御本尊も見え隠れしている。

北港閭山堂神童團
 ()()で神童の話はしたので、詳しいことは省略。
 カビキラーを噴射したくなるような服のしみは、カビではなく爆竹で焦げた傷痕だろう。彼らも猛爆の中を生き抜いて来た存在である。

北港閭山堂神童團
 イマイチ信仰心のわかない我々だったが、せっかくなのでお金持ちになりたいと願っておいたぞ。こういう時は、なるべくストレートに願った方が良さそうなので。

北港閭山堂神童團
 こちらも服装の汚れが気になる。
 約30年以上(?)の伝統を感じることもできるが、30年前からこの姿だったと想像することに、まだどこか抵抗がある。

北港閭山堂神童團
 神童の後ろに続く車。
 後方がまるで土俵か何かのような屋根だが、ここには太鼓が据え付けてある。車上の鼓楼なわけだ。祇園祭の山鉾も、こんな感じで造れば巡行が楽になりそうデスネッ。

2010/07/24

北港朝天宮の出巡遶境行列(十一) 彌勒団の酔っぱらいダンス

北港朝天宮彌勒団
 遠く兜率天にあって、人々の願いに応えるという彌勒菩薩。八世紀の日本国では、そんな願に応える形で、高い木の上に彌勒菩薩が現れたそうな(景戒『日本霊異記』)。
 時は流れ、ここは日本国でもない北港鎮だ。もちろん、兜率天の彌勒からすれば、千二百年の人間の時間など一瞬に過ぎないだろうが、その一瞬はとてつもない変化を……と、いい加減真面目に書くのも飽きたづら。
 ともかく朝天宮には彌勒団がおられるわけである。

 どうでもいいが、左側に大きく写り込んでいる一脚をもった男性は、我々以上に熱心な撮影者である。きっとどこかで公開されているに違いない(逆に我々が写ってたら嫌だな)。

北港朝天宮彌勒団
 シルバーメタリックな車。もう読者の皆さんも、この程度では驚かないのはなかろうか。

北港朝天宮彌勒団
 そんなわけでやって参りました、我々がミロクだす!
 沖縄辺りのミルク様を知っていれば、こんな程度で驚くには値しないだす!
 ちなみに「だす」といえば「あかんたれ」だす!

北港朝天宮彌勒団
 特技は酔っぱらいだす!
 台湾では彌勒は布袋さんと同じ人なんだす!

北港朝天宮彌勒団
 しかも三人目だす!
 彌勒菩薩は人間界に仮身を出現させているに過ぎないので、三人ぐらい同時に出現しても不思議はないだす!

北港朝天宮彌勒団
 やたらとポップな音楽に合わせて、賭博や暴力団問題に揺れる某見せ物小屋の太った人相撲取りみたいな酔っぱらいが踊る。ふくよかな身体はメタボの証ではなく、その腹の中には小金がザクザクと詰まっている。
 
 でも実は、酔っ払っていてもけっこう苦労しているのだ。そんな彼らの受難がyoutubeにあったので紹介しておく。なお、音量に注意すること!

2010/07/23

北港朝天宮の出巡遶境行列(十) まさかの関帝、北港天帝會

北港天帝會
 いきなり四輪バギーであらわれた北港天帝會。関聖帝君を奉じていることだけは、すぐに分かる。
 それにしても、バギー者の背後にミニコンポのスピーカーが取り付けられているのが、何とも豪快だ。雨が降ったらどうするのだろう。

北港天帝會
 バギーの後ろには、こんな祭壇車が続く。
 牽引しているのは、電動機付き三輪車だ。日本では免許を取る時ぐらいしか聞かない「電動機付き」をリアルに感じることができる。タイヤがまるっきり自転車で、後輪はけっこう潰れてるし。
 安定感のない祭壇も素晴らしい。私が関係者だったら、絶対に四輪にするぞ。

 しかし、この一団の本領はまだ発揮されていなかった。
 見よ、天使の笑顔を!

北港天帝會
 神さまにピースサインされたのは、生まれて初めての経験だった。思わず深々とおじぎをしてしまったが、それで良かったのか今となっては不安だ。

 そもそも、このデフォルメ神が何者かすら分からなかった。
 というか、まさかと思うでしょ? まさか関帝なわけないよね、と。

北港天帝會
 しかし冷静になって考えると、彼は関帝以外の何者でもなかった。関聖帝君のバギーに乗っている、赤ら顔の武神が、そう何人もいるわけがない。
 台湾の神はつくづく奥が深い。今さらながら、根本的に神への観念が異なることを感じざるを得ない、そんな衝撃的な一団だった(藝閣は別として、出巡遶境の神々では一番驚きの団体だったぜ)。

2010/07/21

台南の阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)

阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)
 阿美鳳梨酥は、台南では有名な伴手禮(お土産)の店。手作りの鳳梨酥で知られている。
 民権路で写真の赤い看板を探そう……としても、地味過ぎて難しいかも知れないが、東嶽殿のそばなので、それほど分かりにくい場所ではない(地図はこちら)。
 我々は2009年の初回旅行の時に、店自体は発見していた。ただし時間が遅かったり、もっと他の伴手禮に興味があったりして、三度目の今回が初の訪問である。

 なお、店の奥の方には市場がある。東嶽殿をぐるりと囲むような形で、なかなか活気のある市場である(いずれ紹介するだろう)。

阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)
 店頭ではこんな感じでふわふわ生地のケーキが売られている。お客の大半は、この二種類のどちらかを買っていた。試食させてもらった(鳳梨酥が見当らないのできょろきょろしてたら、切り分けてくれたぞ)感想をいえば、のどが渇く味であまり魅力的ではなかった。
 自分でジャムなんかを塗って食べたらうまいのかも知れないが、いずれにせよ旅行者のお土産には向いてない。日持ちがしないし、持ち歩きに注意しないとペッチャンコになるのがオチだ。

 で、鳳梨酥は中央上の棚に置かれてあった。写真でもいちおう確認出来る。

阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)
 そんなわけで、無事に購入した鳳梨酥。
 邱恵美鳳梨酥という正式名称が書かれてある(阿美は邱恵美さんの愛称)。

阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)
 開けてみる。一箱は10個入りだ。一つひとつがかなり大きいことに気付くだろう。
 よくあるお土産の鳳梨酥と比べると、2倍以上のサイズである。

阿美鳳梨酥(邱恵美鳳梨酥)
 この鳳梨酥は、外側のクッキー生地の部分がかなり厚く、しっかりしている。そしてバターをふんだんに使っている。過去に食べた鳳梨酥とは全く別物であった。
 中の餡もうまいけれど、外側がおいしい。あまり甘くないので、烏龍茶よりも砂糖入りの紅茶やコーヒーが合う。おすすめである。
 なお、我々は正午ぐらいに訪問して無事に入手したが、日によっては売り切れの場合がある模様。確実に買いたいならホテルから電話予約しておいた方が良いと思われる。


 最後に余計なことを付け加えておくと、相当な高カロリーであろうことは間違いない。一人一個食べるなら、前後の食事を調整しないと「大変なことになりますよ」。余計なお世話だけどさ。

マンゴーやドラゴンフルーツや地瓜粉など

 とりとめのないタイトルで小ネタをいくつか。

台湾マンゴー
○マンゴー
 マンゴーは何もひねった話題ではなく、近所のスーパーで台湾マンゴーを見かけたというだけ。特売で一個398円の時に、二つ買って食べた。台湾の味がして懐かしい。
 なお、100円安いメキシコ産マンゴーは、やたらと堅かった。数日放置しても追熟の気配もなく、仕方ないのでドライマンゴーにした。100円の差は大きいねっ。

 桁が違う宮崎産には、さすがに手を出す気になれない。
 路地で育たない寒い土地でわざわざ作らなくてもいいのでは、と正直思う。


○ドラゴンフルーツ
 7月上旬に東京に出掛けた。私は笹塚に何かと縁があるので、毎回一度は訪れるのだが、その笹塚には台湾物産館があるわけだ。覗いてみたら、ドラゴンフルーツが山積みだった。
 台湾産のドラゴンフルーツは、ようやく輸入解禁になるという段階で、台湾物産館のそれは、一足先にお目見えしていた模様。これも一個398円のものを二つ買って、一つは笹塚の親類にお裾分け、もう一つを背負って京都に帰ったら、傷ついた箇所が腐っていてビックリ(皮はあっという間に腐るようだ)。
 ただし、腐った皮の部分を取り除けば、味に問題はない。白いヤツだったけど、わりと大きくて水分もまぁまぁだった。これぐらいの質で、もうちょっと安ければ十分受け入れられるのでは、と思う(面倒なので写真は撮らなかった。スマソ)。

 なお、宇治市の某スーパーで、ベトナム産ドラゴンフルーツが売られていた。台湾物産館で買ったものより、かなり小さかった。恐らく味も……だろう。
 私は佐藤錦で知られる県の出身なので、京都でまずくて安い佐藤錦が売られているのを見るたびに、悲しい気分になる。京都の人間の多くが佐藤錦の味を誤解しているように、ドラゴンフルーツの味も、多くの日本国民が誤解している(うまいという感想を聞いたことがない)。

 台湾物産館で売られた白身のドラゴンフルーツでも、ある程度はそのポテンシャルを知らしめることになろう。
 私としては、赤身のみずみずしいヤツを、日本で食べられるようになって欲しいと願う。きっとそれはキウイフルーツのライバルとして、いやキウイを凌駕することだろう(ただし、赤ければうまいわけでもないらしいのが難しいところ)。

※ドラゴンフルーツについては、台南で食べた記事をぜひ御覧くだされ


○地瓜粉
 我が家ではすっかり鶏排が定番となった。下味を付けた胸肉(もも肉はダメ)に、地瓜粉をぎゅっと押しつけて揚げればいいのだから、楽でうまくて言うことなし。
 最近はだんだん味が日本化して、下味は和風ダシや日本酒と醤油になったりしている。

 それはいいのだが、ある日ふと地瓜粉の原材料を見てビックリ。地瓜(サツマイモ)粉と言いながら、何と樹薯(キャッサバ)が原料だった。
 驚いて、家じゅうの地瓜粉を確認する。地瓜粉は滅多に売ってないので、見つけるたびに買ってたら三袋になってしまったのだが、すべてキャッサバだった。つまり、タピオカと同じだ。うーむ、カタクリを使ってない片栗粉と一緒だったのか、と呆れた。
 この粉でタピオカを自作出来るのだろうか? まぁ粒にするのが面倒臭そうだし、実験することはないだろうが。

 ちなみに、私が地瓜粉を買った店は、神戸の林商店、笹塚の台湾物産館、そして台南のスーパーである。台湾物産館や宝島で通販もしているようだ。


○醤油膏
 おまけ。台湾物産館で醤油膏も物色したのだが、ここでもまた驚きの事実が。
 某メーカーの醤油膏の原材料を見たら、日本で貼られたシールと、元々パッケージに書かれているもので、かなり異なっていた。端的に言えば、元々のパッケージには、添加物の類が一切書かれていないのだ。
 こんなんじゃ怖くて買えないなぁ、と購入を断念したわけでござる。


 最後のネタで思い出したけれど、大陸の方では飲食店で使った油を業者が回収して、再び食用に再利用しているという疑惑があるそうな。つい最近、スカパーの無料放送で見た「人気美食」は、その疑惑を特集していた。飯時に見るのが嫌になる映像だった。

※「地溝油」というらしい。名前の由来は……。

 日本も食品偽装はさんざんやっているけれど、海外のそれは情報が入り辛いだけに嫌な話だ。台湾はけっこう無添加を標榜する店や食品が多くなっている。向こうの有名ブログでも、そういう方面に意識的な人はいるから、そうした情報を定期的につかんでおく必要があるのかも知れない。

北港朝天宮の出巡遶境行列(九) 北港賜福堂の中壇元帥

北港賜福堂の中壇元帥
 儀仗隊の後にあらわれたミニキャブ。
 何者であるかははっきり書かれてあるので、あえて解説の必要もない。

北港賜福堂の中壇元帥
 それにしても、軽トラの天井に無理矢理に神を据え付けるという発想は、なかなか日本ではお目にかかれない。要するに、この軽トラこそが神輿そのものという形になる。
 しかも、よく見ると金紙の上に神座を乗せ、そこに中壇元帥が立っているのだ。背後には屋根瓦の絵が見える。これは廟宇の建物を出現させているのだろう。

北港賜福堂の中壇元帥
 そして荷台を見て、またびっくり。

北港賜福堂の中壇元帥
 デフォルメな元帥が虚空を見つめている。
 というか、隣に乗ってる性別不明の人の方がインパクトがあった。

北港賜福堂の中壇元帥
 そして、まさかの生着替えを目撃!

北港賜福堂の中壇元帥
 そうしてデフォルメ元帥の踊りが始まった。
 どっかのせ○とくんと一緒で、動いていれば案外違和感はないのだが、どうしてもデフォルメしなければならないのだろうか、という疑問は残る。ともあれインパクトのある一団だった。

 そして、次も濃い一団だ。
 が、ちょっと同じ記事が続きすぎなので、何か適当に挟んでから再開予定。