西門路と郡緯街の交差点で、何やら見知らぬ廟を発見した。共善堂という名のようだ。
なお、我々の巡った廟の半分は、事前に何の知識もなかった場所である。まぁ「知っている」にもいろいろレベルはあるし、そもそも台湾の信仰全般への知識が足りていないのだから同じことか。
邢府千歳を祀るそうな。例によって神格は不明。
千歳(王爺)には定まった祭祀過程がないようなので、名前では類推できない。想像出来るのは、邢さんという異常死者がいただろうというだけである。
邢さんという異常死者といえば、『三國志演義』の邢道栄という人も多いに違いない……というのは無茶だろうな。道化扱いされて死んでいく悲しい人物だよね。
電光掲示付きである。
考えてみれば、日本の寺社だってこれは可能なのだが、なぜやらないのかという疑問は抱かないものだ。無意識のうちに、寺社というパッケージには合わないと排除しているのだろう。
まぁ日本の寺社は「古さ」を価値とするから、そう簡単には導入出来ないよなぁ。
邢府千歳は結構怖い。左の方が煙っているのは、まさしく煙である。
なおネットを見ると、共善堂の邢府千歳は石精臼邢王爺と呼ばれ、米街広安宮の祭神だったという紹介がされている。そういう痕跡みたいなものは何も見えなかったけれど、もう少し紹介したいのでその(二)へ続く。
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