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2009/05/05
土城正統鹿耳門聖母廟
鹿耳門天后宮と正統を争っているという聖母廟。
大陸から鄭成功とともに渡ってきた媽祖信仰の起源の地、という点では、天后宮の方が分がいいという説もある。しかし伝承としてあるのは、鄭成功が台湾攻略の御礼に媽祖を祀ったらしいこと、そしてその廟は廃絶したことである。
強いていえば、鹿耳門天后宮の方がやや廃絶前の場所に近いだけで、どちらが正統という関係にはない。台湾人にとって特別な響きをもつ鹿耳門を利用した、新興宗教と考えるべきではないかと思う。
ともかく信仰の地としての評価は、こちらが圧倒的に上であろう。
天后宮がミニチュアに思えるほど、ここは巨大。とにかく巨大。そして拝拝する人も多い。圧勝だ(上部がぼけて見えるのは、鳥避けネットのせいである)。
※2011.3書き替え。旅名人ブックス『台南』を引きずった部分を訂正した。この両天后宮に関する旅名人ブックス『台南』の記述は、信仰への理解が足りないために非常に不正確なものだ。
なお鹿耳門天后宮の記事も併読願いたい。
聖母廟自体は日本統治時代から(何らかの形では)存在したらしいが、現在の建物群は最近の建造である。
訪問当時は分からなかったが、明らかに北方様式だ。鄭成功の伝承を利用しつつ、北京の様式で建てたのは、国民党政権の思想と通じるものがある(蒋介石は、台北の城門を北方様式に造り替えている)。
とにかくでかい神殿は、やはり前・中・後の三層になっているが、なんとさらに二階建である。いや、一番後ろに至っては三階建。実際に階段で昇って拝拝するのだから、ちょっとこのスケールは尋常ではない。
前殿は王爺や水仙尊王などが祀られている。
鹿耳門なので、航海に関係する神は網羅しているのだろう。
媽祖廟につきものの仏教系の神も祀られる。釈尊。
航海の神でもある観音だ。
玉皇上帝も祀られる。
聖母廟を拝拝したにも関わらず、天上聖母(媽祖)の写真をほとんど撮っていない事実が判明。derorenは一枚も撮らず、hashiカメラにわずかにあった。
もちろん御利益の方も尋常ではないようだ。
これは三階建の三階に昇る階段の壁だ。びっしり貼られたものは何かといえば、結婚写真である。ここでは三階が一番最後に拝拝する場所なので、そこに月老神君がおられる。その御利益のほどが、まさにびっしりと並んでいる。やはり圧勝だ。
余談になるが、前・中・後の中の入口でばあさんに呼び止められ、何だか判らないうちにプルメリアの花皿をお供えさせられた。中央・右・左の順に拝拝して、親切なおばあさんだと去ろうとしたら、何か言っている。どうも「二」と聞こえるから、ああこの場合は二回も拝拝するのか、親切に教えてくれてるんだなぁと拝み直す。しかしおばあさんの声は止まない。
なんのことはない、200元を請求されていたのだった。
知らない土地ではこうやって騙されるわけだ。まぁお供えしたことに代わりはないし、無事に帰国も出来たから良しとしよう。でも二度と買わねぇぞ、ババァ。
聖母廟の前には特設の舞台が設けられ、寸劇や舞踊が行われていた。神様に見てもらうという点では、日本の神事芸能と同じである。
ちょっと判りにくいが、中央やや右奥のテントのあたりには楽人がいて、生演奏が行われている。寸劇はまぁ、言葉が判らなくともおおよそ想像のつく内容。上の写真はどっちも女性だが、片方が男性に扮して、男女和合を言祝ぐもののようだった。
これは基本的には笑って楽しむ劇。魚釣りしてるから、この人たちが神? 福を釣ってめでたしめでたしってことかなぁ。
こちらは舞踊。でもやはり男女仲良くって感じだ。
とにかく見物客もいっぱいいて、周囲には屋台が並びちょっとした夜市みたいな景色だった。いろんな意味で、台湾の空気を味わえるところだと思う。
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