北門、郵便局からわずかに南に歩くと、また立派な洋館が見える。撫台街洋楼である。
こちらの記事の写真も参照しておくれやす。
「撫台街」とは、日本統治時代のこの辺の地名だ。こう書くと如何にも日本が台湾人を鎮撫する感じだが、「撫台」の由来は清が北門に撫台衙門(台湾統治の役所)を設置したためであり、日本とは無関係。
騎楼の屋根の部分は木造で、直線的な意匠がなかなか面白い。窓の上のペディメント(三角屋根)も洒落ている。
撫台街は日本人の商人が集まっていたらしく、1911年建築のここは酒屋だったという。とても酒を売っていたとは思えないが(洋酒ならアリか?)。
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