2010/12/23

北港の市場の朝

北港鎮
 朝の厚生路。提灯は祭礼だからではなく、年中ぶら下がっていると思われる。どうせなら市電でも通したら、というのは無理か。本当はこんなに狭い通りじゃないはずだけどね。

北港鎮
 実はこの通りは、老街と呼んで差し支えない古い街並みだったりする。
 しかし、現役の老街というのは、全くそれっぽさを感じさせない。ある程度寂れた後に、行政込みで価値が再発見されることで、初めて観光地としての老街が誕生するのだろう。

北港鎮
 厚生路を折れて益安路を南下すると、すぐにこの交差点に出る。この中秋路や、そこから分岐する弥陀街などは、北港鎮の中でも古い街並みのようである。残念ながら今回は歩かなかったけど。
 述べ10時間以上も滞在しながら、びっくりするほど我々は歩いていない。本当に北港を知りたいなら、祭礼のない時期に再見するしかなかろう。たびたび書いているように、次回の予定は全く立たないのだが(リアルな知り合いなら理由も分かるよね……)。

 で、この写真でも分かるように益安路は小吃の屋台が並ぶ。
 もう一つ説明すると、写真の左の建物は、実はアーケードが存在する。その目的で使われている形跡はないけど。

北港鎮
 市場ではこんな感じ。やはりここも南国らしいカラフルな魚が並んでいる。

北港鎮
 フナ? 他にナマズらしき魚もいた。北港鎮は港と言っても海辺ではないので、川魚が多くとも不思議ではない。もっとも、海沿いの台南の市場にも川魚はいっぱい売られていたが。

北港鎮
 野菜は見慣れたものばかり。

北港鎮
 生麺も売られている。恐らくこの麺は、ふにゃふにゃ麺ではないかと思われるが如何?
 まぁこんなわけで、つかの間の散策を楽しんで、そして朝飯を食べた。この日の滞在4時間のなかで、祭礼と無縁な時間はこの時だけであった。

2010/12/22

北港朝天宮への進香団(七) 北高雄陳府(?)編

北高雄陳府(?)の北港朝天宮進香
 これまでに紹介した進香団は大規模なものばかりだが、実際にはそれ以外に数名程度の小さな団体が多数いたりする。そういう進香団は、媽祖像を抱えている以外は普通の参拝者と変わらないので、ほぼ紛れている。
 水上郷順聖宮の大規模進香と同時期にも、かなりの団体がいたが、進香団と進香団がバッティングした時点で、部外者には見分けが難しかった。

 そんな中で、この団体は小規模ながらも目立っていた。その理由は言うまでもなく、乩童の存在による。なおタイトルに「?」が入っているのは、北高雄陳府という廟が媽祖廟ではなく、中壇元帥の宮らしいためである。

北高雄陳府(?)の北港朝天宮進香
 赤服の人が補佐役で、金紙を並べて火をつける。そこで剣を振るっているのが乩童(童乩)。既にトランス状態に入っている。
 ちなみに、この剣はフェイクではない。乩童は呪符を燃やし、印を結んで、そして自分の身体を傷つけることになる。上半身が裸なのはそのためである。

北高雄陳府(?)の北港朝天宮進香
 門前の庭での儀礼を終えると、次は中の祭壇に向かうことになる。
 傷を付ける箇所は背中など決まった箇所のようだが、最も印象的なのは額である。血を見るのが苦手な人は、この下の写真は見ないように。



北高雄陳府(?)の北港朝天宮進香
 こうして朝天宮の媽祖と相対した辺りから、乩童のトランスは深まっているようだ。
 しかしここで終わるわけではなく、再び門前に戻ることになる。

北高雄陳府(?)の北港朝天宮進香
 今度は棍棒を手にする乩童。デスマッチの有刺鉄線バット辺りを彷彿とさせるが、実際にこれで身体を叩いていく。当然、彼は血まみれである。

北高雄陳府(?)の北港朝天宮進香
 再び中に入って、最後の所作に入る。この乩童の所作は間近でじっくり観察できた。
 一連の神前での所作は、彼自身が進香にやってきた媽祖となって、朝天宮の媽祖と対面するものなのかな、と思われる(確証はないが)。
 彼自身は一切言葉を発することができず、目もほぼ閉じられたままで、そばの補佐役に指示をする。指示された側は、何を指示されたのか必ずしも分からないようで、用意したものを置くと彼が首を振って別のものを用意するといった光景が繰り返された。
 やがて彼は突然気を失って後ろに倒れる。もちろんそれは、予測していた補佐役に受け止められ、何人かがかりで身体を揺さぶって正気に戻していた。
 目を開いた乩童は、今し方の様子とはまるで別人のような表情になって、普通に言葉を交わし始めるのだった。


 この日の朝天宮は、常に乩童の姿を見ることができた。見習いっぽい人を連れた二人組なんてパターンもあった。こういう宗教者がいる台湾はやはりすごいなぁと思う。一般的な旅行者には向いてないけどね。

2010/12/21

北港朝天宮 午前7時台の儀礼(三)

北港朝天宮
 この記事の前後で紹介している進香団は、観音殿での読経と同時進行である。
 もうもうと煙る観音殿は、8時過ぎまでこんな感じだ。

北港朝天宮
 男性の僧侶もいた。日本の寺院と何ら変わらない。
 というか、女性は基本的に在家で、この二人は本職と思われる。

北港朝天宮
 この人は一般人なのかそうでないのか不明。
 正殿で見ていても、進香団の一員なのかよく分からないけど、明らかに素人ではないと分かる人が沢山いる。各地の個人宗教者たちが霊力を得るために集まるなんて状況もあるのだろうか。

 なお、ここで「パワースポット」なんて言葉を使わないように。そもそも霊力は、行けば身につくものじゃない。我々の身は何ら浄化もされていないし、媽祖と対話もしていない。
 安易な広告戦略に乗っかってブログを書くようになったら人間おしまいだ。こんな記事を読んでくれる人なら、そう思うでしょ?

北港朝天宮への進香団(六) 水上郷順聖宮編(三)

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 さて、しばらく忙しかったりして更新が止まっていた。
 で、気合いを入れて書こうと思ったら、途中で書きかけの文面がすべて消えてしまうというとんでもない事態に。
 動画をあげていた最中だったので、その辺のイレギュラーな動作(たぶんアップロードのエラー)に伴って消えたようだ。全く、この悲しみを何にぶつけたら良いのだろう。嗚呼。
 ただでさえ、某滋賀県の殺人事件の容疑者が宇治市ということで、何かとそわそわする日なのに(関係ないぞ)、こんなガッカリなことが重なると、やる気をなくしてしまう。
 ともかく動画は当面諦めることにした。まぁ書けることを書いて、気が乗れば後日書き加えよう。そうそう、容疑者は捕まったようだ。derorenじゃないyo!

 上の写真は、既に進香が済んだ媽祖像の様子。笹で覆うことで、そこは聖なる神の場であることを示している。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 門の外に出て、しばらく囃し立てる。
 日本でも仏教儀礼なんかで、僧侶が練り歩く際に大きな傘をもった人が付き従ったりするけど、黒い雨傘をこうやって使うのは、なんだか新鮮だ。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 神輿にかけられているのは、朝天宮から進香のしるしとして贈られた幕。進香によって与えられるものは、このように赤い。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 神輿の中は媽祖たちがギュウギュウ詰めだ。
 みんな赤い襷をかけているのが可愛い。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 門前では獅子と人が戦っている。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 アキバでリュック背負ってても不思議じゃない風貌だが、すごく格好いい……とか書いてる時に、書きかけデータが吹っ飛んだのである。素直に褒めなかったせいだろうか。いやはや。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 進香後の両将軍。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 将軍たちも朝天宮の進香が済んだ証として、赤い襷を掛けている。一仕事終えた風情に見えなくもない。
 なお、選挙演説的襷をよく見ると、実は「聖心宮」と書かれてあったりする。おいおい順聖宮じゃなかったのかよ、という感じだが、もしかしたら助っ人だったのかな?

2010/12/15

老等油飯(北港鎮)では油飯と麺線糊を喰え

老等油飯(北港鎮)
 朝5時に起きて6時からの典礼を見学、そのまま進香団の様子に移動していた我々。いつ朝飯を食えるのか、という感じもしたが、8時をまわると何となく間延びした空気になった。そこで我々は、食べるなら今しかないと、厚生路という道へ向かう。
 厚生路は朝天宮の門から見て右手の道で、市場になっている。その先を折れて進んだ先に、老等油飯なる店があることは、事前に調べてあった(「食尚玩家」の『全台小吃2009』に載っている)。老等麵線糊と呼ばれることもあるようだ。要するにそれは、この店の名物料理のどちらかで呼ばれているわけである。
 地図はこちら

 我々はもちろん両方頼んだ。どちらも初めて食べる小吃だ。

老等油飯(北港鎮)
 ここは屋台だが、後ろの家が経営しているので場所はいつも同じだろう。
 鍋には麺線糊が入っている。ここから随時、手前の鍋に移すのである。

 我々のようにここで食べる客も多いが、外帯(テイクアウト)も非常に多い。目の前では、いかにも近所で働いてますといった感じのスーツ姿の客が、5人前の油飯と麺線糊を頼んでいた。ちょっと出掛けてこういう飯を買って来れるのは、うらやましい限りである。


老等油飯(北港鎮)
 これは油飯をよそっているの図。

老等油飯(北港鎮)
 麺線糊はここから掬う。
 ちなみに麺線糊とは、麺線(日本的に表現すればそうめん)をおかゆ状に煮込んだもの。のびきってドロドロになった麺を想像すれば良いが、うどんのようにベットリはしない。

老等油飯(北港鎮)
 というわけで、これが油飯20元。「油飯」という名の小吃もいろいろ種類があるようだが、これはタレに漬けた豚肉と卵をかけたご飯。名前とは相反して、全く油っぽくはない。穏やかな味で、朝食向きである。

老等油飯(北港鎮)
 麺線糊(加蛋)20元。食べるとこれはまさしくおかゆである。米の粥とは違った感じで、わりとさらっとしていて非常にうまい。北港鎮に行ったら是非食べよう。まぁ、日本人観光客がここを訪れる機会がどれほどあるかは微妙だが。

 北港鎮という場所は、台湾でも有名な媽祖廟にお参りができて、参道でお土産をいろいろ物色できて、わりと洗練された小吃も楽しめる。普通に朝天宮で拝拝するだけなら半日で十分なので、台北からでも無理すれば日帰り可能(時間はかかるが直行のバスもある)。台南からは二時間かからない(台鐵で嘉義へ行き、バス)。
 読者の皆さんが思うほどのハードルではないので、興味があれば一度訪れて欲しい。

2010/12/12

北港朝天宮への進香団(五) 水上郷順聖宮編(二)

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 前回に引き続き動画をあげようとしたが、二つ用意したうち片方はエラーで断念。仕方がないのでキャプチャー画像でごまかすことにする。
 そもそもgoogleビデオは100Mb制限がある(実際には100Mすら無理そう)ので、Avidemixを使ってわざわざ加工している。しかし、いざうpして前回の記事を見たら、何だよこのちっちゃい画面は、という感じ。うp時に強制的に圧縮されるんなら、加工の必要はないだろうと言いたい(1270*720の動画を640*360に縮小したものをうpしたのだよ)。
 さらにいうとH264を使わないとエラーになる。そして複数あげるのはダメそう。全くガッカリだ。

 まぁ愚痴はさておき、媽祖の乗った車はこんな感じに激しく前後に動かすようだ。千里眼と順風耳の位置も、だいたいこの写真の通りである。媽祖の出現する場の門神となっていることが分かる。
 なお前回の動画では、鳴り物とは別に何か歌のようなものやマイクでしゃべる声が聞こえると思うが、これは進香団とは関係ない。背後の宗聖台で行われている芝居の音である。この喧噪の中で、いったい誰が見ているのかという芝居だが、まぁ神が見ているから構わないのだろう。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 門前で一通りの儀式が終わると、中に入るわけである。
 バケツリレー方式で神体が運ばれる。


 その辺の動画。椅子(手轎)も運ばれている。担ぎ手が椅子をぐねぐねと動かしているが、これは椅子によって動かされているという意味だろうか?
※追記 椅子というか手轎は、神霊が憑いた状態にある。神が朝天宮に向かおうと動いていると考えれば良い。ついでに、時と場所によってはその動きが何らかのメッセージになっているようだ(サニワのような人物もいる模様)。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 神の座る椅子は、なぜここまで神聖なものなのだろう。神像とはもちろん扱いが違うのだが、ほぼ神体として扱われている。媽祖の祭礼を見学するなかで、個人的には最大の発見だった。

2010/12/09

北港朝天宮への進香団(四) 水上郷順聖宮編(一)

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 午前7時台の大規模進香団は、嘉義縣水上郷からやって来た。
 まぁ自動車でなら一時間もかからない距離なので、百人規模でも仕立てるのはまだ楽だろう。この後に高雄から来た一団に比べれば、の話。

 なお、上の写真はまだ中に入る許可が出ていない時のもの。空気が澄んでいるのがポイントだ。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 始まった途端にこういう状況になる。5月3日も6日も、ひたすら煙に燻され続けることに耐えないと、見学はできない。
 ただし煙は煙でも、廟内のそれは線香で、ここは爆竹だ。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 先触れの人々が、笹や旗を振っている。媽祖の進路を清めているのは分かるのだが、本当にこれだけの爆竹を必要とするのだろうか。どこかが派手にやってしまうと、エスカレートする一方なのだろうな。
 この煙たい感じを出したいので、以下の写真も一切補正せずに載せている。白っぽいのはそういう景色だったと思っていただきたい。

 言い忘れたが、手前左に写りっぱなしのオッサンは、西洋人らしい顔立ちの爺さんで、典礼の時に来賓席に座ってた当人だ。
 何にせよ、熱心に見学していたぞ。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 獅子もやってくる。
 門前の空間は、やって来た神々がさまざまな藝を見せる場である。当然、獅子も黙って帰るわけではないが、その辺は別の記事で紹介する。

水上郷順聖宮の北港朝天宮進香
 両将軍と本隊。進香団はいったん朝天宮前の広場に集まり、そこでいくつかの儀式をこなしてから中に入っていく。


 試験的に動画をあげてみる。千里眼と順風耳の行進だ。最後の方で椅子(手轎)が映っている。この後に神輿がやってくる部分は、次の記事に載せるかも。